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最終話 物語と嘘


「―――いつまで、そうしているつもりです」


「ォオオオオオ!!」


 悪魔の声に、大地が呼応する。

 ビリビリと震える大気。文字通り鬼気迫る咆哮と共に、紅く目を光らせた鬼が立ち上がらんとする。


「さぁ、ここからです」


 悪魔は己の有利を確信し、彼に向かい、邪悪に笑いかける。


 彼は悪魔に向き合ったまま、背中に差した剣の鞘をちらりと後ろ目に見た。

 鞘は空っぽだった。

 そこに収められていたはずの剣について考えた私は、最初に飛来した鬼を貫いた剣を思い出す。

 まさか、と思いながら様子を伺うと、辺りの異常に気づく。


 勇者や聖女たちが、戦う素振りを見せていないのだ。

 信じられないことに、彼が悪魔と鬼に対峙するのを見守るつもりらしい。


「……っ、」


「大丈夫、です」


 彼らは何か動けない理由があるのかもしれない、と私は加勢しようと立ち上がりかけたが、聖女に止められる。

 引き留めた彼女は本心から言っているように見えたが、それは幾らヴァンでも危険だ。

 アレは、総力を以って当たるべき相手の筈だ。

 けれどそうしている間にも、臨戦態勢を取った悪魔が彼に語りかける声が聞こえてくる。


「ところで、そもそも貴方は何者ですか? 勇者は別にいるようですし、剣聖はそこに転がっている。剣を使うというのなら恐らく賢者でも、当然聖女でもない」


「どうでも良いだろう。お前たちはここで終わったんだから」


 ヴァンは、表情を変えない。

 一瞬悪魔の表情が、微妙に歪んだ気がした。

 しかし立ち上がりつつある鬼の方を横目に見て、悪魔は続ける。


「無名の剣士が傷を負わせたのは、こちらの油断を考えても見事と言うべきでしょうが。終わらせた気で居たというのなら、それはいささか滑稽です。――愚かな人間は、ここで殺して差し上げます」


 自らの腹に刺さった剣を今にも引き抜こうとしている鬼を確認し、悪魔は酷薄な笑みを浮かべた。


「いいや、終わりだよ」


 淡々とした言葉と共に、鬼を貫く剣が一際大きく燃え上がった。

 お伽噺の中の不死鳥の羽ばたきの如く、大きく広がったその燃え盛る炎は翼は、鬼を丸ごと包み込む。


「熱い! 熱い熱い熱い熱いアツイアツイアツイアツイアツイ――――!!」


 黒く焼き焦げた鬼の、断末魔の悲鳴が辺りに響く。

 それはやがて彼が倒れ伏し、炎が消えるまで続いた。

 ヴァンはその間、顔色一つ変えなかった。


「魔王は殺した。もう今俺が、戦う理由は無くなった」


 何とか鬼の身体に着いた火を消そうと奮闘していた悪魔が、憔悴と驚愕の感情を顔に張り付けたまま振り返る。


「魔王様が倒された? ははは! 馬鹿な、そんなはずはない!」


「何故?」


 問いながら彼が、消し炭になって倒れた鬼に向かって足を出すと、鬼の近くにいた悪魔はびくりと震え距離を取る。


「な、何故、ならば! 魔王様のいる魔王城には、我らが十二神将が控えておるのだぞ!」


 ヴァンは淡々とした口調で続けた。


「そいつらも全員殺した。十二神将って名乗ってたけど後から数えたら十人しかいなかったが……ああ、そうか」


 彼は足を止め、鬼になおも刺さったままだった剣を引き抜いた。


「お前らが、残りか」


 剣の上で再び燃え盛る炎と対照的に、思わずゾッとするほど冷徹な目つき。


 そこに、私の知っていた彼は居なかった。

 でも、ドラゴンの時の自暴自棄とも違う。

 今はただ研ぎ澄まされている――剣のように。


「……!」


 私は何も言葉を発せず、ただ、唾を呑み込んだ。

 これが、これが剣聖。

 伝承に語り継がれる、勇者と肩を並べる人間の到達点。全ての剣士の頂に立つ存在。私が必死に追いつこうとして、それでもたどり着けなかった境地に彼は居た。


「っ!! 人間ごときがァッ!!」


 悪魔が激昂し、戦闘が始まる。

 悪魔はその黒く強靭な身体を俊敏に操り、鋭利な爪で並の剣士であれば一合でさえ耐えることが出来ないだろう速く重く斬撃を次々に繰り出す。

 だが彼はそれを全てを見切っているかのようにあしらい、返す刀で四肢を切断する。


「――――――ガァッ!!」


 しかしそれらは一呼吸の間に再生する。十年前に見たのと、同じ能力。

 異常な再生能力。他に類を見ないその異能に、私の胸にやはりこの悪魔は一人が相手に出来る存在ではないのでは、という思いが去来するが。

 一度悪魔と距離を取った彼は、トントン、と剣で肩を叩きながら、何でもないようにああ、と呟いた。


「それ、やっぱり見かけだけなのか……それなら十年前に、殺しておくべきだったか」


「!? なぜそれを!?…………っ! お前、まさか、あの時のガキッ!」


「二度も目にすれば、種も割れる。そんなもんだろ。それに頼って戦おうなんて、本当にお前は、本気で死にたくないと思って戦っているか?」


「…………っ!! 人間如きがッ!!」


 悪魔はぶらりと力を抜いて剣を構えた彼に、全身に禍々しい気を纏い、襲い掛かる。

 そんな様子を見て、彼はため息を吐く。

 まるで、見飽きたかのように。会わずにいたここ数日で、一体いくつの修羅場を越えてきたのかと思わず考えさせるほどに。


「傲慢だな……だから滅びるんだ」


 そこからは、すぐに終わった。



 ---



 村には朝日が差し込んでいた。

 もう見ることが出来ないかと思っていた日の出。

 悪魔と鬼が倒れた後、魔物の残党を狩りつくした。

 一部の騎士は聖女の治療を受けていたが、他の人達により半壊した村の復旧作業が始まっていた。


 私が騎士達と村の今後について話していると、彼が近くにやって来た。


「少し、話せるか」


「うん」


 後のことは任せ、騎士達のもとを少し離れると、彼はすぐに頭を下げた。


「改めて、ごめん」


「わが身可愛さに逃げ出した。ごめんな、クズで。お前を見代わりにしたクズで」


「馬鹿。…………ばか」


 最初は軽く流そうとしたけど、視界が滲んでやっぱり無理だった。

 そんなこと、謝って欲しくない。

 そりゃ、悲しかったよ。悲しくて、貴方と一緒に居たいと何度も思ったよ。


「……でも、いいの。私は、そのために生きていたんだから」


 貴方は私に役目を譲った。そのことを責めたりなんてしない。だって貴方は私に全部をくれたから。

 文字通り命を救ってくれた貴方は、村に馴染めなかった私に居場所をくれた。剣を、読み書きを、生きていく力をくれた。


 だから私の全部を貴方にあげるのは、本当はずっと前から決めていたことだった。


「……お前がそんなふうに思っていたことも、最近まで知らなかった。どれだけ、背負わせてしまっていたか」


「それも、おんなじだよ」


 私だって悪かった。貴方が何かに悩んでいることに気づいていたのに、一緒に悩もうとは思わなかった。時が来たら話してくれるだろうと、貴方に全て任せてしまった。

 貴方に寄り添う覚悟がなかったのかもしれない。


「ごめん……ありがとう」


 彼の腕に、抱き締められる。


 ……っ。


 心臓が、壊れそうになる。

 スキンシップなんて今更なはずなのに。

 意志とは無関係に高鳴る鼓動が、抑えることが出来ない。

 決壊しそうになる感情の波を堪えて、精一杯平気な顔で口元を歪めた。


「……良いのよ。家族じゃない」


 ねぇ、私は上手く出来てるかな。いつも通りに生意気な貴方の弟子の振りが。

 狂おしいほどに感じる、この愛のような感情を、隠せているかな。


「……うん。ありがとう。でも俺は、やっと気づいたんだ。ずっと一緒に居たから、大切なことに気付けなかった。――俺は、お前と死にたいんだ」


 少しして身体を離したヴァンは、愛の告白のようにも取れるその言葉を、恥ずかしげもなく言い切った。本当に馬鹿な人。こんな、結局貴方のように強くもなれなければ、可愛げもない不出来な弟子に向けて。


「一緒に居てくれないか、これからもずっと」


「…………っ、」


 言葉が、出なくて。


「俺が、剣聖になるよ。お前が死ぬよりはずっといい」


「……………………」


 少しの沈黙を挟んで。何とか普段通りを装って、私は答えた。


「……でも、貴方が一度は剣神の加護を誰かに渡していた、なんてことが公になったら不味いんじゃないかしら。怪我をしていた訳でもなく」


「別に、構わないよ。自分のしたことには責任を持ちたい。それで何を言われても、甘んじて受けれ入れ……」


「だから、」


 何かを言い掛けた彼を手で制した。

 そして人差し指をその唇にそっと触れさせる。



「だから、嘘を吐きましょう」



「貴方は最初から剣神の加護の譲渡なんてしなかった。この村を護ったのは騎士達。貴方はただ、剣聖の加護に目覚め、魔王を倒したの。そうすれば辻褄は合う」


 突拍子もないことを聞いたかのように目を丸くしていた彼が、訝し気に口を開く。


「……そりゃ、そうすればバレないかもしれないし、騎士の人達も戦ってくれたのは知ってるけど。お前の功績をかき消すようなことは出来ない」


 予想通りの、真面目で誠実な答えが返ってくる。臆病な部分もあるけれど、そういう所が、きっと彼が人を惹きつける理由なんだと思う。


「そうね、良く分かっているじゃない。功績を取られるのは嫌。上手くいかなくてやさぐれている時とか、一人で悩んでいる時とか、功績を譲ったことを後悔しちゃったりするかも」


 だから。


「私の嘘がバレないように――――私の気が変わらないように。一緒なお墓に入らなきゃね」


 ぽかん、とした彼の顔が愛おしくて、顔を背ける。

 傍で治療を続けてくれていた微笑んだ聖女と目が合って、気恥ずかしさを誤魔化す為に立ち上がった。


 信じられないことに、身体は既に回復していた。


 辺りの気配を探る……と。


「……っ」


 パッと顔を上げたヴァンと目が合って、頷きを返す。

 視界の端で賢者と勇者も立ち上がっているのが見えた。


 遠くから魔物が近づいてくる気配があった。

 襲撃の残党だろう。もう魔族の姿は見えないが、数はそれなりに骨が折れそうだ。


「――いけそうか?」


「――馬鹿言わないで。早く帰ってオセロでもしましょう」


 隣の彼が私の様子を伺うように下から覗き込む。


 私は、彼の差し出した剣をひったくるようにして受け取った。



 …………

 ………………

 ……………………



---



「俺は信じられないくらい小心者で、自分勝手で、我儘だけど、……でも、お前の為なら死ねる」


「死なないで。私と、皆の為に」


 その後、彼らは剣聖を夫婦として王都に住むことになる。

 これまでの誰よりも強く、そしてこれまでの誰よりも平和を愛した二人が生きている間、近隣諸国は史上類を見ないほど争いが少なかったという。



 《完》

















 --後書き--


 これでおしまいとなります。初めて異世界転生ものを書いてみました。自分の好きなものを書いたのですが、多少人を選ぶ話になってしまったかなと思います。最初はもっとギャグ寄りの短編の予定だったのですが、書いているうちに真剣になってしまいました。途中二人が世界を旅する様子をそれなりの量を書いていたのですが、冗長に感じて結局削ってしまったり、他にも色々試行錯誤することがあって、面白かったです。次はまた現実世界の恋愛でも書こうかと思います。ここまで読んで頂き、ありがとうございました。


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