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第十九話 治療


 いつの間にか雨は上がり、雲の切れ間から光が差していた。


「貴方は自分のことを悪く言うけど、それは違う」


「違わねぇよ。俺は、自分さえよければ、どうでも良いと思ってるような男だ」


「じゃあなんで竜を倒そうとしたの。自暴自棄になっただけ? それだけならわざわざこんな森の奥まで来る必要なんてない」


 先回りして彼女は言う。


「……ねぇ、あなたはとっても優しい人だよ。あの時、私を助けてくれたみたいに」


 白い手が、俺の頬に触れる。いつの間にか頬を伝っていた涙を優しく拭う。

 十年前の話をしているのだろう。

 けれどそれはアリアの勘違いだ。

 彼女を追って森に入ったのは、まだ世界の恐ろしさについえ何も知らなかった、無知ゆえの蛮勇でしかない。


 彼女が見ている俺は本当の俺じゃないのだ。

 アリアを助けた輝かしい英雄は、どこにもいない。

   

 ゆっくりと、伸ばされた手を掴み、下ろす。

 アリアが表情を固くしたが、俺は首を横にゆっくりと振る。


「……ありがとう」


 これ以上は、彼女を騙しているようで気が引けた。

 それでも、嬉しかった。アリアが俺の中にある筈の無いものを見出していたとしても、今、アリアが俺を案じてくれたことが、ただ嬉しかった。

 ぐらりと視界が揺れる。遂に立っていられなくなり、膝をつく。

 既にぼんやりとした頭で、前も森で倒れたことを思い出す。今の彼女なら、森の魔物は脅威にならないだろうと少し安心した。




---



 辺境の村の村長であるアルベドは、教会の一室に用意された机の前の椅子に、一人座っていた。

 固く握られた両の手、険しい顔でそわそわと室内を見渡し、貧乏ゆすりがガタガタと音を立ててる。

 そうしているとやがて、奥の部屋から女が出て来きた。


「どうだ」


「取り敢えず、一命は取り留めました。今は、眠っています」


「! ……そう、か」


 浮き上がった腰を落ち着け、座り直したアルベドの対面に、女はふぅとため息を吐きながら座る。 

 真っ白な修道服には幾らかの鮮血が飛び散り、普段は流している金髪を後ろで縛ったネーレは、血で染まった手袋を机の上に脱ぎ捨てた。


「正直、生きているのが不思議な状態でした……人間の身体って、あんなに壊れてても動けるものなの?」


 ブルっと大きく身震いする。

 アルベドは何か暖かいものでも用意しようと立ち上がった。

 湯が沸くのを待つ間、思い浮かぶのは先程の出来事。


 酷い嵐の夜だった。

 ネーレに村の備蓄について相談しようと教会に立ち寄っていたアルベドは、ドンドン、と乱暴に表の扉が叩かれる音を聞いた。

 ネーレとアルベドがやや警戒しながら扉を開けると、ずぶ濡れの少女が意識を失った少年を肩に担ぎ立っていた。

 ヴァンは、傷だらけだった。特に左腕の裂傷が酷い。アルベドは彼がこれほどの傷を負うことが信じられず、目を疑った。


 血相を変えたネーレがアルベドを押しのけ、彼の治療に奥の部屋へ籠ってから暫く。

 どうやら、無事に治療は完了したようだ。


 アルベドは湧き上がった湯で温めたミルクの入ったカップを、ネーレに差し出した。

 彼女が口を付けるのを見守り、それから反対の手に持ったもう一つのカップを見る。


「アリアは、まだ向こうにいるのか」


「ええ。ひとまずは安静にすれば大丈夫でしょうけど。傍を離れたくないみたいです」


 嵐が急に収まったこと。ヴァンが傷だらけで運び込まれたこと。導き出された答えは一つだった。


「……なぁ。信じられんことだが。まさか、あいつは"竜殺し"を為したのか」


 そもそも竜が人の前に姿を現すことは滅多になく、その存在自体が眉唾ものだと主張する人族さえいる。まして竜殺しなど御伽噺の中のような話。真実なら、他のどんな偉業など霞んでしまう。それだけの行い。


 彼の問いかけの答えは、奥の扉よりもたらされる。


「――――殺してはいない。でも、暫くは村の近くに現れることは無いでしょうね。あれだけの傷を負っていたら」


 奥の部屋から出て来たアリアは、両手で桶を持っていた。


「水、替えようと思って。あ、大丈夫。ネーレさんは休んでて。私がやるから」


「ヴァン君は?」


「ん。眠ってる。まだ大分熱があるけど、頭に冷えた布を掛けてあげると少し表情が和らぐの」


 立ち上がりかけたネーレを制し、アリアは水を汲むと、再び奥の部屋へと戻って行った。

 

「……また、ヴァン一人に村は守られたのか」


「…………」


 ネーレは痛まし気に目を伏せた。

 ヴァン。

 村長として彼が生まれた時から彼のことは知っていたが、まさかこれほどの力を持つことになるとは想像もしていなかった。

 彼とアリアの二人が教会の裏でコソコソと何かをやっているのは知っていて、狩人を名乗るようになってからも、その成長を見守って来たつもりだ。

 アルベドは、村の人間のことを全員身内のように思っている。だからこそ、ヴァンだけが命を削るような危険な目に遭って村を護っている現状に、憤りを感じていた。

 彼にそんな義務はないのに。せめて、何か望むものがあれば叶えてやりたいと思う。



---


 

 森でドラゴンと遭遇してから、数日後。

 治療から回復した俺は……未だ、教会の治療室に居た。


「あの、もう全快したんですけど」


「そんな訳ないじゃん! あんな酷い怪我してたんだから! 少なくともあと二日は絶対安静!」


 備え付けられたベッドの上で文句を言うと、有無を言わせぬ調子で返され、ふんと腕を組んだネーレの金髪が揺れた。

 依然として包帯の巻かれた左腕を意識する。……きちんと動かせる。

 神気草やネーレの回復魔法の効果は勿論、回復速度には多分、魔物の肉を喰い続けたことも影響しているだろう。言えば余計に心配されるだろうから、言わないけど。


「ぎゃはは! どうじゃアリア! お主の駒はもう殆ど残っていないじゃろうて!」


「うーん、こまったなー」


 俺のベッドの脇で、小さめの机でアリアと村長が向かい合っていた。

 高笑いしている村長と、凄まじい棒読みのアリアの前の机の上に置いてあるのは、オセロだ。

 ルールも単純だし、比較的作りやすかったから暇つぶしに作って見たのだが、これが中々評判が良い。


「えいっ」


 可愛らしい声でパチンと一手を繰り出すアリアに、アルベドは既に勝ちを確信しているのか、呵々大笑と言った調子で笑った。


「ガハハ! 無駄無駄無駄無駄!」


「えいっ」


「ハハハハハ!! ……ん?」


「えいっ」


「……あれ? ちょ、ま」


「えいっ」


「…………」


「あなたの番よ」


「…………」


「あら、よく見たらもう黒が無くなっちゃったのね……可哀想に。あんなに笑ってたのに。罪深いゲームね」


 馬鹿なァァ、と目の前で嘆いている村長を軽やかに無視したアリアはそう言えば、と口を開く。


「小屋の掃除はしておいたから、いつでも住めるわ」


「マジか、悪いな。ありがとう。怪我が治ったら自分でするつもりだったんだが」


 アリアが言うのは、俺の住処の話。

 生家を追い出された俺に、村長が以前狩人が使っていた小屋を貸してくれるらしい。

 小屋と言ってもそれなりの大きさがあり、数人が生活できるような造りになっているそうだ。


「けど、良いんですか? 本当に、俺なんかが使って……」


 幾ら使われていない小屋とは言え、そもそも村の面積には限りがあるし、今や村のつまはじき者になった俺が使っていいものかと思うのだ。


「良い。反対する者など居らん。居ったら、儂が許さん」


 しかし、村長はもう決まったことだと平然としていた。


「私も手伝おうか? 浄化の魔法とかも使えるし」


「ああ、でも掃除も済んだので大丈夫ですよ、ありがとうございます」


「そう? たしかに結構作業してたもんね。もしかして昨日はずっと居た?」


「ええ」


 ネーレに聞かれて、頷くアリア。


「まぁ、私も住みますから。結構隅のホコリとか気になるタイプなんで」


 え。

 俺が動揺しているのが分かったのか、アリアはこちらに目を向けた。


「ひとりじゃ、寂しいし、大変でしょ。まだ病み上がりだろうし」


「いやいやいやいやいやいやいやいや」


 不味いだろ、流石に。

 いくら幼馴染とはいえ、未婚の若い男女がひとつ屋根の下で暮らすなんて。


「どうせ生活能力なんて皆無なんだから、見え見えの見栄なら、張らない方がマシだと思うわよ」


 なんてことないように言うアリア。

 なんてことないわけないはずだと、他のふたりに目を向けたが、


「確かにねー。一人だとまた無茶しそうだし、その方が安全かもね」


「アリアは、親に話をしておくんじゃよ」


 んんん?

 この世界の常識と照らし合わせても異常行動な筈のアリアの提案が、ごく普通にまかり通っている?


「あれ、重大なことじゃないのこれ? 取り敢えず、アリアはもう少しよく考えような」


 アリアはもうとっくに俺より頭がいい筈なのだ。旅してばっかでその辺の常識が欠如していたって言うなら、俺の責任でもあるかもしれないけど……。

 そんなことを考えていたら、ベッドの上に投げ出された俺の右手がアリアに捕まった。


「やだ。絶対一緒に住むから」


 その黄金の瞳は真っ赤に潤んでいて、今にも泣きそうな、悲し気な顔をしていた。

 いつもこうだ。

 彼女は俺に、それは違うと言う。

 良いのだろうか。頼ってしまって、甘えてしまって。

 彼女が望み描く未来を、歪めてしまうかもしれないのに。


「家族でしょ。心配なんだよ」


 森で倒れる前の記憶は朦朧としていたが、あそこで起こったことは現実だったのだと、右手の温もりが伝えてくる。


「……あり、がとう」

 

 アリアと視線が絡む。

 言葉の無くなった室内には、静寂と陽の光だけが落ちていた。彼女の金色の瞳から逃れる理由が無くなって、彼女の頬同様自分も紅潮しているのが分かり――。


「うぉっっっほん」

「えへんえへん」


「「ッッ!!」」


 二つの咳払いが、俺たちを現実に引き戻した。

 互いに高速で目を背けた。


「イチャイチャは二人だけの時にしてもろて。ヴァン君が治ったら、お祝いをしよう!」


「ドラゴンがいなくなったことに対してですか? でも、それならこの前やってましたよね」


 村全体で祭りのようなことが行われていたのは、この部屋まで音が届いていたので知っていた。


「ここにいる人だけでさ! 御祝い!  パーティと言ってもいい!」

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