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エトライの港を、上空から見下ろす。
湾の中に木を描いたような壮観な美しい景色の正体は、桟橋だ。
桟橋は枝のようにあちこちに腕を伸ばし、その先には葉のような緑色の屋根をした建物があるが、それが船の格納庫になっている。ちょうど、一隻が空から降りていくのが見えた。開いた屋根の上に入っていくと、屋根は両手で包むように閉じられ──また、一枚の葉が木に宿る。
「多いですね」
「今空を飛べる船の半数が来てるっぽい感じ?」
カルラとアレンが欄干に肘をつきながら見下ろしながら話しているところに、灰色の外套に身を包んだリストが嵐を追い越しながら「45」と答える。一瞬で葉を数えたらしい。
「45……ふむ。赤船と気象空挺団が寄ってないことを祈りましょうか」
「来てたら?」
嵐の質問に、カルラが振り返った。
「そりゃあ……全速力で逃げますから、とりあえず自分の身は自分で守ってください」
「昨日言ってたことと違う」
「え?」
とぼけるカルラを一瞥した嵐の後ろから、にゅっと手が伸びてきた。飛雨が嵐にフードを被らせたのだ。飛雨も外套を羽織っている。
「もう被っとけ」
「わかった」
「気象空挺団はいない。安心しろ」
飛雨の言葉に、カルラは「そうですか。よかったです」とほっとしたように胸を撫で下ろした。アレンは「走らなくて済む」とにこにこと笑うし、リストは「じゃあ買い物したらすぐ港を出ないとね」と現実的な計画を立ててくれる。
「ヒュー、買い物はいつものルス麦と干し野菜と乾燥豆?」
「ああ」
「じゃあ、今日は船も多いし、二手に分かれようか。僕がカルラとアレンを連れてラス麦と備品を買いに行くから、ヒューはランとシュナで他に必要なものを頼める?」
「わかった──そこの二人、リストを困らせるなよ」
飛雨が軽く睨めば、年長者であるカルラとアレンはそっくりな表情で肩をすくめてみせる。揃ったことに顔を見合わせて笑っているところに、外套を纏ったシュナが操舵室から出てきた。
その手には、まだ準備をしていない年長者二人の外套がしっかりと握られている。
「戸締まりしてきたよー。もう降りるでしょ? そこの二人、身支度済ませてね」
シュナの言葉に、またカルラとアレンは顔を見合わせて笑う。
「……では、アダマスの格納庫に船をおろして──お買い物に行きましょうか」
アダマスのための黒い格納庫は、陸にある。
街から外れたただの倉庫に見えるが、その屋根はアダマスが近づくと閉じた羽が開くようにして迎え入れた。
カルラの精密なコントロールで、格納庫に置かれた船台にアダマスは体を休ませる。カルラが梯子を下ろしていると、倉庫の後ろの扉がガラガラと空いた。
「おや、早いですねえ」
「──愛しい船旗が見張り台から見えたもんでね」
壮年の男は顔を覗かせるとにやりと笑い、カルラは親しみを込めた笑みで軽々と打ち返す。
「アダマスの旗は金色ではないですよ」
「今日は買い物か」
「はい。ついでに給水お願いできます? 全部入れちゃってください」
「お前なあ……重くなるとキツイだろ」
「平気ですよ。あなた以外には軽々しく言いませんし。そういえば、ジェーンはお元気ですか?」
「ああ。お前を懐かしんでいる。三ヶ月前に花束を持ってきたぞ」
「では、その半分だけいただきます。あとはあなたが好きに使ってください」
二人の間で何やら意味のある会話がなされたらしい。カルラはするすると梯子を降りると、男と固い握手を交わした。
握手だけではないようなので、全員が見て見ぬふりしながら慣れたように順に降り、久しぶりの地に降り立つ。
嵐がふらつくと、飛雨がさり気なく腕を取った。大丈夫か、と聞いてくる目に向かって頷く。
「では、あとはお願いします」
「メンテナンスは任せとけ。気象空挺団の許可証だけ、首から見えるように下げとけよ。赤船は来てないから安心しろ」
手を振るアダマスの生みの親は、嵐と飛雨を一瞬だけ懐かしそうに見つめると、優しい表情で見送るように手を振った。
十年前、リシマを出たカルラが嵐と飛雨を連れて逃亡すると決めたとき、頼ったのは彼だった。
ここで彼が趣味で作っていた自分の夢を詰めた船は使えるように整備するのに半年──心身ともに疲弊していた嵐と飛雨が回復するのを適度な距離で世話をしてくれたのは彼だ。
嵐は彼の名前を知らない。
それでよかった。
生きていてくれるのなら、それだけでいいのだ。




