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第十話 死にたくない俺はチートを使う


「……大丈夫なの」


 気遣うようなアリアの視線に、ただ頷く。


 アリアにこれ以上無理はさせられない。

 今は戦闘の興奮で気づいていなくても、疲労は確実に溜まっている。

 何かあってからでは遅いのだ。

 薬草はとんでもない回復能力を持つが、四肢の欠損までは治せないし、それに、治せるからと言って、怪我して良い訳でもない。

 この世界で生きていたら、もしかしたら命を懸けて戦うべき場面もあるかもしれない。

 だがそれは今じゃない。


 アリアは、何かを確かめるように俺の目を見て……そして頷くと、右手に持った剣を鞘に納めた。


「…………すぅ。……………ふぅー」


 アリアが背後に引いたのを確認し、俺は腰から木刀を引き抜いた。

 胸の前で構え、ゆっくりと息を吸う。

 気持ちを静めて、一つのイメージを強く意識する。


 この五年間の鍛錬の日々で、剣神の加護の能力には、大きく分けて二つあることが分かった。


 一つは、剣に関する能力の向上。

 基礎的な身体能力の上昇に加え、剣(剣だと思えば何でもいい)を構えれば、最適な動きを教えてくれる。その通りに身体を動かせるし、剣に関する知識ならなんでも引き出せる。


 それともう一つ。

 精神力を使って、無理矢理に力を引き出せる。


 五年前、あの魔物を撃退した時に使った力だ。


 ただ、今の自分の実力を大きく超えた力を得られる反面、身体には大きな負荷がかかる。

 無理な動きをしているのだから、当たり前だが。


 今から使うのは、その二つ目の力だ。

 感情を殺し己の中の違和感、加護を身体に薄く広げていく。

 集中。

 目の前の魔物の群れを、斬ることだけに意識を持っていく。


 ――――やがて、視界に青白い線が浮かび上がる。


 …………出た。

 そしてここから。


 十……十五……。


 ガリガリと、端から精神が削られていくような感覚があって。


 二十パーセント。

 あの時と違い、視界一杯に広がったその軌道に、剣を載せた。


 ――――轟音が、辺りに鳴り響く。


 音を超える速度で振るわれた木刀より生じた衝撃波が魔物達を襲い、その場に留まったもの、逃げだそうとしたもの、全てを平等に引き裂いた。


 ………群れの崩壊を確認して、木刀を下ろす。

 辺りに生えていた木々が吹き飛ばされ、森の一部は荒地と化していた。


「二十五、いや、三十パーセントくらいか……?」


 想定より、加護の力を引き出し過ぎていた。つい力が籠ってしまっていたようだった。

 腕に残る異常な倦怠感と、軽い痺れ。一度、剣を振っただけでこれだ。

 五年前は無我夢中だったが、あの時と同じ百パーセントを繰り返し使っていれば、多分すぐに俺の身体は壊れてしまう。だから、力を抑えて使うように五年間の鍛錬の中で訓練していたのだが。

 実戦ではやはり、上手くいかない。


「あっさりと殺してくれるわね。私、一匹にあんなに苦労したのに」


「やり方の問題だろ」


 眼を向けたアリアに、肩を竦める。


 鍛錬の末に至る剣の高みへと、強制的に力を引き上げるこの加護は、ともすれば自分が特別な存在であるかのように容易く誤認させ得る。


 だが、間違えてはいけないのだ。

 俺はこの能力が無ければただの凡人だし、この加護があったとしても、より強い敵と戦えばあっさりと死んでしまう。

 

 死にたくない。死にたくないんだよ、本当。

 剣を抜いたその瞬間から、命のやり取りは始まっている。慢心なんてある訳がない。

 本当は、周囲の被害を考えれば剣士として他に、もっと効率の良い倒し方があったのかもしれない。

 ただ相手の間合いに入らずに殺せるという一点においては、あれが一番確実だった。

 それだけ。


「それ、いつもの稽古に使ってるただの木刀でしょ? どうやったらこんなこと出来るの?」


 辺りの惨状を確認したアリアが、やや呆れたような声を出す。


「別に刃がついて無くても滅茶苦茶速く振れば、物は斬れるぞ」


「凄く馬鹿そうだけれど、それが出来れば苦労はしないのよね。……でも、良かったわ。貴方のお陰で、村は守られた。感謝してる、ついて来てくれたこと――」


「ッ!! アリアッ!!」

 

 一歩前に出たアリアが、俺に向き直り、感謝の言葉を述べていた。

 ()()()()()()()()()()()()アリア。


「――――――――ギャォオオオッ!!」


 刹那。

 咆哮が。

 彼女の背後で。

 魔物。牙。漆黒の体毛。

 群れの長。最も警戒すべき個体。何故。生きてる。

 アリアは間に合わない。首に牙が。


 余裕はなかった。ただ、身体が動いていた。

 

「――ォオオオオオッッ!!」


 百パーセント。


 瞬間の判断で、加護の力を最大限に開放する。

 どくん、と一瞬で視界が赤く染まる。

 体温が上がり、心拍数が異常に上昇する。

 スローモーションのごとく時の流れが緩慢になった世界を奔り、俺はアリアを突き飛ばすと共に、魔物の牙を木刀で受けた。


「!?」


 交錯は一瞬だった。

 目の前に迫った魔物の表情が、驚愕に歪んだのが見えた。

 衝撃を受け止め、返す刀で魔物に確実に止めを刺す。


 目の前で倒れ伏した魔物には既に、下半身が無かった。


 魔物は残された前足で跳躍し、折れた牙でアリアを襲ったらしい。凄まじい生命力と執念に、背筋が凍るような感覚を覚えて、


「…………ぅ」


 終わった、そう理解した瞬間、世界がぐにゃりと揺れる。

 自分がふらついているのだと、理解した時には既に倒れていた。加護を解放した反動が押し寄せ、身体のあちこちが軋み痛んだ。


「ねぇ! しっかりして!」


 視界の端に、アリアが駆け寄ってくるのが見えた。

 必死な顔で涙を流す彼女が無事であることを確認して、安堵する。

 もう大丈夫だよ、と伝えようと手を伸ばそうとして。……あれ、手、動かねぇや。



---



「――とりあえず、村の入口は封鎖した。警備は自警団が交代で行う。冒険者ギルドに依頼して、冒険者を連れてきてもらおう。……それまで、誰も家の外に出ないように「――おい! 村の外に魔物の死骸だ!」……は?」


「門番の奴らが、森の方から狼煙が上がったって言うから見に行ってみたら、魔物の死骸が積まれてたんだ!」


「はぁ!? じゃあ誰がやったのかも分かんねぇのか!?」


「別に誰がやったかなんて今はいいでしょ! 問題はもう魔物の脅威は去ったんなら、私たちは子供に知らせて来るわね」


「待て! まだ残党がいるかもしれねぇ! それに余所者の所業の可能性もあんだから、ここはまだ様子を見るべきで……」




「お、見つけてくれたみたいだな」


「うん。……もう、ほんとに大丈夫なの?」


「へーきへーき」


 集会場の外、塀を背にして俺とアリアは、並んで座り込んでいた。


 風に乗って聞こえてくる会話からして、どうやら無事に魔物の死体を見つけたようだ。狼煙が木に燃え移らないか心配したが……それまでに見つけてくれて良かった。


 アリアは倒れた俺を未だ心配していたが、意識を失っていた時間も長くなかったし、起きた後には特にどこも支障はなかった。

 それを何度も伝えて、一応は納得してくれたみたいだ。


「……ごめん。私、もっと強くなるから」


 俯いた彼女の表情は、前髪に隠れてよく見えなかった。

 責任感の強い彼女は自分を責めるだろうが、あんまり気負わなきゃいいけど。

 とは言え。


「気にすんな。次なんて無いから」


 悲報。五年振りの魔物、ガチで怖かった。

 こっちを殺そうと向かってくる自分より大きな生き物って、冷静に考えて怖すぎるだろう。

 あんな恐怖体験は、一度限りで十分だ。

 俺の言葉にアリアは俯いたまま、上目遣いでこちらを見上げた。


「でも、これからも多分定期的に倒して間引いとかないと、また村に向かってくるかもしれないし」


「知りません、聞きたくないです」


「ヴァンと二人なら、負けることは無いと思うし」


「嫌だぁぁああ、俺、意識失ってぶっ倒れたんだけど!」


「それも、慣れれば何とかなると思うし」


「今回で終わりな、マジで! ほい!」


 無理矢理会話を遮り、拳を作って彼女の方に突き出す。

 アリアは一瞬きょとんとした後に、微笑んだ。


「そうね、取り敢えず今は、お疲れ様」


 俺の拳に、こつんと彼女の小さな拳が合わせられた。



---



 そんな風にして俺達がささやかに勝利を祝っていた時。


「…………、…………っ」


 集会場へと続く道にシスターが姿を現した。

 が、その様子がおかしい。

 いつも朗らかに笑っている顔には、今は明らかな焦りが浮かび。

 修道服の裾も土に汚れてしまっていたが、それすら気にした様子もなく。

 必死に何かを探すように辺りを見渡していた彼女は、


「…………!!」


 俺達の姿を見つけ、その目を大きく見開いた。

 俺とアリアは顔を見合わせて、さぁー、と二人して青ざめる。

 大人は皆集会所に集まっているから、見つかるはずがなかったのに。


「……………二人共、」


 ふらりと近づいて来る、感情の読めない顔をしたシスターにぽつりと呼びかけられ、俺達は思わず背筋を伸ばす。


「し、」



「心配したんだからぁ~~!」



 …………。

 シスターの細い腕に、二人まとめて抱きしめられる。思考が止まる。隣のアリアも、ぽかんとしているのが見えた。


「集会場から戻ってきたら、二人ともいなくなってて! 教会のどこにもいないし! 村中探し回っても、見つかんなくてどうしようって思ってたのに!!」


 わんわんと、子供のように泣きじゃくるシスターの姿に、いつもの面倒見の良い彼女の、年相応な一面を見た気がした。


 そっか。そうだよな。

 シスターからしたら非常事態になった途端、俺たちが消えてたんだもんな。心配するのも当然だろう。体温の高い彼女に抱かれながら、俺は悔いた。


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