第二十一話 旅路
十六歳になるまで、後僅か。
誕生日までに剣神の加護を継ぐ人間が見つからなければ、俺は勇者の旅に出なければならなくなる。
初めの五年で、この世界のことを知って。
次の五年で、生きる力をつけて。
最後の五年で、必死に探した。
それでも、引き継げる人間は見つからなかった。
アリアと居る時はそんな感情は出さないようにしたが、十六歳が近づくにつれて、俺は焦りでどうにかなりそうになった。魔物を統べる存在――魔王を討伐する旅に出掛けるなんて、死にに行くようなもんだ。
だけども、加護のことを知るために過去の記録を読み漁った俺は、力だけを持っている人間にも、意志だけを持っている人間にもおいそれと剣神の加護を渡す訳にいかないことも知っていた。不適格な人間に渡してしまうと、最悪の場合、人類側に信じられないほどの損害が出る。
それをどうでもいい、と切り捨てることが出来るほど俺は自分勝手にはなれなかった。またそんな決断力も無かった。
そうして、誰も見つからないまま――旅は終わりを迎える。
ここからは剣神の加護を持つ俺とアリアの、十六歳を目の前にした、最後の旅の話。
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「頼もう!」
各地を旅していると、時折声を掛けてくる者が現れる。
街道を歩くアリアの、最近急速に大人びてきて滅多に崩すことの無くなったそのすまし顔に、またか、と呆れの色が浮かんだ。
僅かに首を傾げると、さらさらと絹のようにきめ細やかな蒼髪が真っ白な首から零れ落ちる。
「我が名は豪炎流三代目師範代、『灰腕』のアーロン! 『疾風剣』に決闘を申し込む!」
「はぁ……お引き受けします」
アリアがため息をこぼしつつ、腰の剣に手を掛けた。
こういう手合いは、相手をしない方が結果として面倒になることが多い。
そうして、暫く。
「参った……流石の腕前……」
大地に膝を突いた男は悔し気に顔を歪めた。
「若い女と聞いて舐めていたが、己の無知を恥じるばかりである!」
「そう」
剣を鞘に納めたアリアは聞き飽きているのか、目も合わせずに答えた。
「師は誰ぞ。さぞ高名な御仁だろう」
「高名……」
ちらりと俺の方を見た後、
「二つ名がある」
「おお! 何という!?」
「薪割りの翁」
アリアの答えにぽかんとした男は、やがてがはは豪快に笑う。
「世界は広いな!」
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「あれ、悪口じゃん」
家の手伝いとして薪割りばかりをしていた俺に、村でいつの間にかついていた渾名。
「薪割り以外能が無いって意味だろ。アーロンさんが笑ってくれたから良かったけど」
アリアは彼が去り際に置いていった、彼が趣味で作ったという果物を煮詰めたジャムらしきものが詰まった瓶を、目の高さに掲げた。
「そう? 私は、割と気に入っているのだけど」
「何でお前が気に入るんだよ」
「うまくつけられたなって。絶妙なダサさじゃない? 薪割りの翁」
「お前がつけたのかよ!!」
ドラゴンと対峙してから約一年。俺達は再び旅に出ていた。
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旅の途中に声を掛けられるのは、必ずしも果し合いが目的とは限らない。
時には助けを求めて会いに来る者もいる。
「『疾風剣のアリア』さん、ですよね。……どうかっ、力を貸して下さいっ!!」
この辺りの村に住むという彼の話では、村で疫病が蔓延しているらしい。
病の治療の為の薬を調合するには、湖に薬の材料を取りに行く必要があるが、その湖には魔物が出る為、採りに行くことが出来ないらしい。
「どうか、どうかお願いします!」
ふむ。
助けを求めに来た事情は理解したが、しかし村で対処できない魔物に関する危機ならば、冒険者ギルドなどに依頼するか、国に要請することも出来るはずだが……金銭的に厳しいのか、他に何か理由があるのか。
「分かりました」
「! ほっ、本当ですかっ!」
「ええ。病人がいるのでしょう? 急ぎましょう」
俺が考えている間に、アリアは既に頷いていた。
依頼内容は魔物退治や護衛が殆どだったが、多くの場合アリアはその頼みを承諾する。
今回は湖に薬の材料となる薬草の回収の護衛をしたのち、病に倒れていた村人の世話をした。アリアは病人の並べられた呻き声と異臭の溢れる部屋で、躊躇なく病人に薬を飲ませ、身体を拭いてやっていた。
「ありがとうございます! 何とお礼を申し上げればよいか……報酬の方も、必ずや」
「別に要らないわ」
「いえ、そんな訳には……! この御恩、決して忘れません」
素っ気無く断ったアリアを、依頼人は感激した様子で彼女を見ている。今にも拝みだしそうなくらいだ。
「噂にたがわぬ武勇と慈悲深さ……アリア様にお願いした甲斐ありました……」
アリアは依頼主に金銭を求めず、また相手が貧しい者でも富める者でも関係なく依頼を引き受けた。むしろ、貧しい者の依頼こそ引き受けた。
「南の方では、あの悪名高い盗賊団『黒龍の牙』の首領と斬り結び、腕を切り落としたとか……! 他にも、千の魔物を相手に引かなかったとか、あ、竜殺しの噂もありますよね!」
「……」
曖昧な笑みを浮かべるアリアに、謙遜と勘違いしたのか、依頼人は増々その尊敬の念を強くしたように見えた。
繰り返し礼を述べて依頼人が去っていった後に、アリアはため息を吐いた。
「最近はどんどん話が大きくなっているわね。そろそろ私は空を飛ぶんじゃないかしら」
「良いじゃん。空飛ぶスーパーヒーロー」
「……自分が為していない――為すことの出来なかったことまで称えられるのは、ある種の侮辱よ。盗賊団の首領を隻腕にしたのも、千の魔物を一掃したのも、竜を追い払ったのも、全て貴方でしょう」
「でもアリアがやったことにした方が、評判良いしさ。ジャムも貰えるし」
「……そういうことじゃなくて」
「まぁまぁ、行こうぜ」
納得していない様子のアリアを横目に、頭の後ろで腕を組んで歩き出す。やや遅れて、アリアがため息を吐いて後ろをついてくる気配がした。
開けた街道、視界に映るのはどこまでも続く青い空。
見眼麗しい少女による英雄譚は、既にどこの町に行っても聴き慣れたものになっていた。
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魔物を狩って手に入れた魔石を換金するため、俺達は各地の冒険者ギルドを利用している。
旅の途中で立ち寄った町の、顔馴染みのギルドに顔を出す。酒場に併設された冒険者ギルドは、この町に限らずどこも騒々しい。
「ねぇこのキングゴブリンの依頼。前に狩った奴じゃない?」
「ああそっか。じゃ、受付の人に伝えとくよ」
依頼を受けていない状態で魔物を討伐する冒険者はほとんどいない。依頼の報酬が入らないからだろう。
「掲示板の依頼、あらかじめいくつか受けておけば稼げるんじゃない」
「いやでも、目についた奴を適当に狩ってるだけだしな。今別に金に困ってないし、気にし始めたらキリ無さそうだし」
他の冒険者の仕事を奪うのも気が引けるしな、というのは周りの視線を気にし飲み込んだ。
アリアはふぅんと掲示板を見渡し、ある一点で目を止めた。
「そう? でもこれなんて良いんじゃない。「素敵なお婿さん探し」の依頼」
「何が良いのかな?? 依頼主、この辺りでも有名なガチムチ冒険者兄貴(二十八歳、趣味は大胸筋トレーニング☆)じゃん。俺はノーマルだよ知ってんだろ」
「え、でも、この間、私の下着をヴァンの洗い物に紛れさせておいたけど、何事もなく戻ってきたよ。これって、つまり……!」
「つまり……! じゃねぇよあれ故意だったのかよ! クソ動揺して洗濯に五時間掛かったわ! 精神統一して心を無にする必要がある洗濯って何だよ!」
「まさに、心の洗濯ね」
「やかましいわ!」
俺が断固拒否の姿勢を取ると、チッと舌打ちするアリア。なんやねんこいつ……。
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「今回も大量ですね」
「もう少しこまめに来た方が良いですか?」
「いえ、魔石は幾らあっても困りませんから」
ギルドの受付で、懐から取り出した袋から旅の間に集めた魔石をジャラジャラとカウンターに提出する。
「いつも助かっていますよ」
手を動かして魔石の選別をしながら、ふふっと微笑む受付嬢。
彼女とは、五年前に初めてギルドに来た時に対応してもらってからの付き合いだ。
……このさぁなんていうのかさぁ、大人の女性のあるべき姿って言うかさぁ、余裕って言うかさぁ。そういうの、うちのアリアにも見習ってほしいですよねぇ。
冒険者たちの間で彼女にしたい受付嬢ナンバーワンの呼び声を持つらしい彼女は、魔石の山から一つ取ってしげしげと眺めた。
「……この魔石、どう見ても大型魔獣の物ですよね」
「多分、南の方で狩ったジャイアントスネークの奴っすね。あ、掲示板に討伐依頼のあったキングゴブリンの魔石も、多分その中に入ってると思います」
「分かりました。確認しておきます」
受付嬢は奥から出て来た別の職員に幾つかの指示を付けて、魔石を渡す。
鑑定結果を待つ間、彼女は俺を見て少し相好を崩した。
「そろそろ冒険者登録してくださいよ、A級の依頼とか受けられる人少ないんですから」
「あはは勘弁してください、出来ないっすよ。俺フラフラしてるんで」
「そうですか、残念です」
高ランクの冒険者は待遇が良くなるが、ギルドからの依頼のノルマや招集に応える義務が発生する。少なくとも剣神の加護についての問題が片付くまでは、そんな立場になることは考えられなかった。
「じゃあ、今度ご飯連れてってください」
「いやあのほんとうに勘弁してくださいよ……周囲の殺気が半端じゃないんですけど」
「またあいつだ」「怪しいな。俺達のモモたんと仲良くしやがって」
受付嬢と顔を寄せて小声で話していると、背後の依頼の掲示板や併設された酒場の冒険者たちの視線をひしひしと感じる。
「私はただの受付嬢なので殺気とか言われても知りません。それに絡まれても、あなたなら関係ないでしょ?」
受付嬢は、きゅっと手を握って、上目遣いでこちらを見た。
……最近は何かをするたびに功績になりそうなものは全てアリアに譲っているから、冒険者ギルドでもアリアの名前はよく知られている一方、俺のことはアリアの金魚のフン程度に思っている冒険者が多い。ただこの受付嬢に関しては、昔馴染みであるため俺のこともある程度把握していた。
「殺す」「処刑確定~」「ロープ持って来たぞ」
後ろから聞こえてくる人達の会話に震えが止まらない。
そのロープは何に使うつもりですか……?
にこにことした受付嬢を宥めつつ、なんとか魔石の換金を済ませる。
「随分、仲良さそうね」
アリアは手続きを終えて戻って来た俺と、受付嬢を見た。受付嬢は俺に向けてウィンクを飛ばした。周囲の殺意が高まった。やめて。
アリアはふぅん、と一声。あ、これ怒ってる時のやつだ。
「ご、ごめん」
「は? なんで謝るの? 謝る必要ないわよね。貴方が誰と仲良くしようと貴方の勝手な訳だし。勝手に私が怒ってるみたいにするの、やめてくれる? まるで、束縛が強い彼女みたいじゃない」
「お、おう」
「……けれどよく考えてみれば、弟が浮かれて旅に支障が出てしまわない程度に引き締めてあげるのも、姉の役割よね」
「……お、おう?」
一年前に共同生活を始めた時から、一歳年上の彼女は自分が姉であると主張していた。最近は彼女の方がしっかりしていると感じることも多いし、それ自体に異論はないが……どうも雲行きが怪しい。俺はちらりと視線で出口を確認した。
「ちょっとそのロープ貸して」
近くにいた冒険者の一人から奪ったロープが、ひゅんひゅんひゅんひゅんと彼女の頭上で回転を始める。
彼女の技術と風神の加護が合わさったことで、回転の中心には極小の台風が発生し、只のロープは命を刈り取る死神の鎌に変わる。
俺は猛然とギルドの扉へと駆け出した。
「逃げないで。捕まえるの面倒だから」
「物理的に束縛の強い彼女ッ」




