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第二十話 パーティ



 俺が完治したと、ネーレに太鼓判を貰った日の夜。宣言通り、教会でパーティが行われた。

 何を以てパーティとしたか。

 まずは食事だろう。

 木製の四人掛けのテーブルには、所狭しと料理が並んでいた。

 どれも手が込んでいながら、暖かみを感じる料理だった。ネーレが腕によりをかけて作ってくれたようだ。

 

 そしてもう一つ。

 天井には夜空が輝いていた。比喩ではなく、本物にしか見えないミニチュアの空。時折、流れ星が光って、誰かの口から思わずため息が零れる。


「綺麗……」


 呟いたアリアに、ネーレは微笑む。


「良い魔法でしょ。大した力もない私だけど、これだけは気に入ってるんだ」


「……とても、とっても素敵な魔法だと思います」


 皆で頭上の絶景を目で楽しみながら、舌でも絶品の料理を味わう。


「ヴァン君はこの中だと、どの料理が好き?」


 自分の皿に幾つも取り分けていると、対面に座ったネーレが首を傾げて問うてくる。


「どれも美味いっすけど……これ、ですかね。味付けがめっちゃ好みです。毎日俺に作ってくれませんか。あ、ちなみにこれプロポーズです」


 俺が熱烈な視線をネーレに向けるも、彼女はどうしてか笑って隣に座るアリアの肩を叩いた。


「だってさ、アリアちゃん」


「…………」


「ワッツ?」


 無言で俯いたアリアの蒼い髪が彼女の表情を隠す。

 俺は肩を傾げて説明を求めた。


「それ、作ったのアリアちゃんだよ」


「オウ……」


 いたたまれない空気が場を支配した。少なくとも俺はそう感じた。

 アリアも同じだったのか、顔を俯けたまま視線を彷徨わせた後、俺の手元を見て呟いた。


「ちょっと、そればっか食べ過ぎ。もう無くなるじゃん」


「あ、わりわり。つい」


 何となく口に運んでいたその一品を、俺は皿に落とした。

 それをじっと見つめ、やがて箸で二つに料理を分けた後、俺が口を付けてない方を取った。


 こういうところは、いかにも思春期の女の子って感じだ。

 旅の間もずっと同じ皿を突いているんだから、とっくに唾液の交換なんて済ませてるだろという突っ込みは胸の奥に閉まっておく。

 料理に舌鼓を打ちながら、俺の隣に座った村長が箸を振りかざした。


「それでのぅ、最近、村の奴らがアリアを嫁に欲しいから、仲介してくれってうるさくての」


「えー、やっぱそうなってんだ」


 ネーレは顔をしかめた。


「一部の連中は不穏な感じを出しておったしの」


「…………」


 アリアの無言の視線に気づき、村長はああ、と頷いた。


「無論、全部断った。それでも食い下がる奴らには少し脅しを掛けておいたから、心配は要らない。……どのみち儂程度に怯えているようでは、アリアを力でどうこうしようなどちゃんちゃらおかしい」


「そうだそうだー! うちのアリアちゃんは、さいかわでさいきょうなんだぞー!」


 ネーレが隣のアリアの背中をゆさゆさと揺さぶる。

 にしても仲介役か。家族以外で、村でアリアと親交があるのはここにいる人だけだろうし。

 村長は人望も厚いし、そういうのを頼まれることもあるのか。

 しかし人望と言えば、ネーレも同じくらい村の人から信頼されているように見えるけど。


「私に言って来たら、ぶっ飛ばしてただろうけどね! うちのアリアちゃんに手出そうなんて、良い度胸してる」


 うん、これは相談しないな。

 

「このじじいが頼りなくても、私が守ってあげるからね!」


「誰が爺じゃ」


「ええ。……アルベドさんも、ありがとう」


 アリアが珍しく村長の名前を呼んで、礼を言う。村長はうむ、と厳かに頷いた。

 

「おじいちゃん、と呼んでくれても一向に構わぬ」


「……キモ。私が構うわよ」


 アリアは寒気がしたのか二の腕を擦った。


「この人、自分に子供がいないからってすぐ人のことを子ども扱いするから。気をつけてね、アリアちゃん」


「お主のことはもう子供扱いしとらん。だいたいそんな歳でもあるまい」


「おー、言ったね? 年のこと言ったね? っしゃ、酒もってこーい!」


 あらかじめテーブルに用意されていたお酒を、アリアがグラスにとくとくと注いだ。


「二人はお酒飲める方?」


「まぁ、多少は」

「あんまり」


 最初が俺で、次がアリアだ。

 彼女は以前旅先で強めの酒を試しに呑んでべろべろに酔ってしまっていた。


「じゃあ、ヴァン君勝負しよう」


「いや、お酒でそういうのは……」


 必死に戦いから逃げ回っておいて、急性アルコール中毒で死亡とかガチで笑えない。


「あ、逃げるんだ? ドラゴンからは逃げなくても、私からは敵わないから逃げちゃうかー。そっかー」


「は? そんなんじゃないですけど?」


 いやまぁこの世界、回復魔法とかもあるし大丈夫か。


「てか、そんなちっちゃなグラスで大丈夫っすか?」


「お、私を煽るなんて良い度胸してるねぇ」 


 俺はボトルを直接手を取った。



---



「ぎゃははははははは!! 足りねぇ足りねぇ! 酒持って来ーい!」


「むにゃむにゃ……」


「ぎゃははははは……ふぅ、アリア、任せていいか」


「良いわよ。というか、それ以外にこの状況でどうしろって言うのよ」


 何杯目かの酒の後、ネーレはすやすやと寝息を立てていた。アリアの膝の上で。

 ほんの少し前まで騒いでいたとは思えない変わり身の早さだ。


「変わり身の早さで言えば、貴方もだけど」


 酒に酔ったからテンションが上がるというよりは、雰囲気に当てられていることの方が多い気がする。だからネーレが寝て辺りが静かになってしまえば、調子ももとに戻るのは道理だった。


「ちょっと、村長がどこ行ったか見て来るわ」


「はーい。さっきお酒を持って出て行った気がするけど」


 いつの間にかテーブルから姿がなくなっていた村長を探し、やがて見つけた。

 外はとうに夜の闇に飲まれていた。教会の屋根に登ると、そこには大男が徳利を脇に置き、盃を片手に空を見ていた。

 空には月が出ていた。欠けた月。


「……ヴァンか。こっちに来い」


「うっす」


 近寄ると、彼は少し移動して脇にスペースを作った。


「まぁ呑め」


 黄金色の液体の並々と注がれた盃を受けとり、彼の隣に腰掛けた。

 酒は強烈なアルコールの味がしたが、この身体は酒精にも強いらしく未だ余り酔いは感じなかった。


「……二人は?」


「アリアは寝てるネーレの下敷きになってます」


「ああ。……あの子も、随分柔らかい笑顔を見せるようになったものじゃ」


「? アリアのことですか」


「いや、ネーレのことだ。彼女も、昔は暗い顔ばかりしていたからの」


 当たり前の話だが、村長は俺が生まれる前からネーレのことを知っているのだと気付く。


「しかし、此度の宴会はドラゴンを倒したことを祝う目的だったにも関わらず、寝てしまったか。ああ、でも彼女の心情としては再会は祝えても、ドラゴンと戦ったことは祝えないのかもしれないの。家族を失う経験は、二度と御免だろうからの」


 屋根の上から見える夜の村を、じっと見つめる瞳からは深い慈愛の色が見えた。


「儂からは、改めて礼を言おう。村を救ってくれて、ありがとう。感謝しても、し切れぬよ」


 その上で、と村長は付け加える。


「儂は、村の者には本当のことを知らせるべきだと思う」


 ドラゴンは、()()()()()()これまでの習性と異なる行動を取り、この地より飛び去った。

 そういうことになっているらしい。まぁ、余計な波風が立たない最も無難な話だ。


「それについては、この前も話したじゃないですか」


「しかしな。お前は村を救った。そのことは正しく伝わるべきだ」


 村長の気持ち自体は嬉しい。

 でも、俺の家は村では相当に大きな部類だ。彼らは恐らく結果として俺がドラゴンを追い払った等と言っても、信じないだろう。というか、それを認めないのはありありと想像できた。そんな家を村長に敵に回させてまで、真実を伝える意味がどれだけあるだろうか。


「村の恩人を、称えることも出来ないなんてのは、異常だ。もしそれで村に亀裂が入ったとしても、な。……いいか、そんな村はな、滅んでしまった方が良い」


 語気をやや荒げた村長の盃に、俺は酒を注いだ。


「貴方がそんなことを言ってはいけないでしょう。俺が知っていて欲しい人には、もう伝わっているので。それで十分です」


「……お前はこれから、どうするつもりなんだ?」


「まだ、決めていません」


  酒精で僅かに赤らんだ顔で、村長は月を見た。そしてぽつりと呟いた。


「……いつの間にか、歳ばかり取ってしまった。若者に帰りたいと思える場所さえ与えてやれないままなのに」


「そんなことはない、です」


 小屋の手配だけじゃない。何より今、こうして隣で酒を飲んでいること。最も身近な頼れる大人である両親を失った俺にとって、それがどれだけ有難いことか。

 

「お主はいつか、英雄になる男じゃよ。きっと」


 そんな余りに過分な評価を下した村長と何も言えなかった俺を、月だけが照らしていた。

 

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