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第二十五話 剣聖

少し長いです。分けた方が良いのかな…。

「団長、着きましたよ」


「…………この村か」


 最も近い町から馬で二日、ようやくたどり着いた。

 山の中に埋もれるようにあった集落は、そこに至る険しい自然とは裏腹に、しかし穏やかな印象を受ける場所だった。

 住居が立ち並ぶ区域からは駆けまわる子供の声がし、その奥に広がる農地がこの村は貧困とは無縁なのだと印象付けている。

 

 しかし、今受ける印象は普段のものとは違うかもしれない。

 背後を振り返ると、十数頭の馬の列から降り立った部下たちが、次々と荷物を下ろしている。

 

 村のあちこちから視線を感じた。

 この村のような争いや戦争などとは無縁の土地に、由緒ある騎士団とは言え戦闘に備えた集団が現れれば、それは不安にもなるだろう。

 

 若干の申し訳なさを感じつつ、しかし今回の遠征の動悸を考えれば、些事と言い切ってしまう者も多いだろう。

 

 王都の教会本部に、この村に剣神の加護を持つ者が現れたと宣託があった。

 同時に魔王が復活したという情報も入って来た。


 我々の目的は人類の敵である魔王を討つために、剣神の加護を持つ者を早急に確保すること。

 どんな手段を使っても。



---



 村に入るとすぐに、修道服を着た女性が駆け寄ってきた。

 美しい金髪を伸ばした女性は、走って来たことで乱れた呼吸を整える。


「予想よりお早いお着きで。何分辺鄙な村ですので、歓迎の用意も出来ず……」


「構わん。それより例の件についてだが」


 ええ、とシスターは頷いた。騎士団が向かうという先触れを出していたが、もとよりこのような村で盛大な歓迎を受けようなどとはこちらも思っていない。

 

「承っております。今年十六になる者は、ほぼ全員教会に集めてあります」


「ほぼ?」


「一人、行方の分からない者がいまして」


「……ふん。まぁ、良いだろう」


 村人の管理さえ出来ていないとは、流石田舎の村だな。


 村の長であるという大男は別件で部下と話をしているため、代わりに案内するという彼女について村を歩き、教会に入る。

 古びた通路を抜けた講堂へと続く扉の前で、シスターは立ち止まった。


「この先に、近日十六歳になった者たちを待たせています。……その前に一つ、お聞きしてもよろしいですか」


「どうした? 早く開けろ」


 剣神の加護の確保は王命だ、可能な限り迅速な行動が求められている。

 声に僅かな苛立ちを込めたが、シスターは顔を俯けたまま扉の前から動かなかった。


「剣神の加護を持つ者が居た場合、どうするのですか?」


「無論王都に連れていき、勇者と共に魔王討伐に向かって貰う」


「その者の意思は? ……もし、断った場合はどうなるのですか?」


「? 何故断るのだ。魔王討伐の旅など、ただの村人には過ぎた栄誉だろう」


 何を言っているのだ、このシスターは。

 やはり田舎の者の考えることは分からんな。

 今代の勇者は王女であるらしいし、王女と旅が出来るとなれば断る者など存在しないだろう。


「しかし万が一断った場合でも、連れていくことになるだろうな」


「……それは」


「どの道、一介の修道女にどうにか出来る話ではない。……それとも貴様は、剣神の加護を持つ者が逃げたせいで、魔王の手の者に殺される民草の命を背負う覚悟があって、それを言っているのか」


 殺気を飛ばすと、修道女の肩がびくりと震えた。……ふん。私の殺気に対しその程度で済んでいるところを見るに、このシスターも全くの素人という訳では無いようだが。


「分かったらその扉を開けろ」


 ついにその扉の前から退こうとしなかったシスターを押しのけ、強引に扉を押した。

 ぎぎ、と蝶番が擦れる音がして、扉が開く。


「…………これは、どういうことだ?」


 薄暗い講堂は、無人だった。

 既に集まっている筈の十六歳の子供達の姿はどこにも見えなかった。


「? ……あの子たちは?」


 倒れ込んだシスターも困惑した様子で辺りを見渡しており、嘘を言っているようには見えなかった。


「……! まさか、既に騎士団に連れられてっ」


「違う。我々は何もしていない」


 何か異常なことが起きていると、長年騎士団長を務めてきた勘が告げていた。

 私は足早に、無数の座席の列を通り過ぎる。

 窓から差し込む光に、薄暗い室内に浮かぶ埃がきらきらと反射していた。


「じゃあ、どういうことなんですかっ。私は、ここで待つように確かに言っておきましたっ!」


 

「――――全員、返しておいたわ」



 講堂の前方に設置された祭壇の手前。

 壁に埋め込まれたステンドグラスから差し込む鮮やかな色の下に、見知らぬ少女が立っていた。

 蒼い髪、女にしては高い背丈をした、線の細い少女だった。


 ……どうして、今まで気づかなかった?

 警戒し静かに腰を落としたこちらを見て、しかし彼女は優雅に微笑んだ。


「こんにちは、貴方が騎士団長ですか? 始めまして。私が今代剣聖です」


 思わず息を呑む。

 剣聖。剣神の加護を持つ者のみが名乗りを許される称号を、彼女は口にした。



「………………………嘘」



「? どうかしたのか、君」


「……………」


 シスターはまるで天地がひっくり返るのを目撃したかのように、呆然と目を見開いていたが……自分の村から、本当に剣聖が現れたとなれば驚きもするか。


 改めて、剣聖を名乗った少女をじっと見つめる。

 こちらの視線に気付いた少女は着ていた衣服の裾を軽くつまみ、片足を引いて軽く膝を曲げて見せた――綺麗なカーテシー。


「蒼い髪に、金の瞳。ここに剣士まで加われば……かの有名な"疾風剣"は、剣神の加護を持っていたのか」


「騎士団長様に知って頂いているとは、光栄です」


 彼女はこの村の長の娘か何かなのだろうか。

 山奥の村には余りにも似つかわしくない、王都の貴族令嬢と言われても信じてしまうほどには、立ち振る舞いから教養を感じさせる少女だった。


 そして。

 それよりも、何よりも注目すべきは彼女の左腕。


 ぼんやりと、光っていた。


 カーテシーをする少女の衣服は左腕だけまくり上げられており、剥き出しになった彼女の左腕の付け根から二の腕に掛けて、幾筋もの線が走った複雑な紋章が浮かびがっていた。

 それはぼんやりと光を放っていて、ここが教会であることも手伝ってか、彼女には神秘的な力が宿っているかのようにも思えた。――いや、実際、そうなのか。


 剣神の加護。

 数百年に一度世に現れるというそれは、剣を持つ者にとっては神と同等と言っても差し支えないくらいに大きな意味を持つ。


 ある者は剣の頂きを意味するそれに憧れ、ある者はお伽噺だと笑い飛ばし――そしてある者は何故己に宿らなかったのかと悲嘆に暮れる。


「ちょっと、どういうこと!? アリアちゃんが剣神の加護!? 風神の加護じゃなかったの!? だいたいアリアちゃん、もう十七歳だよね!?」


「確かに珍しいですが、三代前の勇者も二つの加護を持っていたらしいですよ。私が十七歳なのは……今が、世界にとって都合の良い時だってことじゃないですか」


「っ! どうしてっ、何も言ってくれなかったの!? そもそも、ヴァン君は今どこいるの!?」


「…………」


 知り合いだったのか、取り乱した様子のシスターと淡々とした剣聖の少女が何か言葉を交わしている。

 私は剣を収めた背中に手を遣る。


「確かめさせてくれ。君が剣聖たり得るかどうか」


 私の動きを察知したのか、振り向いた少女の黄金の瞳がこちらを捉え、思わず身体が震える。


「紋章だけでは足りませんか」


「ああ、手合わせ願いたい」


 僅かな沈黙の後、少女が頷き、震えが加速する。――武者震い。


「……分かりました」


 直感だが、彼女の左腕の紋様が本物であるのは恐らく間違いない。

 だからこれは騎士団の任務とは、王命とは何も関係なく、ただ己の感情。騎士団長となって尚消えることの無かった感情が、担いだ剣に手を掛けさせた。



---



 教会の裏。

 人気のない空き地となっていたそこで、勝負は一瞬で着いた。

 否、それはそもそも勝負にすらなっていなかった。


「……………………もう、いいですか?」


「………ッツ!! 大地よッ!!」


 耳元で囁かれた声を、何度目かの咆哮で否定する。

 己の体内で練り込んだ魔力を放出し、大地を震わせる。

 地神の加護を受けたものにしか使えない衝撃波を発生させ、地面に亀裂が走る。


 ひび割れた大地から少女はひらりと距離を取ると、軽やかに着地した。


「…………ハァッ、ハァッ……」


 相手が若い女であるとか、剣神の加護を持つ者を万が一にも殺してはいけないなどという考えは頭から消えていた。そんな余裕は既に欠片も残っていなかった。

 先ほど、全く気付かぬうちにピタリと首元に当てられていた剣の冷たさを思い出して心臓が凍りそうになる。


「……ぉ、ォォォオオオオ!!」

 

 加護の力を使い地面から切り崩した無数の岩の礫を、彼女に向けて射出する。

 さらに、タイミングをずらして自らも切り込む。

 一歩一歩、踏みしめる度に地神の加護により己の中に力が湧くのを感じる。


「…………」

 

 蒼い髪をたなびかせた金色の瞳が、じっとこちらを見つめていた。

 岩の礫は正面から受ければ人など一瞬で挽肉にする、故に少女は岩を避けるしかない。

 だが逃れた先には俺が待っている。

 数多の敵を屠って来た、回避不能の必中必殺。

 そのはずだった。


「馬鹿なッ!?」


「…………」


 必中ではあったが、必殺では無かった。

 

 降り注ぐ無数の礫を全て叩き落とした彼女は、斬りかかる俺を向かい撃つ。


 その異常さに数多の戦場を越えてきた己の心が怯えの感情を抱き――しかしその戦場で培ってきたものこそが、彼女の行動を悪手だと告げる。

 左手一本で剣を扱う彼女に対し、こちらは両手剣。

 幾ら剣神の加護で強化されているとて、負けることなど有り得ない。


 ――取った。

 

 そう有利を確信し剣を交えた瞬間、地面が近づいた。


「……は?」


 訳も分からないまま、崩れ落ちる。

 剣さえも取り落とし、全身の自由を奪われた私は、静かに佇む少女を見上げた。

 

「暫く動けないかもしれませんが。痺れは、そのうち取れると思います」


 ……推測するしかないが。

 彼女には剣神の加護以外に、恐らく風神の加護がついている。

 風神の加護による、剣を媒介とした振動。初見殺しも良いところだ。


 しかし。

 彼女の技量ならばこんな迂遠でなくとも、より簡単に、こちらの剣を折ることで戦意を挫くことも出来た筈だ。そう思い彼女を見ると、僅かに眉を下げた。


「…………剣は、大切なもののようにお見受けしたので」


 この期に及んで手加減されていたのだと気付き愕然とする。確かに、この剣は尊敬する先代騎士団長から譲り受けた、己の命と同等には価値を感じているものだった。

 身体中に痺れが走りどちらにせよ立ち上がることは出来ないが、最早その気力さえも湧かなかった。


 彼女の太刀筋を見て気付くことがあった。


 剣に人生を捧げて来た身として、一度手合わせすればその相手がどれほどの鍛錬を積んできたか、ある程度測ることが出来る。

 その上で言えば、この少女は。


 ――まさしく、化け物。

 人の姿をした、人ならざるナニモノか。


「流石に、少し失礼じゃないですか」


「す、すまない」


 思わず口から零れた言葉に、慌てて口を抑えるも。彼女は特に反応は見せなかった。言われることに慣れているのかもしれない。


 たまたま加護を授かっただけの人間?


 そんなわけがなかった。

 常に己を削り研ぎ続けるような、正気とは思えないほどの修練の跡が読み取れた。

 それと共に、彼女からは一切の傲慢を感じなかった。油断も、隙さえも無い。

 強者との真剣勝負を繰り返さなければ、こんな風に剣は振れない。


 格上に学んだのだろう。それも遥かな高みから。


「……………」


 そこまで考えて、愕然とする。

 彼女は、一体何から剣を学んだ。

 疑いの余地なく今代の剣聖としての実力を備えた彼女に、剣を教えることが出来る人間が存在するとは思えなかった。


 ならば、師は人間ではないのか。人ならざる存在――神。……剣神。


 それを聞くと、どういう訳か目の前の少女は小さく笑いながら答えた。

 一瞬だけ見えたそのまるで普通の村娘のような笑顔に、王都に残してきたまだ幼い娘の姿を唐突に思い出す。



 ――――そうね、そうかも。



 少なくとも、私にとっては神様だった。



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