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第三十一話 秘策


「うわああああああ!? なに、どうしたの姫様!?」


 部屋に突然やって来たのは、王城の兵達だ。

 彼らは担いでいた小柄な人物をどさりと床に落とすと、すぐに出て行った。

 それは雑な動作ではあったが、どことなく親しさに所以する行動のように見えた。


「今代の賢者よ」


 突然連れて来られたのか、床に尻餅をつき、困惑した様子で辺りを見渡す少年をエマは指さした。


「は? こいつが?」

 

 賢者。

 魔法使いの頂点に立つ者。

 滅多に歴史上にその姿を見せず、国が窮地に陥る際、魔王討伐など時代の節目に現れるとされる才能。

 それが、今目の前にいるこの少年なのか。


 俺が驚いていると、エマは更に重要な事実を告げた。


「彼は、転移の魔法が使えるわ」


「……マジかよ」


 転移魔法。

 遠く離れた地点間を瞬時に移動できる、賢者のみに許された大魔法。

 発動には賢者でさえ相当な修練が必要で、過去の魔王討伐に同行した賢者は旅の最後まで使うことは無かった。

 それを、まだ十六になっているかも怪しいような見た目のこの少年が使えるというのだ。


「転移魔法を使えば、移動時間を大幅に短縮出来る。北の荒野の果てにある魔王城への道のりも、辺境の村までの街道を進む時間も」


 エマは唇をぺろりと舐めた。


「これが秘策。アリアと世界、両方を救うための」


「……転移魔法を使う場合のリスクは?」


「魔法自体が失敗することは無いわ。彼の魔法が暴発したのを見たことが無いの。……出来るわよね?」

 

 エマに釣られ俺も、床に倒れている賢者だという少年をもう一度見た。

 線の細い、ひょろっとしたそばかす顔の少年。


「え、ええ! 転移魔法ですよね、使えますとも、姫様! 僕は将来は偉大な魔導士になろうと研究を重ねていましたから!」


 彼は立ち上がりながら、俺に指を突き付けた。


「けど、まずお前誰だよ! 剣聖か!?」


「……いいや」


 俺達は頭一つ分くらいの身長差があった。背伸びした彼は突き付けた手首を返した。手の甲が目に入る。刻印の浮かんだ手の甲。


「じゃあ誰だよ! 僕は賢者だ! 勇者になった姫様を守るのが仕事! 部外者がどうしてこんな場所に!」


「――その姫様が望んだからでしょう」


 もう一人、女の子が部屋に入って来た。

 月光のような銀髪に整った顔立ちをしているが、どことなく薄幸そうな雰囲気をした少女だ。


「初めまして。聖女の役を務めます」


 少女は俺に向かい、丁寧に頭を下げた。

 俺も礼を返した後、顔を上げた少女を眺めた。


 聖女は魔王城の瘴気から人間を守る結界を張ることの出来る唯一の存在だ。

 故に、必ず魔王城には同行してもらう必要がある。

 未だ納得していない様子の賢者の少年をちらりと見た後、聖女はエマに目を合わせた。


「私も未だ状況はよく分かっていません。そこの彼を、剣聖の代わりとして呼んだということでしょうか」


 エマが頷いたのを見て、視線は俺へと移る。


「もし、賢者に転移魔法を使用させれば、彼の魔力は殆ど尽きます。私も修行を積んではいますが、魔王城の瘴気の濃度を考えれば、現状結界を張るのが精一杯でしょう。私達は戦闘に参加出来ません」


「……私達の命は貴方に預けることになります。確かめさせてください。貴方を信じていいのか」



---



 聖女の提案により、俺達は王宮内の講堂にいた。

 その奥の扉の中の小さな部屋。近年使われた形跡の無いその部屋の中央に、二つの剣が在った。

 コツコツと石造りの上を歩く足音が止まり、先を歩いていた聖女が振り返る。


「ここに二振りの剣があります。勇者と剣聖の為の剣。この世全ての悪を討つ為の剣」


 一目見ただけで分かった。確かに目の前の二つの剣は異常だった。

 何が、というわけではない。世界の各地で見た他の業物との明確な違いを言葉にすることは難しかった。ただ分かるのは、この剣が特別であるということ。


「非常に強力な剣だと伝わっていますが……この通り、才の無いものには触ることさえ出来ません。この剣を引き抜いて見せて下さい」


 突き刺さった剣の柄に触れようとした聖女の指先が、後僅かのところで何かに弾かれたように空を切った。

 聖女がこちらを向いて告げる。真っ直ぐにその瞳が俺を貫いた。


「英雄足り得る人物なのだと、全てを背負える人間なのだと証明してください」


 問うた声が、講堂に満ちた。

 聖女が脇に移動した。腕組みをした賢者は黙って俺を睨む。


「…………」


 剣聖と勇者にしか引き抜けない剣なら、加護の力に反応しているのだろう。俺の中に未だ僅かに剣神の加護が残っているのは感じるけれど、それで引き抜けるかは怪しいな。


 引き抜くことが出来なかった場合のことが頭をよぎった。賢者と聖女を納得させることが出来なければ、アリアを助け魔王も倒すのは困難を極めるだろう。


 そもそも、生きて王宮から出してもらえるかも怪しい。剣聖ですらない俺が今この場に居られるのはひとえにエマの温情であり、ただの一般人がこんな国の最重要部の様子を知ってほいほいと返してもらえるほどこの世界は甘くない。


 後戻りは最早出来ないと今更気づきながら、俺は前に出て、剣の前に立った。

 覚悟は決めたのだ。

 一番大事なのは、世界でも、まして自分の命でもなく。

 隣にエマが立ち、俺と彼女は同時に剣に手を掛けた。


「俺はアリアの為に戦う。……全てなんて背負えない。そんな人間じゃない」


「貴方はそれでいいわ! 魔王も人類も、他のことは全て私に任せなさい!」


 この身には彼女に譲渡した剣神の加護、その残り火が燻ぶっている。

 その残火が、一瞬燃え上がったように感じた。



---



 夜。

 王城の窓から差し込む月の光が、ぼんやりと辺りを白く照らしていた。


 逃げてばかりの人生だった。

 戦いから逃げて、アリアと向き合うことから逃げて、自分の気持ちから逃げ出した。


 逃げるのは必ずしも悪ではないだろうが、しかし踏みとどまるべき時はどこかに存在していた筈だ。

 それら全てを見失って、ついにアリアと生き別れたのが今の俺だ。

 耳を塞いで心を閉ざし、自嘲することで納得しようとした。

 

 だけどエマに殴られて思い出した。

 彼女の持つ煌めきはアリアと同じものだった。


 俺はもう一度己に問い直す必要がある。


 逃げて、それで、言えるのか?

 最高の異世界転生だったって、最後に笑って言えるのかよ。



 ――否。


 十六年もずっと、凡庸な俺はアリアに夢を見せられ続けた――夢に魅せられ続けた。 

 俺だって、出来るんじゃないかという夢。


 俺は凡人だ。

 凡人だけど、それを逃げる理由にしちゃ駄目だったんだ。


 夢を語る奴に、無理をする奴に、憧れた心はきっとそれを知っていた。


 だから選べ、もう一度。

 天秤の片側に掛けたのは己の命。 

 自分のことだけを考えて生きて来た俺にとって、それは本来仮定することさえ馬鹿げた行為。

 

 死地へと自ら飛ぶ込むなんて、過去の俺が見たらなんと言うだろうか。

 正気を疑うだろうな。そしてきっと必死に止める。今だって、底の見えない恐怖に飲み込まれそうだ。


「おかしくない」


 そんな俺の手が、握られる。


「大切な人を守ろうとするのは、おかしくない」


 強く握ったその手の主、エマが俺の眼を見て言う。


「それを人は勇気と呼ぶの。そして、それを与えるのが私の使命」


 息を吐く。薄く、その分長く吐いた。


「俺に力があったら、俺が勇気のある、まともな人間だったらって思うよ。でも違うんだ。世界を救うだとか、人類とか魔王とか……そんなの、俺には重すぎる」


「けど、たった一人の女の子の為なら、戦える」


 それだけのことに気づくのに、何年掛かったことか。


 勇者が視線で確認を取り、賢者が頷いた。

 そして告げる。

  

「時の神よ。その力をここに示せ」



「極大魔法――――転移。座標、魔王城」

余りにもお久しぶりです。待って下さっていた方がもし居たら、深く感謝します。

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