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第十六話 五年の月日と、ドラゴン

 狩人となった俺達は村を出て、旅をするようになった。

 それは、表向きは見聞を広める為であり、実際は剣神の加護の継承者を探す旅だった。



---



 様々な場所に行き、色々な人に出会った。


 この国で最も栄えている、華々しく煌びやかな王都の外れに、寂れた剣術道場が在った。そこには剣聖に憧れ弱きを助ける、高潔な意志を持った剣士が居た。ただ、彼女には剣の才能が無かった。


 燃えるように暑い灼熱の砂漠で、大規模な盗賊団に遭遇した。その首領、自らを王と自称する剣士は凄まじい才能を持っていたが、彼はその才能に溺れていた。自らの愉悦の為に罪のない人を殺し、財を奪っていた。


 時間までもが凍り付いたような凍土。大陸の極北に位置する地の果てで、ハーフエルフの剣士と出会った。彼は先代の剣聖であり、二百年前に魔王と対峙したという彼の剣は未だ衰えていないように見えた。ただ、その男はもう自分の出番は終わったのだと、俺の目を見て告げた。



 ――――剣神の加護の継承者は、見つからなかった。



---



 ざしゅ、と魔物の喉元を剣が貫いた。


「よっと」


 熊に似た魔物を殺し、毛皮の奥、心臓部から魔石を回収する。

 狩人となって五年。この一連の作業もすっかり慣れたものだ。

 魔石を袋に入れ立ち上がると背後から、すたと軽やかな音がする。


「こっちも終わったわよ」


 アリアも俺同様、今日の分だけ膨れた魔石を入れた袋を担いでいた。

 子供の頃から落ち着いていた彼女は、最近は背もかなり伸びて、男の俺とそこまで変わらない。

 伸びた蒼い髪を後ろでまとめ、金色の瞳は理性的な光を宿している。


 また一つの旅を終えた、村への帰路。

 俺は足場の悪い山道を、吹き抜ける風のように駆けていく彼女を追いながら、思わず呟く。


「なぁ、本当に良かったのか、これで」


「何が?」


「お前まで、俺の旅に付き合わせちゃってさ」


「何言ってんの」


 アリアは速度を落とさないまま、呆れたように、その切れ長の瞳を向けた。以前は彼女のことを保護者のような感覚で見ていたものだけど、最近はなんだか立場が逆転したようにも感じる。解せない。


「今更過ぎ。私がしたいから、一緒にいたに決まってるでしょ」


「あ、そう……」


 当たり前のことのように、率直にそう言われて、俺は思わず彼女から目を逸らした。

 面白いものを見つけたような顔をしたアリアに下から覗かれる。


「何、照れてるの? かわい」


「は、はぁ? そんなことねぇけど?」



---



「ドラゴン?」


 前世の創作物の中では親しんだ、しかしこの世界では初めて聞く生き物の名前を耳にして俺は思わず聞き返した。


「そう。ドラゴンだ」


 村長は重々しく頷き、茶をずずと啜った。


 ここは村長の家。

 村に戻った俺とアリアはすぐに呼び出されたのだ。

 彼はこの五年で、少し老けたような気がする。


 その彼によると、村の近くの森でドラゴンが目撃されたらしい。

 曰く、全ての生物の頂点に君臨する捕食者。


「普段ならば森の最奥にある火山から、出て来ることはないのだが。どういう訳か、近頃その痕跡の報告が相次いでいる」


 最近は村を空けることが多く、気がつかなかった。


「いいか、竜は、ただの魔物とは訳が違う。決して、戦おうなどと考えるな。……あれは天災だ。人がどうこう出来る存在ではない」


「ドラゴンの強さは、その個体の生きた年数で決まると言われている。かつて隣国では二百年生きたドラゴンを狩るのに国を挙げた戦力を必要とした。この地のドラゴンは、教会に保管された一番古い記録に存在が確認されている。その記録は、およそ四百年前。かつてこの地に在った集落を焼き払ったらしい」


 俺の驚いた顔を横目に、村長は淡々と続けた。


「王都の方からも調査の人員が派遣されている。報告によると、南下を続けていたドラゴンは、現在村から歩いて二日ほどの距離で動きを止めた。記録に残された習性から言って、ここから少なくとも三年ほどはこの状況が続く。交易は今まで通りにはいかないだろうと、既に村の者たちには伝えてある」


「また、ドラゴンに追い立てられた魔物が村に迫ってくるかもしれない。暫くは警戒を強めてくれ。話は以上だ」



---



 昼下がり。

 太陽の日差しは暖かいが、周囲に吹く秋の風は少しずつ寂しさを運んできていた。

 アリアとは村長の家を出たところで別れた。

 彼女はこれから数日、久しぶりに家族と過ごすと言っていた。

 俺はどうしようか、と思い軒下でぼんやりしていると、目の前に修道服の女性が現れる。


「よう、少年! 久しぶりじゃん。元気だった?」


 胸の辺りまで伸ばした金髪を揺らしながら、ネーレは俺にひらひらと手を振った。



---



「お茶飲む?」


「いただきます」


 教会の中にあるネーレの私室。

 慣れた手つきでお湯を沸かす彼女に礼を言う。

 少しして、両手に一つずつ器を持ったネーレが現れた。


「ほい」


 湯気が立ち昇る片方を受け取る。ネーレは対面の椅子に座りふぅふぅと息を吹きかけ、一口飲んだ。その薄桃色の唇に思わず目が行きかけて、危うく堪えた。


「それで最近、どうなの」


「どう、とは」


「色々なとこ行って来たんでしょ。話聞かせてよ」


 俺は、旅の話をした。

 南でどこまでも続く、果ての見えない砂漠で遭難しかけたこと。

 凍えるような氷山の上で、銀天の空を見上げたこと。

 人で栄えた王都で、騎士団を相手取った大立ち回りをしたこと。

 紅茶のお代わりを何度か貰った後、俺は彼女に一枚の羊皮紙を渡す。


「『教会本流の名家、失踪か』……これって、」 


 怪訝そうにしていたネーレは、ハッとした顔でこちらを見た。

 彼女はかつて、王都から逃げて来たと言っていた。

 今修道女として教会にいることからして、恐らく彼女の家自体も教会関係だと目星をつけ、旅の道中に情報を集めていた。


「その先を読んで下さい」


「……『新王家誕生』」


 十年前。当時この国の王家の遠縁だった、ある一族が革命を起こしたらしい。


「極少数で監視を突破し、凶悪な魔物の蔓延る魔境、『ガラディア連山南部』を駆け抜け、王都に凱旋……」


 ガラティア連山の南に、村は一つしかない。……十年前、もし俺があの日あの時に、森に行かなければ、歴史が大きく変わっていたのかもしれない。

 あの時はただの貴族だった彼らは、元気にしているのだろうか。


「重要なのは、あなたが王都を離れた時とは、もう貴族たちの大部分は入れ替わってるってことです」


 新政権が確立するのに並行して、それまで権力を握っていた者たちは一掃された。

 だから、権力争いに巻き込まれた彼女達を追う者はもういないはずである。


「妹さんの行方については、分かりませんでしたが。でも、当時の王都では不審な動きを見せている勢力が複数存在したみたいです。その筋で追って行けば、いずれ何かを掴めるかもしれません」


「……ありがとね。わざわざ、こんなに調べてくれて」


 ネーレは羊皮紙に目を通し終えると、静かに長い息を吐いた。

 そのあと、柔らかく微笑むと俺に向かって両手を広げた。

 ……多分、ハグして撫でてくれるつもりなんだろう。

 かつて村が魔物の襲撃に遭った後に、抱きしめてもらったことがあったが。


「ちょ、あの、もうそんな年じゃないんで……」


「……そっか、ごめんね。迷惑だよね」


 しゅん、と落ち込んだ様子を見せる。

 ああ、もう。


「嫌じゃないんですよ、嫌じゃないんですけど。……俺も、男なんで」


「…………あ。う、うん! そっかそっか、そうだよね! ……ごめんね、何も考えないで」


 俺の言わんとすることを理解して、ぼん、とシスターは顔を爆発したように赤くした。俺は俺で、彼女の首元から見える肌色、修道服を押し上げる胸の引力から必死に目を背ける。


 別に、親愛の意味のハグは前世も欧米では異性間でも普通に行われていたらしいけど、シスターはかなりぎゅっと抱き締めてくるので……俺も十五歳、流石に段々身体の大きくなってきたこの年になってもそれを許しているのは問題がある気がする。


「……ちゃんと、考えて下さい」


 だって、彼女にそんなつもりはないのだから。


 ……親愛なのか恋愛なのか分からないけれど、ずっと俺はネーレに好意のようなものを抱いていた。

 転生者だった俺は馴染もうと努力はしても、取り分け幼い頃はやはり異常な子供だっただろう。

 遠巻きにされていた俺に最初から暖かい笑顔を向けてくれたこの人のことを、好きにならないでいる方がおかしい。


 けれどこの淡い片思いのような感情はきっと、実ることなく終わる。だって、シスターはそんなつもりで俺を愛してくれたわけじゃないから。

 彼女自身がかつて言っていたように、ネーレはただ周りに馴染めていなかった俺に愛情を分けてくれていただけなのだから。


 だからこの想いを伝えて、彼女を悩ませ苦しませるつもりは毛頭ない。

 だが、俺が歪んだのは確かだ。

 それに、少しだけ残酷なことをしてくれたとも思う。

 俺の言葉に僅かに含まれた棘にシスターは気付いているのかいないのか、いやきっと気付かずに、少し反省した声音ながらいつも通りに明るく笑った。


「はーい。ヴァン君も男の子だもんね……。もうお姉ちゃーん! って抱きついて来てくれたあの頃と同じじゃないんだよね」


「いや、そんな過去はないですけど」

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