#022 恥じらい
「・・・・・・、」
「・・・・・・。・・・・・・、」
少なくとも2人の人間が言い争っている声を聞いた神崎は、
パチクリ、と目を瞬きさせてゆっくりと起き上がった先で見たのは
翼、真っ黒くて大きな・・・・・・、男性の背中だった。
10年、20年前まで入れ墨と言われていたものは現在では、
ーーー刺青と呼ばれている。
針・刃物などで皮膚に傷をつけ、
その傷に墨汁・朱・酸化鉄などの色素を入れ着色、
文様・文字・絵柄などを描く手法でその手法を使って描かれたものをいう。
日本という国では、昔から極道組織が背中や腕にかけて
馴染み深い日本の伝統的な題材を描いたいわゆる
『和彫り』を入れている。
神崎の見た人物の背中には、
青龍や虎や鯉といった厳ついものではなく、真っ黒な翼を大きく広げた鳥、
―――黒い鴉だった。
後ろから感じる視線に気付いたのか、
上半身裸のその男は振り向いて答える。
「ああ、起きました?
「まだ、横になっていた方がいい。
「30℃近い暑い気温の中、歩いていたんだ。
「無理もない。例え風が心地よくても、帽子ぐらいは被った方がいい。
神崎はこの男について知っていた。
知っていたと言うよりは出会ったことがあるのという方が正しい。
先程、このBarに来る前に出会った
青いサングラスを掛けた親切だけどガラの悪い男。
「あの、どうしてここに?」
「こんなガラの悪い格好をしているとはいえ、ボクは医者でね。
「免許は持ってないけど、安心しなよ。
「ほら、だいぶ顔色もよくなってきている。
「悪いけどボクは下で待たせてもらうよ。
「着替えはそこに置いてあるから・・・。
着替え、と言われて神崎は起き上がった自分の姿を見てびっくりした。
白い肌に多少なりとも残る日焼けの跡、
青・・・水色のブラジャーと下着だけの自分の姿に
真っ赤に顔を紅潮させて思わず反射的に両手で下着を隠すが、
男は既にその場にはいなかった。
恥じらいながら置かれていた服に手を掛ける。
白と黒を基調としたボーダーラインの入った薄手で袖のないシャツ、
先程の男性から貰い受けた白いフードコートに、
こちらも薄手のベージュ色のロングスカートを着た神崎は
部屋から出てすぐある階段を真っ直ぐ降りていった。
バーカウンターには、
先程の医者を名乗る男性とひとつ席を開けて女性の従業員らしき人、
カウンターの奥でシェークをしている
スキンヘッドのワイルドな男性の姿がそこにはあった。
雲ひとつない青空はいつの間にか、夕暮れ時の橙色の空に変わっていた。
神崎は自分が倒れてから3時間以上経過していることを次第に
夜の情景へと変わる街並みから察して眺めていると女性が声を掛けてきた。
「・・・あっ、起きたんだ。
「その・・・ごめんなさい。さっきは脅かして、てっきり探偵さんに
「色仕掛けで誘惑して事務所に入ったものと思ったものだから。
「え?それってどういう意味ですか」
神崎自身はまだ頭の中で混乱している。
倒れる前にも彼女に言われたが、
何のことなのかさっぱり見覚えがなかった。
「キミもよく知る通り、あの探偵は変わり者でね。
「今の今まで彼は一人で事件の解決、謎を解明してきた。
「キミは『麻薬騒動事件』の被害者の関係者らしいですね。
「結局のところ、あの事件の犯人を特定に至ったのは
「彼の推理力・記憶・分析があってこそ、と言えるだろう。
「ボクが言いたいのは、
「―――キミには探偵と釣り合いが取れる可能性があるということさ。
「夏希はまだ学生だから、
「『いま』を楽しめと言う意味で雇っていないだけ、
「まあ、彼曰く自分の取り分が減るようなことは避けたいだろうがね。




