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第二十四話 お願いだから

ちょっと長めです。

 剣聖――剣神の加護を持つ者に関する宣託が下った。

 そんな情報が耳に届いたのは、俺が十六歳になってから二日後のことだった。


「剣聖様を迎えに、騎士団が派遣されるらしいぞ」


「探すっつったって……見つかるまで相当かかるんじゃないのか」


「それがな。宣託によると、どうもこの近くの村にいるらしいんだよ」


「はぁ!? マジかよ!?」


「とんでもない栄誉だよな、村人から剣聖って……」


 丁度近くの町に降りていたところだった。

 剣神の加護を持った俺の存在について、十六歳の誕生日に教会にお告げが下る。伝承の、そして神から言われた通りだ。

 俺は外套のフードを深く被り町を後にした。


 別に俺の顔が町で大して知られている訳でも、教会の連中が俺の人相を掴んでいる訳でもない。そもそも王都から最速で村に向かったとしても、到着するまであと数日は掛かるだろう。

 だけど、何となく後ろめたい気持ちが人の目を忍ばせた。

 

 一日掛けて町から村に戻り、そのまま村の外れへと向かう。

 殊更にゆっくりと村長の家、教会の前を通り過ぎ、かつての俺の家を越えて。

 そして今の俺の帰る場所である、古びた小屋にたどり着いた。

 小屋の前には丁度、木編みの籠を持ったアリアが出ていた。村の市場に行く所だったのかもしれない。


「あら。おかえりなさい。想定より早かったわね」

 

「…………アリア」


 掠れそうになる声を、必死に堪えた。



「話が、ある」


 

 彼女はゆっくりと籠を脇に置いた。


「……分かった。それはお茶を淹れる必要のある話? 無い話?」


 ああ、いい返事だ。俺よりもずっと余裕があって、敵わないとこんな時でも思い知らされる。


「お前のお茶を必要としない話なんて、この世には存在しないさ」


「よく分かってるじゃない」



---



 小屋の中、正座で向かい合う。

 傍らの卓袱台の上には湯呑が二つ、彼女の淹れてくれたお茶が湯気を立てていた。


「大事な話があるのでしょう」


「……ああ」


 流石に十六年一緒に居ただけあって、察しが良い。


「私じゃなくても、そんな真剣な顔で正座なんてされたら、赤ちゃんだって察するわ」


「いや、赤ちゃんは察しないだろ」


「…………」


 俺の揚げ足取りに応じず、アリアはお茶を啜った。

 俺が話を切り出すのを待っているのだろう。

 ふと、俺の前に座った彼女の奥に視線を遣る。

 壁際の棚上に生けられた花束は、先日いつもの四人で俺の誕生日を祝った名残だった。

 

 ……違うな。今は浸るべきではない。

 俺は黙って、シャツの右腕をまくり上げた。

 意識すれば、すぐに浮かび上がる独特の幾何学模様。


「……!」


 彼女は俺同様、教会含めこの村にある書物には全て目を通していたから、これが何を意味するのか理解していた。


「……剣神の、加護」


 ぽつりと呟いた彼女に、黙って頷きを返す。

 伝承では、これが剣聖の証として祭り上げられている。

 だから誰にも見せないよう細心の注意を払ってきた。意識しなければ現れないから、それほど難しいことじゃなかったが、ただもしバレてしまえば大騒ぎになることは間違いない。

 剣聖とは、救世の主として語られる存在だから。


「――まぁ、そうでしょうね」


 だから、彼女がさほど驚いていないことに、驚いた。


「もし、この世に剣神の加護を持つ人間がいるとするなら。それは貴方以外に在りえないでしょう」


 彼女はぽつりと呟くと、おもむろに、壁に立てかけられていた木刀を手に取った。年季の入った、武骨な木刀。俺が十年以上前に作ったそれを、彼女は慈しむようにそっと撫でた。


「……この世に自分より年下で、自分以上の才能を持った人が居ること。それをずっと小さなうちに知れたのは、きっと私にとって凄く大事なことだったと思うの。勘違いせずに済んだから」


「え?」


 彼女の口から、想像もしていなかった話を聞いて、思わず声が出る。

 俺の様子を見て、彼女はふっと相好を崩した。


「言ったことが無かったわね、そう言えば」


「あ、ああ……そうなのか」


 神に力を貰っただけで意識は凡人のままだった俺に、まさか天才である彼女がそんなことを思っていたなんて、想像だにしなかった。


「そうなのかって……ふふっ、普段の貴方ならからかってくるところでしょうに」


「か、からかって欲しいのかよ?」


「いいえ? そんなことないわよ。ただ、意外だなって」


 口元に手を当ててあははとおかしそうに笑いを零す彼女の姿は、まるで普通の少女のようだった。

 一緒に暮らすようになって、旅を共にしていた時以上に、彼女のこういうら柔らかな態度を見ることが増えた。


 もしかしたら俺が彼女に剣を持たせなければ、彼女はずっとこんな風に居られたのかもしれないと、思わず考えた。そんな仮定に意味など無いのに。


 それでも考えてしまうのは、今から俺が彼女にすることが彼女にとってどんな意味を持つのか、分かっているからか。


「…………あのさ、」


 俺が口を開くと、彼女は笑いを止めて姿勢を正した。

 俺は言わなくちゃならない。何も守れない俺は、せめて、俺自身を守る為に。


「剣神の加護を持ってる奴は、勇者と旅に出なくちゃいけないんだ」


 彼女はこくりと首肯した。ここまでは誰もが知る話。

 そしてここからが俺の話。誰も知らない、卑怯で脆弱な男の話。

 俺はさ、と一呼吸おいた。気力を振り絞る必要があったから。


「戦うのが、怖い」


 その思いは一度、口にすると止まらなかった。


「勇者の旅についていくなんて無理なんだ。もし勇者と旅に出たら、まず間違いなく俺は死ぬ」


「それは別に俺が今までの剣聖と比べて特別弱いからだとか、そういう話じゃない。実際、先代も先々代も、加護を弟子に継承している。それがどういうことか分かるか」


「魔王を倒す前に、剣聖はいつも死ぬか、まともに動けなくなってるってことだ」


 お伽噺の英雄譚の中に含まれた残酷な事実に、彼女は目を見開いた。


「死ぬのが怖いんだ。どうしようもなく怖い」


 子供達の大好きなお伽噺、勇者の活躍に目を輝かせるお伽噺。だけどあれはハッピーエンドなんかじゃ断じてない。剣聖にとっては、己の死を宣告されているようなものだ。


 俺は転生者だ。だから、死の恐怖を知っている。

 転生して死に対する恐怖は和らぐどころか、一層強まった。この世界に俺以外の転生者がいないのなら、死んだ経験があるのは世界で俺一人だけだ。


 だから自分の身体がただの肉塊へと変わっていく感覚を知っているのは俺だけで、本当の意味で自分が無くなるというのがどういうことなのか真の意味で理解しているのも俺だけだ。

 魂にこびりついたその記憶は消えることなく、俺に終わらない悪夢を見させた。


 転生して十六年経ってなお振り払えなかった恐怖から、俺の手が震えていることに気付いた彼女が、驚いたように目を見開いた。


「だけど、このままだと俺は連れていかれる。教会から、騎士団があと数日でこの村に到着する。逃げ出しても、きっとどこまでも追いかけてくるだろう」


 剣聖という立場が、どれだけこの世界で神聖視されているかは今さら言うまでもない。人々の中では勇者の旅に同行する役目は、素晴らしい栄誉であるらしい。

 逃げ出す俺を擁護する奴なんてまず間違いなくいない。


 逃げたとして、ひたすら追手を警戒しながら日陰を生きる人生になるだろう。

 もしかしたら教会の追手から逃げ続けることは出来るかもしれない。

 だが、神のこともある。神が、役目を果たそうとしない俺に何もしないという保証はなかった。


「だから、だからッ……」


 縋りつくように、嗚咽を堪えて。


「……………………剣神の加護を、継承、して下さい。お願い、します」

 

 俺は小屋の床に額を擦りつけた。


「……やめて」


「……アリアしか、いないんだ。なぁ、頼むよ。世界を見て回って、アリア以上に相応しい人間は見つからなかった。勿論俺含めて、だ。力も、心も、剣聖に相応しいもの全てを持った人間は俺の知る限り唯一人だけだった」


「やめてって」


「旅の途中、アリアは大勢の人を助けたよな。俺が何も言わないうちに、お前は人を助けに飛び出していた。なぁ、そういうところだよ。お前は凄い奴だ」


「お願いだから! やめて!」


 悲鳴のような声が聞こえて。


「ちょっと、考えさせて」


 やがて彼女が立ち上がり、きぃと小屋を出て行った音が聞こえた。それでも俺は顔を上げられなかった。


 どれだけ、俺は情けないことをしているのか。

 己の矮小さに、わが身可愛さに彼女を行かせようとしている情けなさに視界が滲み、床の木目がぼやけて見えた。


 でも、決めたのだ。

 これがきっと最良の結末だ。

 世界にとっても、誰にとっても。



---



 のろのろと。

 小屋を出た俺は、森へと足を運んでいた。

 誰もいない所に行きたかったのだ。


 けれど森には既に、彼女が居た。小屋から出て行ったアリアが。

 

「…………は、」

 

 こちらに背を向けたアリアが、言葉を詰まらせたのが分かった。


「笑っちゃう。幼馴染もここまで来ると呪いね。行動が似ているなんて程度じゃないわ」


「…………」


「…………何とか言いなさいよ」


 彼女の表情は俺からは見えなかった。

 それに安堵する。

 アリアがどんな表情をしているか確かめるのが怖かった。きっと軽蔑しただろう。覚悟していたつもりだったが、それでも実際に俺に憎悪の視線を向ける彼女を見たくは無かった。


「……出会った時から。貴方がずっと、何かを考えていることくらい分かったわ。多分それが、貴方が私を今日まで育ててきた意味で、貴方が時折私から隠れて一人で考えこむ意味で、そしてその度に泣きそうなくらい辛い顔をする意味なんだと、分かっていた」


 僅かに震えを含みながらも、理性的で聞き取りやすい声。いつも聞いていた彼女の声。


「貴方のことを尊敬していたわ。あの日私を助けてくれたこと、ドラゴンを倒したこと、剣を教えてくれたこと。旅の途中で、大勢の人を助けたこと」


「だからこそショックだった。失望した、と言い換えてもいいわ。貴方が逃げようとしていること」


「でも、よく考えてみたの。私は何がしたかったのか。……そうしたらね、思い出したの。元から、この命は貴方に拾われたものだった。十年前私は、この救われた命を、貴方の為に使おうと思ったの。ちょうど、この丘でね」


 その白く綺麗な手を木の幹にそっと添えたアリアを見て、俺は彼女が言った言葉の意味を、噛みしめる。

 誰かを守れるように、大切なものを守れるように、力が欲しい。

 俺に剣を教えて欲しいと言った彼女が述べたその理由が、嘘だったわけじゃないだろう。

 けれどそれは嘘ではなくても、全てではなかったということらしい。

 彼女が剣を振っていたのは………俺の為だった、ってことか。 

 

 だから、と夕陽に染まる丘で彼女は言った。


「貴方の代わりに私が剣聖として勇者の旅に同行すること。それが貴方の望みだというなら、私は従います」


 今彼女が触れる樹木が、かつて傷ついた彼女がもたれた木だったのか分からない俺に、彼女は潤んだ瞳で、静かに笑っていた。


「貴方は平和が好きなんだもの、命のやりとりなんて心の底からしたくないと思っている。それを小心者と笑う人もいるでしょうけど……私は、それほど嫌いじゃなかったわ」


更新頻度は落ちましたが、特にモチベが下がった訳では無いです。

昨日、二十話として少し話を追加しました。

タイトルは未だ悩んでいるので、変わりそうです。見つけ辛くしてごめんなさいと常々思っています。

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