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第二十七話 防衛戦


 村から逃げる前に話をした両親は、私の選択を尊重してくれた。ただ、黙って抱き締めてくれた。それが嬉しかった。

 妹は泣いていた。私は、あの日私と共に助けられた日から、この子は彼のことをずっと慕っていたことを思い出す。


「お兄ちゃんは、一緒じゃないんだね。意外だった。何となく、お姉ちゃんとお兄ちゃんは、死ぬまでずっと一緒なんじゃないかって思ってたから」


「……そう」


 私もそう思っていた、なんて今更言っても意味が無い。


「あの人は村を出て行ったわ」


 恐らく、もう私達と二度と会う気は無いでしょうね。

 妹は目に大粒の涙を溜めていたが、それが零れることは無かった。


「二人が納得して、そう決めたんでしょ。それなら、踏み込めないよ、私じゃ」



---



「私の家族を頼むわ」


 私が言うと、若い騎士団員は畏まって敬礼した。


「はっ。この命に代えても必ず。お守り致します」


 不安はあるが、信じるしかない。


「あの子は!? あの子はどこ!?」


 その時、彼の両親の姿が見えた。別の村人に宥められている。


「お、落ち着けよ。まだ見てねぇけど、どっかの馬車に乗ってんだろ……。てか、あんたらあんなにあいつのこと嫌ってたじゃねぇか」


「あぁしたさ! 確かに俺はあの馬鹿息子の考えてることは分かんねぇし、多分顔見たら怒鳴っちまう。だけど、それでもあいつは俺の息子なんだ! 心配して何が悪い!」


「息子って……絶縁してなかったか」


「したとも! だけど……それとこれとは話が別だろう! 命の危機なんだぞ! あいつが幾ら剣が上手かったって、魔物の群れがやってきたらひとたまりもないだろう!」


 彼にもっと前から、その言葉を伝えておけば。きちんと話をしていれば、彼と彼らの関係も違うものになっていたのかもしれない。

 そう思ったが、しかしあの日の暴走が、彼らとの断絶に端を発したのは間違いない。

 彼を傷つけたことに対する嫌悪感もあったが、最早今更どうでもいいことだった。


「……儂は、恨むぞ。己の無力を」


「…………」


 鬼のような形相でじっと拳を握りしめている村長と、憔悴した顔で黙っているシスターさん。

 彼らのような人がいたから、世界には家族以外にも守るべきものがあると信じられた。

 だから、私は剣を振ろう。


「始めましょう」


 村人を乗せた最後の馬車が村を離れた。

 私の声に騎士団長が頷き、目の前に整列した騎士達の前に歩み出た。

 魔物の遠吠えは、もうすぐそこまで迫っていた。


「ここにいる奴で、一番年下は誰だ」


「ジャックじゃねぇか?」


「いや、アレンだよ!」


「ジャック、嘘を吐くな。お前に命令だ。村人達を先導して山を降りろ。とにかく隣町まで行ったら伝令を王都に飛ばせ」


「馬鹿なこと言わないでください! 俺だって、団長たちと一緒に……!」


「馬鹿はお前だ。いいか、村の人達を護ることが、お前の一番大切なことだ。……おい、なんて顔してやがる。そんな心配しなくとも俺は生きて帰るさ、死にたくはないからな」



「総員に告ぐ」



「スタンピードをここで止めなければ、近くの町、やがては王都、そして君たちの大切な人の下へと魔物は向かう」



「腕がもげても、足を喰われても構わない。魔物を殺せ。それが必ず、諸君の大切な人を救うことになる」



「「「「応ッッ!!」」」」



 激を飛ばした騎士団長は、私とすれ違い様に軽く頭を下げた。


「剣聖、私に何かあった時は、彼らを頼む」


「……ええ」



---



 村の外壁を盾に、魔物を迎え撃つ。

 初日。


 二匹の兎の魔物を一番森の近くに立っていた騎士たちが見つけ、すぐに始末した。

 その日は小型の魔物が六匹と二匹の大型の魔物が現れ、大型を私が、残りを騎士たちが斬った。そこまでは、まだ悪くなかった。


 私の剣は誰かを守ることに向いていない。一度手合わせをした騎士団長はそのことが分かっているのか、私が可能な限り自由に動けるように指揮を執ってくれていた。

 騎士たちの連携もよく、このままあっさり勝てるんじゃないかという雰囲気さえあったと思う。

 私も、ここを騎士の彼らの死地にするつもりはなかった。彼らも、大切な人を守るために戦っているのだから。


 二日目に三匹の魔物が四カ所同時に現れたあたりから、戦況は悪くなる一方となった。

 それらの魔物を処理し切る前に、小型の魔物が数を数えるのも馬鹿らしくなるほどの巨大な群れで一気に現れ、それと同時に超大型の魔物が現れた。超大型を殺しきるのに、負傷者が大勢出た。


 三日目。


 超大型の魔物が七体同時に出現した。

 その日が終わる頃には騎士団は半壊し、治癒術師の人手は足りず、動けなくなる者が続出した。外壁には大穴が空き、魔物達との戦場は村の中へと移らざるを得なかった。



 四日目。

 魔物の中から現れた、一人の魔族が全てを壊した。 



---


 

「分かってねぇ」「分かってねぇよ」「全然分かってねぇ」


 男がブツブツと呟く。戦場と化した村の一端で立ち尽くすその姿に、必死に隙を探していた騎士の一人が、ある瞬間にぷつりと糸が切れたように、絶叫と共に斬りかかる。


「あ、あぁああああああああああああ!!!」


「違う」


 その一言と共に振るわれた剣、たった一撃で、騎士が地に伏せた。

 男は余りに異様で、異常だった。


「こっちは退屈なんだよ、退屈で退屈で退屈で退屈で死にそうなんだ」


 爪をガジガジと齧る男の周囲、住居の瓦礫を下敷きに倒れている騎士達の姿が、たとえ立ち向かわず逃げようとしたところで、結末は変わらないことを教えていた。


 アリアは前を見たまま、隣で剣を構えながらガチガチと震えている騎士に声を掛ける。


「逃げて。他の加勢に行きなさい」


「戦います。貴方だけを残す訳には……!」


「良いからッ!」


 額から一筋の汗を垂らしたアリアは、視線を男に固定したまま告げる。


「誰かが相手をしなくちゃならないだろッ! 分かったら退けッ!」


「……っ! ご無事でッ!」


 感情を必死に堪えるようにした騎士が、場を離れ。

 近くで立っているのは、アリアとその男だけになった。


 じっと見つめる。

 男。

 筋骨隆々、長身の偉丈夫。

 ただ一点を除けば、人間によく似ていた。

 額に生えた一対の角。

 東の方の伝承に伝わる怪物にこんなのがいた、確かその名は――鬼。

 人に似た姿を取る知性を持った魔物、魔族と呼ばれる存在。

 

「誰も分かってねぇ、王国最強と謳われた騎士団の団長さえ、見えていなかった。あれは凡人が剣を振ってるだけだ。剣士の真似事をしているだけ」


 鬼のすぐ近くには、その危険性を誰よりも早く察知し身を捨てる覚悟で立ち向かった騎士団長が倒れていた。鬼の足が彼の腕を踏みつけ、騎士団長は苦悶の声を上げる。


「っ、……逃げろッ。君は、生きなきゃならない! 魔王を倒す為に」


 出来るものなら、そうしたいけれど。


 それは、直感と呼ぶべき曖昧な感覚。

 アリアは僅かの躊躇も無く、その感覚に従って上体をのけ反らせた。

 見ている者がいれば奇妙にも思えただろうそれが、結果として彼女の命を救った。

 鬼の剣が、直前まで彼女の頭があった場所を通過していった。

 

 奇跡的な回避を成功させたアリアは腰の剣に手を伸ばし、一刀を放つ。

 足を開き、腰だめに構えた、彼女の最も得意とする技――居合。

 彼女に出来る最速の剣は、しかし男が左手で腰から抜いた、もう一本の刀で防がれた。


 アリアは追撃を警戒しつつ距離を取ったが、鬼は追いかけて来なかった。

 立ち尽くす鬼はどこか呆然としているようにも見えた。

 その意図は分からなかったが、アリアは油断なく鬼の隙を観察する。 

 一瞬の交錯だったにも関わらず、アリアの額には汗がびっしょりと浮かんでいた。


「まさか」


 ギョロリ、と顔の向きを変えずに、鬼の目玉だけがアリアを捉えた。


「お前も、見えてんのかァァ!!?」


 純粋な殺意の気配に、アリアは僅かに身を固くした。

 眼前まで迫った死の存在に、否応なしに呼び起こされるのはかつての記憶。


 思わず、ヴァンが何とかしてくれないか、と背後を振り返ろうとして。


「もう、彼は居ないッッ!!」


 自らを叱咤する。

 己で、目の前の怪物をなんとかしなければならない。

 あの日と違うのはもう一つ、彼女には誇りがあること。

 一人の戦士としての、誇りがあること。


 震えそうな唇を舌で湿らせ、不敵な笑みを浮かべた。


「――――来なさい化け物、踊ってあげる」


 怪物と少女の、死の舞踏が幕を上げる。

 大分迷ったけどタイトルこれでいこうかなと思います。よろしくお願いします。

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