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第二十三話 旅の終着点

お久しぶりです。ちょっと長めです。

 俺達は、勇者と吟遊詩人達と出会った町を後にした。


「今度はどこへ行くの」


 隣を歩くアリアが尋ねてくる。


「北、あるいは南? どちらにせよ、日のあるうちに距離を稼いでおきたいわね」


 空を見上げた。未だ高い位置にある太陽は街道を明るく照らしていた。目の前の草原には軽やかな風が吹き、羊飼いが放牧している。

 のどかな午後だ。

 ともすれば、一年以内に魔王が復活するなんて信じられないくらいに。


「目的地は近いよ。それに、急ぐ必要もない。ゆっくり行こう」


「え」


 アリアが立ち止まる。丁度吹いた風が、彼女の青い髪を揺らした。


「どした」


「いえ、意外だっただけ。貴方はいつも急いでいるように見えたから」


 図星だった。アリアに直接何かを言ったことは無かったが、今までは極力効率的に世界を周るつもりだった。


「ああ、いや」


「――たまには、こういうのもいいかと思ってさ」


 十六歳まで、時間はもう殆ど残されていなかった。

 まず間違いなく、これが最後の旅になる。

 

 だからこそ、今さら急ごうとは思わなかった。

 

 行き先もいつもと違い、人の住めない火山地帯でも、氷土の最奥でも、王都の剣術大会でもなく、ごく普通の場所にした。


 継承者を探すという目的とは矛盾しているかもしれない。

 ヤケになっていると思われても仕方がない。


 目的地への道中、時には日がな一日釣りをした。アリアはすぐにコツを掴んだが、俺はいつまでも全然釣れなかった。アリアの捕った魚を焼いて食べた。

 時折、通りかかった村に宿泊した。お礼に近くの魔物を狩ったり、病に伏した村人がいる時は、薬草を使って治療した。


 

---



「で、どこなの」


「多分、噂だとこの辺のはずなんだが……」


 辺りを見回す。森の中は木々が生い茂り、さらに霧が視界を覆いつつあった。


「ふぅん。まぁ、急かしている訳じゃないんだけど。……それにしても、この辺、ちょっと匂うわね」


 すん、と辺りを嗅ぐようにした彼女はそんなことを言う。

 木の根が走る地面のあちこちから湯気が上がっていて、微かに硫黄の匂いがしていた。

 歩いていると、突然視界が開けた。


「――――ッ!!」


「へぇ」


 そこはごつごつとした岩場だった。

 所々から湯気が上がっていて、視界は余り良くない。足元には、小さな水溜まりが幾つもあった。


「あ、ちょっと」


 彼女の制止の声を振り切って俺は走り出した。

 ひと跳びで足場の悪い谷を飛び越え、岩が積み重なった丘を超え、その先の景色にこの旅の目的――温泉を見つける。


「……これは、凄いわね」


 ひょいひょい、と俺に続き岩場を駆けあがってきた彼女は、目の前の光景に驚いたように足を止めた。


 岩場の奥に、大量の湯が溜まり自然の浴槽のようになっている場所があった。

 知る人ぞ知る、旅人たちの憩いの場らしい。

 視界の端に見える脱衣所らしき小屋は、今にも崩れかかっていた。


「初めて見たわ、結構熱いのね。…………にがっ」


 アリアは手だけを温泉にちゃぷりと浸け、指を舐めて顔をしかめている。

 俺は担いでいた荷物をドサリと放り出し、早速上着に手を掛けた。


「!? なんで脱いでるのよ」


「なんでって……入る為に決まってるだろ? 誰もいないし、良いじゃん」


「私がいるんですけど!」


 焦ったように俺の裸から目を逸らす彼女。

 その耳が赤くなっているのが少しおかしい。今更この程度で恥ずかしがるか。夏場、俺はほとんど半裸のような格好で稽古をしていたし。

 まぁでも羞恥心を全く持たなくなるのも違うか。


「いいから向こうで着替えて。常識の無い男ね。流石田舎者」

 

「生まれてこの方十五年、貴方と一緒に居ますけど」


「要は田舎者根性がどれだけ染み付いてるかって話よね。もう、臭いのよ。田舎者臭が」


「田舎者臭! 言うに事欠いて、田舎者臭! これでも、王都じゃ貴族の息子と間違えられたことありますけど!? その気になれば洗練された動作が出来ることに定評がありますけど!?」


「はいはい、良いから向こうで着替えて」



---



「…………あぁ~~~~」


 こっちの世界で風呂に入ったことはなかった。水を汲むのも大変だしな。川での水浴びや、濡れた布で身体を清めるくらいはするけど。

 村には風呂自体なかったし、街で探せばあったのかもしれないが、探したことは無かった。それだけ追い詰められていたのだと今更気づく。


 熱過ぎるくらいの湯に浸かった体と、湯の上に出た首から上に当たる冷えた空気の温度差が、心地良い。


 上を見れば、丁度輝いていた星空を楽しんでいると、


「……じろじろ見たら、殺すから」


 ぼそりと呟くような声と共に、脱衣所の陰から彼女が現れる。白い布を身体に巻き付けて、胸から腰の辺りまでを隠していた。

 俺と毎日太陽の下で打ち合っているはずなのに、どんな強靭な色素を持っているのか、透き通るくらい白い肌。

 いつも頭の後ろで結んでポニーテールのようにしているのを解き、下ろした髪が見慣れている筈なのに妙に新鮮に感じた。


「…………」


 俺は何を言われたわけでもないのに目を逸らし、夜空の観察に戻った。

 ちゃぷ、と隣で彼女が湯に浸かった音がする。


「…………ぁ」


 彼女の口から、思わずといった風に息が零れる。そこには確かに快楽の感情が混じっていて、俺は心の中でうんうんと頷いた。

 ふ、気持ち良かろう。


「……はぁ、ん……」


「……………………………………」


 ……しかし。

 湯がやや濁っていて良かった。

 こっそり、横目に見たところ。アリアの身体は引き締まりながらも、いつの間にか明確に女性としてのラインを描いていた。

 幾ら夜の闇の中とは言え、完全な透明だったら邪な感情を抱かないでいることは難しかったかもしれない。


 そんなことを思った刹那。


 それは必然だったのかもしれない。

 アリアは温泉に入るのは初めてで、ならば体に布を巻き付けるのも慣れていないのも当然。

 結びが緩かったのか、変に動いてしまったのか。

 

 ――――白い布が水の中ではらりと解け、一糸まとわぬ美少女の姿が露になる。

 視界の肌色面積が突如として増加し、脳が思考を停止する。


 そして更に不味いことに。

 急いで逸らそうとした視線が、彼女とぴったりと合った。


「あ」

「……」


 終わったー。はい、俺、終わったー(遠い目)。

 この前、村のエロガキが彼女の水浴びを覗こうとして半殺しにされてたのを見た。

 それも結局覗けなかったのに。


「……っ!!」


 ばしゃばしゃと水の中で格闘するような音が立ち、しかしよほど焦っているのか、顔を赤く染めた彼女は、布と両手を使って即席的に胸を隠すに留まった。


「「…………」」


 彼女は荒い息を吐き、一度呼吸を落ち着けた。 

 そしてその口から大の大人も泣き出すような罵声が……降ってこない。

 代わりに聞こえたのは、蚊の鳴くような小さな声音。


「…………恥ずかしいから、向こう向いてて」


「お、おう! マジですまん!」


 ギュン、と効果音が聞こえてきそうなほど全力で身体を捻り、彼女と正反対の木陰を見つめる。

 水面に浮かぶ波紋が腕に当たっていたが、それどころじゃなかった。


「……いいわよ。別に、怒ってないから……」


 ばくばく心臓が鳴っていた。

 脳裏にフラッシュバックする肌色の景色。

 おかしい。ただ向こうが恥ずかしがるから、変に意識してしまっただけ。そのはずだ。流石に、子供の頃からずっと一緒に居る相手だぞ。

 けど、それにしてもなんか、思ってた反応と違うな? ただ恥ずかしがるだけなんて。まるで、清純な乙女のような反応……。


「非常に不愉快なことを考えている気配がするわ。……木刀は何処へやったかしら」


 背中越しに低い声が聞こえたかと思うと、目の前に星が幾つか追加で散った。



---



 澄んだ空気。満天の星空。

 山奥のここは本当に一部の人にしか知られていないのか、脱衣所以外人の痕跡は感じられず、その脱衣所すらも直近に使われている様子はなかった。まさしく、秘湯というのだろう。


 そんな秘湯に浸かっていると、世界に俺達二人だけのように感じられる。


 気付けば、アリアの気配を近くに感じた。

 移動してきたようだ。振り向く勇気は無いけれど。

 肩に彼女の髪が掛かった。

 濡れて冷えた蒼い髪は、夜の黒を吸って、恐ろしいくらいの艶めきを纏っていた。


「十六歳になるわね」


「ああ」


「加護がもらえたりするのかしら」


「どうだろうな。…………なぁ。もし、俺に加護が無かったとして。それでもお前は、俺と一緒に居てくれるか?」


「何、急に」


 少しの間、ちゃぷりと水の揺れる音だけが在った。


「……関係ないわよ。私は一緒に居る人を、その人に加護があるかないかで、決めたりしない」

  

「ははっ」


 思わず乾いた笑いが零れた。そうだよな。お前はそう言うよな。

 では――俺は。

 加護が無かったら、俺はお前とこうしていただろうか。


「でも、貰えなくても落ち込まない方が良いわよ。私は運が良かっただけだろうし」


「ああ、分かってるさ」


 湯に浸かっていると、ここが異世界か疑いたくなる。辺りに魔物の姿はなく、植物にも星座にも詳しくない俺には、前世のものとの違いが分からない。


 だから、こうして有り得ない仮定を考えてしまう。

 もしも、もしも俺と彼女が日本で出会っていたとしたら。


 隣の彼女を盗み見る。

 

 首に張り付いた蒼い髪が変に色っぽくて、目を逸らしてもすぐには頭から消えなかった。


 ……無理かもなぁ。

 彼女はすっかり美人になった。

 学校に居たとしても、とても近づき難い存在だったに違いない。

 前世の俺は冴えない陰キャでしかなかったから、なおさらだ。


 そもそも俺が彼女と親しくなれたのは、幼馴染という関係でしか有り得ない奇跡な気もする。彼女は才気に溢れ、それに一切驕らず勤勉で、魔物に立ち向かう勇気さえ持ち合わせている。剣神の加護を持ちながらついぞ魔物への恐怖が拭えなかった俺と比べると、まさに月とすっぽんだ。


 下らない冗談で笑ったり、極稀にはしょうもない見落としもするし、居眠りや時には嘘を吐くことも知っている。

 その上で、前世含めて、俺の今まで出会った中で最も尊敬に値する人間だと思う。


 世界を旅するうちに、彼女が誰かを助けようとする場面を数えきれないほど見た。

 彼女は助ける人を選ばなくなった。手の届く範囲を助けるというその"手の届く範囲"が、十六歳にして完成された剣と、蓄えられた知識により今や限りなく広がっていた。


 あぁでもそれなら、と俺は妄想の続きに浸る。

 彼女が日本にいたとしたら、彼女はきっと、教室での立ち位置や人の目なんて究極的にはどうでもいいと思える人間だ。本当に大切なものを見失わないでいられる人間だ。


 だったら、もしかしたら何かちょっとしたきっかけがあったら、仲良くなれたかな。

 どっちかの机で趣味の話で盛り上がったり、意地悪な教師の愚痴を言ったりしながら、放課後の教室で駄弁って。人のいない教室で、俺が勇気を出して休日の遊びに誘うんだ。そして、そして…………。


 隣でざば、と湯から立ち上がる音がした。

 

 彼女の白い背中に奔るのは、未だ消えない十年前の災禍の無残な痕跡。

 傷自体は完治しているものの、その痕は生涯消えないだろうと村の医者に言われたらしい。


 その傷跡が強制的に俺を現実に引き戻す。

 分かっている。

 ここはただ生きるのも命懸けの異世界で、俺には剣神の加護が宿っている。


「もう少し、このまま居ないか」


「え? ……まぁ、いいけど」


 俺の我儘に怪訝そうにしながらも、ちゃぱ、ともう一度湯に浸かってくれたのを感じながら、目を閉じる。


 静まり返った世界でこれまでの日々を振り返り、総括しようとした。


 知らない世界に飛ばされて、魔物に殺されかけてトラウマを植え付けられて、髪の色も戻らなくて。使命を強要されて、魔物を殺さなくちゃ生きていけなくて、その上、家族に絶縁されて……不幸を数えれば、キリがないけれど。

 

 飯が美味かったこと、景色が綺麗だったこと、温泉が気持ちいいこと。ネーレに、アルベドに、アリアに……大切に思える人たちに、出会えたこと。

 幸せだけを数えれば、それなりに幸福を感じられたのも、確かだった。


 だから、俺は…………

 ……………………

 ………………

 …………

 ……



---


 

 そうして、剣神の加護をどうするかについての結論を、俺は出したのだ。 

以前までの投稿について一部編集を行いました。大筋については変わっていないので読み返さなくても問題ありません。

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