表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/37

第十五話 覚悟を試される


 村の外れから見た夏の空は高く、入道雲が山の向こうに立ち昇っているのが見えた。


「この辺でいいだろう」


 ざ、と足を止めた村長が振り返り、後について歩いていた俺達と向かい合う形になる。

 背中に担いでいた大剣を下ろす。

 年季の入った業物だ。

 彼は刃を落としてあるそれを、ごつごつとした幹のような両手で構えた。

 既に一線を退いて随分経っているはずなのに、その姿からは一切の衰えを感じなかった。


「…………」


 アリアは俺に軽く頷き、数歩後ろへ下がり。

 近くにあった葉を茂らせた木にそっと寄り掛かった。

 俺は一歩前に出、腰に携えた木刀を構える。


 そんな俺達の様子を見て村長はおや、と首を傾げた。


「二人一遍に試すつもりだったんだが。儂も暇ではないのじゃが……まぁ、いいか。どちらにせよすぐ終わる」


「お手数をお掛けして、すみません」


「…………!」


 俺は、軽く頭を下げて……背後の木の間で揺れる蒼髪から殺気が伝わって来る。


 そして俺と村長はお互いに構えたまま、向き合って静止する。

 通り抜ける夏風に、木々がさわさわと音を立てる。


 さて、どうしようかと思ってると――――村長はいきなり飛びかかってきた。


 予備動作は最小限、それでいて威力は十分の熟練を思わせる動き。

 俺が木刀を突進してくる村長との間に差し込む。村長はそれを俊敏な動きで後方に引いた。

 一度体勢を整えた村長は再び正面からの突きを放つ。俺がそれを避けると、追撃せずにその場に留まった。


 明らかにこちらを試す動きだった。

 問うているのだろう。

 戦う覚悟が、命を懸ける覚悟があるのかと。


 …………。


 村長が再び動く構えを見せた瞬間、一息に距離を詰める。

 狙うのは剣の柄に近い部分。

 打撃による振動で、村長の握る力が弱まる。

 再度強打を与え、その手から剣を弾き飛ばした。 


「…………っ!!」

 

 村長は呆然と、一瞬前まで己の握っていた大剣がクルクルと宙を舞うのを見つめていた。

 回転しながら落下した剣は、木に寄りかかったアリアのそばの地面に突き刺さる。

 落下の衝撃で発生した風が彼女の蒼い髪を揺らすが、アリアは表情を変えずこちらを見ていた。 


 戦う覚悟? そんなもの、ある訳が無い。

 

 ただ、もう戦わなくて済むように、勇者の旅に行かずに済むように全力を尽くす。

 その覚悟はあった。アリアのように、誰かを助ける勇気は無くても、俺はせめて自分だけは救えるように動く。

 幾ら俺が目を背けようと、十六歳という期限は待ってはくれないのだから。


 獲物を失い立ち尽くす村長は、空を仰いだ。


「……自警団では駄目なのか?」


「自警団はあくまで村を守ることが仕事です。俺達の希望は、魔物を狩ることですから」


「狩人のことはどこまで知っている」


「過去の記録の限りは。魔物を狩ることで得た魔石は一部を除き、こちらの生活の大部分は差し上げます。薬草の採取も行います。まだ確かなことは言えませんが、ゆくゆくは村の薬草の在庫は常に残しつつ、一部は交易に使うことも出来るかと思います」


「…………こんな力があるのなら、そこまで儂らに配慮する必要も無かろうに」


 瞑目していた村長は俺の言葉にぶつぶつと独り言をこぼした後、顔を上げた。


「ああ、分かった。その才気に敬意を表すると共に、お主を狩人として認める。実際に剣を交わすまで見抜けぬとは、儂の眼も曇ったものだ。……疑ってすまなんだ」


「……いいっすよ、別に」


 疑うのも無理の無いことだと思う。

 村の子供がこれだけ強くなることは、本来なら有り得ないだろうから。

 かくして、俺が村長に認められていると。 


「――――じゃあ次は私の番ね」


 ヒュンヒュンヒュンヒュンと。

 空気を切り裂く音がした。


「「…………」」


 やる気満々で木刀を振るアリアをちらと横目に見て、若干顔を青くしている村長に耳打ちする。


「……あの子なんか知らないけどめっちゃ怒ってるんで、やめといた方が良くないですか? 雰囲気で、二人共狩人ってことにしてもらっても……」


「……い、いや、構わん。ちゃんと、見極めるとも。それが先人としての使命だ」


 怒れる修羅にも、恐れず立ち向かおうとする村長は立派な人だと思う。……アリアに、やり過ぎるなって言っておこう。



---


 

 空がオレンジ色に染まる頃。鳥が鳴いている。

 

「…………今日から、お主らは狩人だ」


 夕陽に照らされた空き地の中央には、満身創痍で正座をする村長の姿があった。

 

「余り子供だからって、馬鹿にするものじゃないわ」


 ようやく留飲が下がったらしいアリアはふんと腕を組む。

 顔を腫らした村長は虚空を見ながらぶつぶつと呟いていた。


「もう駄目じゃ……早く隠居したい……」


「あの、」


 話しかけると村長は、ん? と上目遣いでこちらを見てくる。若干涙目なところが哀愁を誘う。


「威厳……」


「うぉっほん。何かね、坊主。……ヒッ! いえ、あの、ヴァン様、何か御用でしょうか」


「アリア」


「……ふん」


 睨んでいたアリアを窘めると、彼女はふいとそっぽを向いた。


「それであの、これ」


 俺は先ほど村長の家で見せた、ずしりと魔石の入った袋を村長に渡した。


「良かったら、使って下さい」


「……………」


 その袋を、ぽかんと放心したように眺める村長。


「あ、勿論、これからも渡しますが。それとは別に」


 自警団は基本的に魔物を倒さない。だからこれまで村に魔石を手に入れる手段はなかった。そのため元々貴重な魔石はこの村ではなおさら価値のあるものだった……はずだ。

 これまでの四年間に倒した魔物から得た魔石の大部分はこの袋に入っているから、これだけで相当な価値になる……多分。


「あなたがつくった村で、俺達はこれまで穏やかに過ごすことが出来ました」


 一応、今日まで育ててもらった村への恩返しのつもりだ。

 アリアとも既に話し合って決めた。


「……俺は、これから旅に出るつもりです。だから、先に渡しておこうと思って」


 村長と共に、隣の少女が驚いたように目を向けた。


「大したことも出来なかったが」


「そんなことないです」


 俺とアリアは小さな頃から二人で過ごしていたから、他の村人と関わる機会は少なかった。

 それに両親は頭が固いし、最近は余り上手くやれている訳では無いが。

 それでも誰も飢えることなく、基本的に善良な人が多く住む平和な村だった。

 転生して生まれた場所が、この村で良かった。


「……ありがとう。これらは全て、村の為に使わせてもらう。必ず役立てることを誓おう」



---



「どうなるかと思ったけど、認めてもらえてよかったな」


「…………」


「もうすっかり夕方かー。今日の飯なんだろうなー」


「…………」


「……あの、アリアさん? さっきから、何で不機嫌なんです? 村長に馬鹿にされたのは、もう良くないすか?」


「そのことじゃない」


 村長と別れた帰り道。隣を歩く蒼髪の少女は、どうもご機嫌斜めのようだった。

 細い腕を組み、白魚のような指で二の腕の辺りをトントンと叩いていた彼女は、やがて痺れを切らしたように口を開く。


「旅に出るって、どういうこと?」


「どういうことって……」


「目的は?」


 剣神の加護を貰ってくれる相手を探す旅……と、彼女にそのまま言う訳にもいかないから、見聞を広める為ってことにしとこう。


「……私達の関係って、何?」


 ぽつと夕焼けに溶けてしまいそうな小さな声で呟いた。


「……友達? あ、親友」


 幼馴染。師弟。他にも色々思いついたけど。

 アリアの足は止まっていた。

 振り返る彼女の姿は夕日に照らされている。


「それは、嬉しいけど。じゃあもっと踏み込ませてよ、あなたに。ずっと一緒にいたのに、何にも言わないなんて、やめて」


 光の加減か、アリアの瞳は潤んでいるように見えた。……敵わないな。


「悪かったよ」


 陽が沈む。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ