第八話 天才少女
教会には、村人たちは朝と夜に祈りを捧げにやって来るが、逆に日中は閑散としている。
それを利用して、教会の裏で俺とアリアはお互いに都合の良いときに、剣の稽古をするようになった。
稽古を始めるにあたって、いくつか決めたことがあった。
まず、稽古のことは他の村人には隠す。
理由は、騒がれると面倒くさいからだ。
俺もアリアも、子供の遊びで終わらせる気はないし、邪魔が入るのは避けたかった。
「チャンバラごっこは、隠すほどでもないかと思うけど……まぁ、ヴァン君は遊んでるのを見られるのが恥ずかしいんだよね、きっと。分かるよ、私も小さい頃はそうだった」
若干認識が違うが、場所を貸してくれるシスターは何だか勝手に納得してくれたので、まぁいいだろう。
次に、俺の持つ剣神の加護について。
これも、俺は引き続き隠すことにした。
剣神の加護は剣聖の持つ加護として、この世界では大人から子供まで知れ渡っている。
うちの親の性格を考えても、絶対に碌なことにならないので、隠すことを決める。
念には念を入れ、シスターやアリアにも今のところ打ち明ける予定はない。
また、これは最近知ったのだが、本来この世界で“加護“と呼ばれる力を使えるようになるのは、例外なく十六歳かららしい。
十六歳になった日に才能ある者には神のお告げがあり、そこで自分の中の力を知るそうだ。
なんじゃそりゃ、と最初聞いた時は思ったがものだが、そこはファンタジー世界。そういうものらしい。
ここから、生まれた時から加護が使えた俺は異常だったらしいことが分かった。
何故異常が起きたのか。俺はそれが、自分が転生していることにあると結論付けた。
生まれた時から常に、体の中の具体的にどの部分という訳ではないが、もやもやとした違和感があった。
その違和感の元を探った結果剣神の加護が発動したのだが、違和感を覚えた原因は、加護を持たない前世の感覚を覚えていたからだろう。
本や記録のどこにもそれらしき存在が確認されていないため、俺以外の転生者は恐らくこの世界に存在しない。だから多分、生まれた時から加護が使えるなんて異常が起きたのはこの世界で俺だけだろう。
ちなみに、一度アリアを転生者じゃないかと思いそれとなく鎌を掛けてみたところ、頭のおかしい奴を見る目で見られた。
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ところで、たまたま剣神の加護を授かっただけの俺に、人に剣を教えることが出来るだろうかと、俺は不安だった。
しかしこの加護のチート具合は、俺の想像を超えていた。
剣神の加護には剣を教える能力さえも含まれていた。
アリアが剣を振る度に、彼女の動きが理想の動きと何がどう違うのか手に取るように分かった。
ひとつひとつの動きが何の為にあるのか、どんな意図を含んだのものなのかを噛み砕いて教え、最初は構えや握りから、徐々に実践的な稽古へと最適な指導を、この加護は可能にする。
ただ、幾ら水や肥料をあげても、種が無ければ花は咲かない。
俺は何となくアリアには才能があるんじゃないかと、半ば直感で判断して彼女を弟子にした訳だが、実際は如何であったか。
一つ印象に残っている出来事がある。
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「……なにしてるの」
「!?!!!?」
ある日、稽古の休憩中。
突然背後に現れたアリアに尋ねられて、俺は飛び上がりそうになった。
やっべ、もう戻ってきたのか。
日陰で涼んでくると言ったアリアは、いつもはもうしばらく戻って来ないのだが。
……ちなみに以前涼みに行った彼女を見かけたことがあるが、丁度影になった教会の壁に、ぴたりとくっついている彼女は結構可愛らしかったりする。冷たさを感じ取ろうと目を閉じた彼女は、普段からは考えられないほどへにゃへにゃしている。
現実逃避気味にそんなことを考えつつ、俺は自作した板を隠したが、しかし、彼女はそこに俺が文字を書いていたことに気付いたようで。
「ヴァンは、もじがかけるの?」
近づいて来たアリアは上体を傾け前屈みになり、落ちて来た蒼い髪を形の綺麗な耳に掛けつつ、俺の持つ板を覗き込もうとする。
……俺が読み書きを習得していることは、シスター以外誰も知らなかった。
こっそり教会の書庫の本を読んで覚えて、たまにこうして練習していたのだ。
だって、それで仕事押し付けられたら嫌じゃん?
そもそも、読み書きは村で必須の技能ではない。俺の両親は自分の名前が書ける程度だし、日々の生活も村の小さな市場での物々交換が基本だから、計算も出来なくて困らない。
ただ、村長の耳に入ったら今後は説教後の草むしりの代わりに、仕事を押し付けられることは想像に難くない。
しかし、今の状況でアリアに隠し通すのは流石に無理があるだろう。
俺が苦渋の決断で肯定すると、彼女はよく分からない表情で、ふーん、と呟いた。
「誰にも言わないでくれないか?」
「……ばれたら、こまるの?」
俺が頷くと、彼女は少し何かを考えるようにした後、言った。
「だまっておくかわりに、わたしにも、おしえて」
俺はそんなことでいいのか、と少し拍子抜けした。今後五年くらいは擦られ続ける脅迫材料を与えてしまったかと震えていたのに。
しかし確かに、将来村を出るつもりのアリアなら、読み書きが出来るに越したことはないだろう。出来て困るものでもないし。
結果、彼女はひと月ほどで読み書きを習得し、立派な読書家になっている。
この辺で、俺は自分の勘違いを改めた。
口調、考え方、頭の回転。
それまで俺はアリアのことを単に早熟なだけの少女だと思っていた。
「はい、今日のこれは百ます計算つってだな……」
「ふぅん。こんなのよく思いつくね。……でもこれ、要領分かっちゃえば一緒じゃない?」
サラサラと答えを記していく。
でもきっと違うのだ。
俺は前世ではついぞ目にしたことの無い存在が、今、すぐ隣で手持無沙汰そうにふわぁ、と手を口元に当てながら欠伸をしていることを理解した。
アリアは天才だった。
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早朝に起き出し、家の手伝いを手早く終わらせ、後の時間は剣の稽古をしたり、本を読んだり、あるいは何もせずにだらだらしたり。
そんな風にしてあっという間に五年の時が過ぎ、俺は十歳になっていた。
その日も教会の裏、俺は木陰に寝っ転がって本を読んでいた。
「あー………ねみ」
晴れ渡る青空の下、木陰のある土手に涼やかな風が吹いていた。
右手で本を持ちながら、左手に持った木刀でぽんぽんと肩を叩く。昼下がりのぽかぽかした気温も相まって、眠ってしまいそうだ。
うとうとしていると――――突如、背後に殺気。
その数瞬後に死角から振り下ろされる凶器を左手の木刀で弾く。
じん、と手に残る衝撃。あっぶな。
俺は読んでいた本を閉じて寝転がったまま首だけ上に倒し、土手の上手に立つ少女に文句を言った。
「ちょ、今休憩中なんすけど」
「……ちぇ」
俺の抗議に下手人は舌打ちした。風が吹き、彼女の伸びた蒼い髪が舞った。
「殺気出し過ぎ。あとちょい踏み込み浅い」
「はーい」
それだけ言って俺はまた読んでいた本を開く。気持ちいい風に気分も落ち着いていく。
返事をしたアリアはぽーい、と木刀を放り出すと俺のすぐ隣に腰掛け、寝っ転がる俺の膝に手を置いて手元を覗き込んでくる。
「何読んでるの」
「んー、各地の特産品とか書いてあるやつ」
「とくさんひん?」
「美味いもんとかすげーもん。うちの村なら小麦と麻」
「ふぅん……」
少しの間横から見ていた彼女は次第に飽きたのかそれを止め、ごろんとその場に横になった。そして俺の膝に頭を載せてくる。
「重いが」
俺が言うと、彼女は膝に頭を擦りつけた。
「我慢しなさい。最近、鍛えてるんでしょ?」
「……何で知ってんの」
最近は身体も成長してきたので、それなりに鍛錬は積んでいた。
「気付くわよ。毎日、打ち合ってるんだから」
この五年間の殆どを、俺は彼女と共に過ごしていた。
剣の稽古の時だけでなく、教会で本を読んでいるといつの間にか隣に彼女がいたりした。
軽口を叩いたりもするが、基本的に二人とも沈黙を苦に感じるタイプではなかったので、気づけば一日のうち家族よりも長い時間を過ごすようになっていた。
幼女から少女へと成長を遂げた彼女は、村一番の美少女の名をほしいままにしている。
隣で寝転ぶ、相変わらず嫌みな程に整った造形をした少女について考えていると。
ゴォオオオオオオンと、村全体に響く音で鐘が鳴った。
それが数回繰り返し鳴らされる中、俺とアリアは顔を見合わせた。
「……これ、」
やや表情を固くした彼女に頷きを返す。
あの回数は、緊急招集の合図だ。
少しして、慌てた様子のシスターが教会の裏口から現れた。
シスターはよく俺達の修行を見に来ては、それを肴におやつを食べていたり、打ち合っている時に野次を飛ばしてきたりしていたのだが、今は常と様子が違っていた。
「今の鐘聞いた? 私、ちょっと集会場の方に行ってくるね! 二人はここにいて!」
そう言って表の道の方へと駆けていくシスターを見送る。
「あの鐘、村の規則で知識としては知ってたけど……聞くのは初めてかも」
子供に家から出ないように厳命すると共に、村の大人に緊急の招集をかけるその鐘を聞くのは、俺も初めてだった。
何か、切羽詰まった理由があるのだろうと、考えて。
「――――――――!!!」
突如空に響いた咆哮に答えを得た。
「……っ!」
五年前から、恐れていた日が来たのだと知った。
いつかこんな日が来るんじゃないかと薄々気づきながら、必死に目を逸らしていたこと。
「今の叫び声……魔物、よね」
ずっと続くと思っていた日常が崩れ去るのは突然だということを、かつて突然車に轢かれた俺は、知っていた。
いつもと変わらない、アリアと稽古をしながら、だらだらと過ごす今日だって、あっさりと終わりになってしまう。
読んでいた本を閉じる手が、震えていた。
思い出すのは五年前の悪夢。森に降る雨、黒い魔物の姿、背中の痛み――アリアの悲鳴。
俺は、かつて俺と同じ体験をした少女に目を遣って――。
「行こう、ヴァン」
既に立ち上がりかけたその姿に、脳の理解が追いつかない。




