第二十二話 勇者
「ふぅ。全く、とんだ災難だったぜ」
「困難が既に過ぎ去った感じを出しているけれど、貴方は未だ縛られているのよね」
「うぎゃぁぁぁぁああああ」
「えっ、何? 怖い怖い」
俺が意味も無く喚きながら暴れると、アリアはドン引きした様子で俺の縄を解いてくれた。
目論見通り自由になった肩を回しながら、通りを歩くと。
「ん、何だろうあれ」
前方に人だかりが見えて、そこから音楽と人の声が漏れてきていた。
吟遊詩人たちが演奏しているところだった。
彼らは音楽に乗せて物語を歌っていた。彼らが演奏した幾つかの物語の中にはアリアのことを歌ったものもあった(歌が流れている間、アリアはひくひくと頬を引き攣らせていた)が、多くは勇者の旅についてだった。
勇者が剣聖と出会い、聖女と賢者を仲間にして旅が始まる。道中で魔物を倒し困っている人を助けながら、やがて魔王軍との死闘が始まる。そんな流れだ。
魔王軍幹部と剣聖の闘いを激しいリズムと共に語る吟遊詩人に、周囲の人々は思わず手に汗を握る。俺だけがそれを少し冷めた感覚で聞いていた。
数々の苦難を乗り越えた勇者達は、遂に魔王を打倒する。そして訪れた世界の平和と共に、勇者と聖女のラブロマンスもしっかりと語られながら、大団円で物語は幕を閉じる。
吟遊詩人達が演奏を止めると、聞き入っていた周囲の観客たちは喝采と共にお捻りを放り投げた。アリアもいくらかの硬貨を演者に渡していた。
吟遊詩人達のもとを後にした俺とアリアは、通りに連なる露天商たちを見て回る。
そのうちの一角に人だかりが出来ているのが見えた。またも吟遊詩人かと近付くと、
「さあどなたでもどうぞ! 勇者のあたしに、腕相撲で勝てたら金貨をあげるわ!」
人だかりの中からは女の子のそんな呼び声が聞こえる。
俺は勇者という単語に引っ掛かりを覚え、人混みの中に分けいった。
赤色の髪の女の子が、木箱の前に座っていた。
勝気な雰囲気、くたびれた旅の装いながらどこか品があるその少女に、俺は僅かな既視感を覚える。
暫くの間、誰も名乗り出る者はいなかった。
すると赤毛の少女は、俺の後ろについてきていたアリアを指さした。
「じゃあそこのフードの人! フードをすっぽり被って容貌を隠した、いかにも怪しい人!」
多くの人に顔を知られているアリアは目立つことを好まず、町中では外套のフードを被って顔を隠していた。
「挑戦料は銀貨一枚だけど、今回は特別にタダにしてあげる!」
「誰も頼んでないのだけど……」
フードの上からでも分かるくらい、アリアは明らかにやる気が無さそうだ。
それを赤毛の少女も感じ取ったのか、立ち上がり俺達の方に歩いてくると、アリアにしか聞こえない程度の声量で言った。
「ごめんなさい、一度だけ付き合ってくれる? 適当に合わせてくれればいいわ。付き合ってくれたら、お礼に近くの露店で好きなの奢るわよ」
結局アリアはいかにも渋々といった様子で頷き、赤毛の女の子の対面に座ると、木箱に白い肘を乗せた。
「ありがとう、助かるわ。……やる気は十分見たいね! 精々、楽しませて頂戴!」
「構わないわ。全力で来て」
アリアの声が女性のものだったことに驚いたのか、ぱちくりと目を丸くした赤毛の子は、けれどすぐに勝ち気な笑みを浮かべ、やや日に焼けたその肘をダンと木箱に叩きつけるように置いた。
「面白いわ!」
見物に来た人で出来た人混みの端で、勝負を眺める。
やがてどよ、と興奮した野次馬たちの声が上がる。
開始の合図は既に為されたにも関わらず、両者は互いの手を握ったまま、組まれた腕は中央からピクリとも動いていなかった。
完全な膠着状態。
それは暫くの間続くと思われたが。
「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ…………どりゃああああああ!」
赤毛の少女が顔を歪めながら、掛け声と共に力を振り絞る。一瞬腕の筋肉がボコりと膨れ上がり、均衡が崩れる。
少女はアリアの手を木箱の台に叩きつけた。
観客から歓声が上がる。
「あたしの!! 勝ち!!」
「…………」
赤毛の少女はぜえぜえと肩で息をしながら、観客に向けてガッツポーズをした。
木箱の前から立ち上がり、一見平然としたアリアは、叩きつけられた手を腰の辺りでぷらぷらとさせながら、注目を集めつつ俺のところへ戻ってくる。
見れば、アリアの手は叩きつけられる瞬間に衝撃を逃していたにも関わらず、少し赤くなっていた。
彼女は持久力に少し難がある。それと、単純な力比べも苦手だ。
しかし、常人に負けるような力では決してない筈なのだ。
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俺達は一度他の露店を見た後に、赤毛の少女が店仕舞いをする頃を見計らい再び訪れた。
「あなた、なかなかやるじゃないの! こんなに強い人は久しぶりに会ったわ!」
硬貨を数えながら、顔を上げた少女は言う。彼女はエヴァと名乗った。
「それは、どうも」
「しかも女の子ね! 今いくつ?」
「十六」
「同い年なの! ……じゃあもしかして、剣神の加護を持っているんじゃない!?」
唐突な問い。隣で聞いていた俺は思わずヒュッと息が詰まったが、アリアは平然とした声で答えた。
「持っていないわ」
当たり前だ。剣神の加護を持っているのはアリアじゃなくて俺だし、彼女はその事を知らない。
「……ふぅん、なぁんだ。ようやくアタリかと思ったのに」
エヴァは残念そうに唇を尖らせた。
今度はこっちが質問をする番だった。
「君は、本物の勇者なのか?」
俺が単刀直入に聞くと、エヴァは、
「ええ! 見る?」
いきなり上着を脱ぎ始めた。
「えっ」
「……」
ギョッとしているうちに、視界が暗転する。
背中に回ったアリアの気配、目の上にひんやりとした感触。
やがてアリアに目隠しを外されると、エヴァの剥き出しになったお腹に、赤く光る紋様が浮かんでいた。
「これが、勇者の証……」
アリアが、その顔に珍しくはっきりと驚いた表情を浮かべていた。二百年前の出来事と言えば、殆どお伽噺のようなものだ。実際に勇者の加護の証を目にして、感じるものがあったのかもしれない。
「余り声を出さないようにしてくれると助かるわ! 基本的に、人には見せていないの。勇者を名乗る人なんて大勢いるけど、本物だって騒ぎになっても動きにくいしね」
「……じゃあ何で、私達には見せてくれたの?」
やや警戒したようにアリアが腰の剣に手を伸ばしながら問うたが、エヴァはあっけからんとしていた。
「何となく。勇者の勘よ!」
アリアは呆れたような目を向けていた。
「今回の勇者の旅に必要な加護を持つ人が全員現れたら、教会に魔王討伐するように神様のお告げがあるの。まだそのお告げは来ていないんだけど、今のうちに私は旅をして、武者修行と一緒に仲間を探しているの!」
「あぁ、全員が揃うのに代によっては結構時間がかかったって言うしな」
「そうなのよ! あなた、結構話が分かるじゃない!」
エヴァは初めて俺のことをきちんと認識したようだった。
「十六歳になって紋様が現れる前から、吟遊詩人の人達について回ってるの! ここの人達はよく勇者の話をするから、お互いに宣伝しているようなものね! だって、今代の勇者がここにいるんだもの!」
大声で話す彼女の声に、道行く人たちが苦笑している。まさか、勇者がこんなところで油を売っているはずが無いと思っているのだろう。
「でも、勇者の紋が現れるまで、自分が勇者だとは分からなかいだろう?」
加護の証の紋様は、十六歳で加護が発現すると同時に身体のどこかに出現する。
「ええ! だけど私、強かったもの。だから、絶対勇者に選ばれるって信じてたわ!」
少女は自らに対する自信に溢れていた。
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「今度は、ガラティア連山の方に行くの!」
ガラティア連山と言えば、俺達の村のある地域だ。
「昔、まだ私が小さかった頃。麓の村よりもっと奥に行ったところにある山の方で、魔物の群れに襲われたの! そうしたら、私と同じくらいの歳の男の子が出てきて、魔物を瞬殺したの! 凄いでしょ!」
ん? なんか、聞いたことのある話だな?
エヴァは遠い記憶に思いを馳せるように、視線を彼方の山脈に飛ばした。
「それから私も剣を練習することにしたの! 今は武者修行の旅の途中! あの黒髪の男の子を探しに行こうと思ってるのよ! そうだ、この町にあの村から来てる人はいないかしら! 案内してもらいたいわ!」
「……私は知らないわね、あんまりこの町にも詳しくないし」
アリアはそう答えると、ちょっと、と勇者の少女に断りを入れてから俺に耳打ちをした。
「あなた、知り合いだったの?」
「……えーっと」
もう十年も前のことだ。向こうは顔をはっきりとは覚えていないらしい。あの日以来真っ白になってしまった髪を、無意識のうちに指が撫でた。
……おそらく間違いないが、試しに鎌をかけて見ようか。
「両親はどうしたんだ、エマ」
「勿論、パパとママには黙って出て来たわ! 過保護なんだもの! ……って。私、貴方に名前、言ったかしら?」
「ああ、俺耳悪くてさ。エマで合ってるか? エマかエヴァか、どっちか分かんなくてさ」
「そうなのね! なら覚えて頂戴、私の名前はエヴァ! 決して、この国の王家の娘のエマって女の子じゃないわ!」
「…………そっか」
「そうよ!」
再びアリアは俺に耳打ちした。
「こんな馬鹿が勇者で大丈夫なの?」
「さぁ……」
大丈夫だと信じたい。
しかし、彼女が俺のことを未だそんな風にして覚えているとは。エマにはあの時、腕の紋様を目撃されている。面倒事を避ける為にも、彼女に俺がその男の子だと知られるのは避けたかった。
幸い彼女は気づいていないようなので、このまま去らせてもらおう。
そうして俺たちはかつてと同じく燃えるような赤毛を伸ばした少女と、露店で一番高い甘味を奢らせて別れた。




