第十四話 働きたくないけど働かなくちゃいけない
教会の壁に張り付いた蝉の鳴き声が聞こえていた。
高い空の下、教会の裏の空き地から続く緑の茂る土手に寝っ転がった俺は呟いた。
「働きたくねぇな……このまま大人になんて、ならなければいいのに」
「……急にどうしたの? 悪い物でも食べた?」
アリアがしらっとした目を向けてくるが、食べてない。
正確には魔物の肉は食べ続けてるが、それで頭がおかしくなったわけじゃない。
正常に、冷静に考えた結果だ。
剣神の加護の継承者探しは難航していた。
この五年で、村にはアリア以外にまともに剣の才能がある人は居ないことが分かった。
村に年数度訪れる行商人までも観察したが、結果は芳しくない。
そしてアリアに継がせるのも、俺は躊躇っていた。
彼女には勇者と旅に出る理由がないからだ。
だからこれから俺は村を出て、他に才能のある継承者足り得る人物を探す。
そこで、冒頭の呟きに戻る訳である。
現在俺は十歳、アリアは十一歳。
俺達はそろそろ、働かなければならない年だった。
村で仕事と言えば、基本的に農業だ。
一応医者や大工のような人も居るが、その人たちも普段は農作業をしている。
で、問題は。
当たり前の話だが農作業は基本的に毎日、日が出てから沈むまであるのだ。
もし俺に剣神の加護が無ければ、そんな生活も悪くはないが。
しかし実際にはこの加護がどうにかなるまでは、そんな風に過ごす訳にもいかなかった。
何としても旅をして継承者を見つけなければならない。
かと言って働かない訳にもいかない。村には働かざるもの食うべからずな風潮が当たり前に浸透しているし、何より親が許さないだろう。
だから、農業とは違う仕事をするしかない。
今は稽古は丁度休憩時間だし、今のうちに話を通してこようと、俺は立ち上がった。
「どこ行くの」
すると、服の裾を引っ張られる感覚があった。
「あー、ちょっとその辺まで」
「その辺ってどの辺」
こういう時のアリアは妙に勘が鋭い。
俺が渋々仕事を始めること伝えると、話を聞き終えたアリアはパタンと教会から持ってきていたらしい本を閉じた。
「それ、私もやる」
「は」
「私も、やる」
「…………あのさ、お前、分かってるか?」
この選択は、今後の人生を左右するものだ。
今までの稽古とは訳が違う。
村で誰も行っていない仕事を始めるのだ、恐らく、異常な目で見られるのは間違いない。
アリアは将来村を出るつもりとは言え、出る杭打つべしの村社会でそんな危険を冒す必要もない。
「何かを言われるのには慣れてる。それに、力もつくでしょ」
俺が止めても、彼女は気にした素振りを見せなかった。
「それとも……私じゃ、だめ?」
平坦ながら少し寂し気な声音にう、と言葉に詰まる。
別に、駄目というわけではないが。
彼女の人生の責任の一端を負ってしまうことに対する、躊躇いがあった。
「……おじさんとおばさんには?」
「もとから親には好きにしていいって言われてるわ。……分かった、じゃあ、後でもう一回確認しとく。ヴァンの名前出したら絶対大丈夫だけど」
この村では親の仕事を継ぐのが一般的だが、彼女の両親は子供に任せる方針らしく、アリアはこともなげに言った。
「他に、何か問題ある?」
「…………」
「じゃあ決まり。村長のところだっけ、はやく行こうよ」
……まぁ、厳密にはまだ引き返せない訳ではないだろう。
俺の家のように親が厳しくないなら、後から家業を継いでも良い。アリアとて自分のことをきちんと考えられない人間ではないし、と俺は思考を切り上げ、彼女の後を追った。
---
二人で村長の家を訪ねた。
村長の家はこの村のどの家より一回り大きく、頑丈な作りをしている。
しかし室内には最低限の家具の他に調度品のようなものは見当たらず、村長の人柄が伺えた。
村長。
この世界では高齢の部類に当たるだろう、髪もすっかり白くなった彼だが、そのがっしりとした体格や鷹のような眼光はおよそ未だ衰えとは無縁に思えた。
俺達は村長と応接間のような場所で机を挟み、向かい合う形になった。
アリアは隣に座っているものの、特に口を挟む気はないようだ。背筋を伸ばし、静々と座っている。
「それで、話とはなんだ。お主らのような子供が、わざわざ儂に直接言いに来るくらいだ、重要な話なのだろうな」
……開口一番、雲行きが怪しいが。
そもそも俺達のような子供をこうして家に上げてくれた時点で、村長は話の通じる相手だと俺は考えていた。
「……この村には以前、狩人という職があったそうですね」
村長の表情が一変する。
「それをどこで知った?」
問い詰めるような口調。自然、部屋の空気は張り詰めた。
「以前、ネーレに教会で見せて頂いた記録の中に」
「…………」
村長は広い額に手を当てて「あんの馬鹿……」と呟いている。
一瞬ネーレに悪いことをしたかと思ったが、二人はそれなりに交流があったはずだから大丈夫だろう。
「……ああ。昔はそんな職業もあった」
狩人。村の外で、魔物を狩る職。
「それを、僕達にやらせて欲しいんです」
「!」
俺の頼みに目を丸くした村長は、次の瞬間ぷっと噴き出した。
「……ははは! いいか小僧、魔物とは自警団の団員が数人がかりで倒すものじゃ。お主らのような子供がそんなこと、なぁ!」
村長は出来の悪い子供をあやすように言って、やれやれと肩を竦めた。俺は懐から巾着を取り出し、中身を机にあけた。
「これ、最近狩った魔物から取った魔石です」
魔物の体内からは魔石が取れる。魔石は燃料、エネルギー源として有用な為、交易によく使われる貴重な資源だと書物には記されていた。
魔物の心臓のようなものであるため、魔石を得るには魔物を倒す必要があり、俺達が魔物を狩った証拠としては十分なはずだ。
事実、机にジャラジャラと零れる魔石の山を見た瞬間、村長の目の色が変わった。
「――おい坊主。これはどこから盗ってきた。返答によっては、冗談じゃ済まないかもしれんぞ」
バンと威圧的に机を叩き、机を挟んだ至近距離で睨みを利かせる村長。
「いや、だから魔物を倒したんすけど」
「…………」
弁解する俺の隣で、アリアは瞑目し、前髪を留めた髪留めを弄っている。
「早めに白状した方が身のためだと思うがの」
幾ら凄まれたところで、嘘を吐いている訳じゃないのだから白状しようもない。
……まぁ、俺たちは子供だし、疑う方が自然なのかもしれない。
なんて考えていると。
めきゃ、と何かが潰れる音が隣から聞こえてきた。
見るとアリアが手元の髪留めを握りつぶしたところだった。
「差し出がましいようですが、村長はこの人の言葉を疑っていらっしゃるのですか?」
彼女はにっこりと微笑んだ。
その笑顔の奥に潜む感情に思わず背筋がぞくりと震える。
俺は内心冷や汗を掻いたが、村長は気付かずに頷いた。
「そう言っている。……有り得ないんじゃよ、この魔石には中型の魔物の物も混じっているしのぅ」
机の上の山の中からやや大きめの魔石を手に取って唸る村長に、でしたら、とアリアが胸の前で両手を合わせ、笑顔のまま続けた。
「一度、偉大な村長様とお手合わせ願えないでしょうか。そうすれば私達も自分の実力が客観的に分かり、身の丈に合った判断が下せるかと」
「ふむ。……いいだろう」
彼は一考するように顎に手を遣ったあと、その提案を了承した。
村長にして、自警団の団長を務める男はガタリと椅子から立ち上がる。
「お前たちは魔物や大人のことを舐めているようだからな。二度とそんな不埒な考えを起こすことがないよう、この村最後の狩人だった儂がその根性を叩き直してやろう」
彼は獰猛に笑い、剝き出しになった犬歯がぎらりと光った。




