第七話 幼馴染を弟子にする
俺とアリアは、俗に言う幼馴染だ。
昔からこの村に住み、代々村の中心的な役割を担ってきたらしいうちと、十年ほど前に移り住んできたという彼女の家族は村の中でも特に仲が良く、家も隣に建てて住んでいる。
だから俺は一歳年上の彼女のことを生まれて間もない頃から知っていたし、互いの両親が仕事をしている日中は、よく彼女と一緒に居た。
アリアはぺたんと両足を伸ばして座った状態から片足を曲げ、その上に両手と頭を乗せて、隣の俺を覗き込むようにした。幼いが整った顔に、サラサラと蒼い髪が零れていた。
「あらためてありがとう。あなたはわたしといもうとのおんじんよ。もしわたしにしてほしいことがあったら、なんでもいって」
「……うんにゃ。いいよ、気にしなくて」
俺が言うと、その金色の瞳が小さく困惑に揺れた。
「……いいの? わたしがこんなにしおらしいことをいうなんて、めったにないかもしれないわよ」
「確かに、それはそうだ」
「つぎにしおらしくなるのは、おせっきょうをするそんちょうのところにいきたくないから、パパとママになきつくとき」
「思ったよりすぐだな」
「まぁでも、そのときはたいどだけで、ほんとうにしおらしくなってるわけじゃないから」
「それはお前の人格に問題がある気がするな……」
「で、ほんとうにいいの? なにもしなくて?」
念を押されても別に、幼い彼女に何かを要求しようとは思わない。
助けられて良かったな、とは思っているけれどそれだけだ。
ただ今俺はもう完全に魔物にブルッてしまっているので、次に同じようなことがあっても助けられないから、危ないことは止めて欲しいくらいかな。
「きをつける。……ほかには?」
神妙な顔をしたアリアを、信じることにする。
「ないよ、本当に」
それにもう、家を訪ねて来たアリアの親に何度もお礼を言われていたから。
彼女の親が頭を下げた時、うちの親は驚いたように彼らと俺を交互に見ていた。
ちなみに俺は親と上手くいっているとは言い難い。彼らは俺を単なる労働力として見ている節がある。
家を継ぐのは兄貴だし、しょうがないのかもしれないが少し寂しい。
『――――ゆうしゃごっこしようぜ! おれ、ゆうしゃやくやる!』
風に乗って、子供の声が耳に飛び込んでくる。
教会は、子供たちの遊び場からは離れているから、声が聞こえるのは珍しい。
聞こえてくる内容は、期せずして勇者の旅についてだ。
まぁ、勇者の旅の伝説は子供達の間でも一番有名なお話だから、驚くほどのことでもない。
『――――はいはい! じゃあぼく、けんせいね!』
『――――じゃあわたし、せいじょさま!』
「アリアは、勇者達に憧れたりするか?」
「どうして?」
俺がふと思って尋ねると、アリアはこてんと小首を傾げた。いまいちピンときていないようだ。
「いや、皆一度は考えるもんだろ? もし勇者の旅に出られるなら~ってさ」
「ヴァンもかんがえるの? あんまり、そんなふうにはみえないけど」
「よく分かるな」
勇者の旅、絶対行きたくねぇ……。
わたしも、と少し考えるそぶりを見せた後、アリアはこの世界では異端だろう俺に賛同の意を示した。
「きょうみない。ゆうしゃたちが、かおもみたことのないひとのためにいのちをかけるのは、りかいできないし」
子供にしてはドライな考え方をする子だ。俺はそういうのは嫌いじゃないけれど。
「このまえあそびにさそわれたとき、そういってことわったら、にどとさそわれなくなった」
「……お前そういうとこだよ。友達出来ない理由」
「ヴァンにいわれたくない。あなただっていないでしょう、ともだち」
「……まぁ、うん」
否定できないでいる俺を見て、アリアは勝ち誇ったような顔をした。
いや、だってさ。
前世で高校生まで生きた記憶を持っているから、流石に鼻水垂らして走り回るような子供たちとは精神的な年齢が乖離している。逆に、話の合うアリアが異常なのだ。
彼女がかなり早熟で、また賢い部類なのは間違いない。そのせいで、同世代の友達が俺しかいないのは皮肉な話だが。勇者の旅に憧れないドライな性格も、そういうところから来てるのかもしれなかった。
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空を流れる白い雲のように、ゆっくり村の午後が過ぎていく。
木陰でうとうとしていると、隣で手持ち無沙汰そうにしたアリアは俺の近くで目を止めた。
「……なにこれ」
俺の隣に置いてあった、先日家の近くの木を削って作った二振りの木刀。
先に作った方は勝手が分からず苦労したが、後の一つは上手く出来たと思う。
練習用兼、護身用。
戦いはまっびら御免だが、またあの魔物に出会っても最低限逃げれるだけの力をつけなくちゃいけないと思い、作ったものだ。
興味を引かれている様子だったので、後に作った方をアリアに渡してみる。
「……どうやって使うの、これ」
「こう」
「……こう?」
彼女が見様見真似で、おっかなびっくり木刀を振った。ぷら、と蠅も殺せないような振りだった。
「……もうちょい、こう」
俺は彼女の腕を軽く掴んで、握りを改めさせた。
そんな俺を見てアリアは言う。
「こんなの、どこでおぼえたの」
「や、なんか、父さんが教えてくれた」
「…………」
アリアがじっとこちらを見てくる。
明らかに怪しまれている。余り納得していないようだ。
当たり前か。魔物を斬った時の一撃は、明らかにただの村人に出来るものじゃなかった。
この幼馴染は妙に勘が鋭いしな。
「父さん結構上手くってさ、ハハハ……」
本当は、日々仕事に勤しむ父と話をする機会は殆どない。どころか、父との最近の出来事と言えば仕事の手伝いの仕方を一度見せてもらっただけだった。
「………………。そう」
彼女は不満そうではあったが、やがて俺から目を逸らした。
それ以上の追及が無かったことに驚きつつ、俺は胸を撫で下ろした。
もし、仮に彼女が村に俺の加護について言い触らしたら、非常に面倒なことになることは想像できた。
記録に残っていた過去に加護の継承の事例は、前に持っていた人間が再起不能になってからが殆どだ。剣神の加護を持った剣聖になることはこの世界では名誉なことだからだが、誰かに加護を渡したい俺にとってそれは不都合だ。
穏便にことを運ぶには、誰にも知られることは避けたかった。
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「アリアは、将来村を出るんだよな?」
「たぶん、そうね」
彼女は小さな手で、木刀を握ったまま答えた。
村人の多くはそのまま生涯を村で過ごすが、たまに村の外に出て行く人もいる。
以前に聞いた時から彼女は、既に村を出ることを決めているようだった。
まぁ、俺も賛成だ。利発な上に、既に今の段階で将来の約束された整った顔立ちをした彼女は、多分町に出た方が楽しい人生を送れそうだ。
「ヴァンは?」
「俺はなぁ……」
神は俺に剣神の加護を与えたが、戦いは俺に向いていないようだった。
だから俺が求めるのはそうじゃなくて、もっと平凡で、でも前世では出来なかった幸せな将来。
可愛い彼女と一緒に暮らして、色んな所に行って遊んだり、本を読んだり、下らない話をしたり、料理を作ってもらったり、そういう幸せで良いんだ。
そんな幸せな将来の為には、誰かに剣神の加護を渡す必要がある。
村で見つからなければ、町で探して、それでも見つからなければ、世界中を探して見つけてやる。何としても。
考えていると、未だ隣で木刀を振っていた彼女が、横目で俺を見ながら言った。
「……ねぇ、ひとつおねがいがあるの」
「なんだよ」
改まって言われ、俺は少し身構えながら先を促した。
「これをかなえてくれたら、ヴァンのかくしごとも、めをつぶる」
「……ふむ」
交換条件か。
黙っていると確証をくれるなら、かなり有益な交換材料だ。
これからの動きはまだ具体的には考えていないが、村で剣神の加護のことを知られただけでも面倒なことになる可能性が高い。
よほどのことでない限り、そのお願いは叶えるべきだろう。
そしてアリアがお願いの内容を告げた。
「わたしに、けんをおしえてくれない?」
「おう、いいぜ」
「え」
彼女は黄金の目を見開いた。
首を傾げ、蒼い髪が宙を舞った。
「何でそんなに驚く? お前が言ったんだろ」
「……ことわられると、おもったから。おしえてくれるきはないのかとおもってた。いつもみたいに、ひみつにされるんだと」
「秘密だって? おいおい悲しいことを言うなよガール。同じ釜の飯を食ってる仲じゃねぇか。俺がお前に、いつ何を隠したってんだ」
「ないの? わたしにかくしてること、ひとつも?」
「………………えー、」
誤魔化そうとしたが、じっとりと黄金の目で見つめられて言葉に詰まる。
加護や使命や前世のこと、心当たりがあり過ぎた。
アリアは小さくため息を吐いた。
「まぁ、それはいまはいいとして。……ほんとうにおしえてくれるのなら、ねがってもないことだわ。みんななんていわない、だけどじぶんのかぞくくらいは、たすけられるちからがほしいの」
一歩人里を離れれば魔物がうろついているこの異常な世界では、最低でも自衛出来る力があるのと無いのとでは、生き方が全く変わってくるだろう。
そんな世界で出来た幼馴染に、生きる力としての剣を教えるように頼まれて、断る道理はなかった。
「だから、あらためて、おねがいします――わたしを、でしにしてください」
そして、アリアに剣を教えることは、俺にとっても意味がある。
一つ、思いついたことがあった。
この子を育てて、もし成長した時に彼女がそれを望んだなら、代わりに魔王討伐に行って貰えないかなぁ。
根拠はある。
木刀を振る様子を見ていた限り、多分、この子には才能がある。
さっきまでおぼつかなかった振りが、今既に一応剣筋として成立していた。
そして魔物と対峙した時。彼女は自らを犠牲に俺を助けようとした。
紛れもなく、英雄の素質。俺にはないものだ。
とは言えあくまで保険というか、他に誰も見つからなかったときの為に、一つの可能性を残しておこうってくらいの気持ちだった。
「よし、じゃあ今日から俺のことは師匠と呼べ」
「それはむり。わたしはでしではあるけど、とくにヴァンをうやまうきもちがあるわけじゃないから」
「オウ……なんだこの生意気な弟子」
こうして俺は弟子を取った。
この時、彼女が胸の内で何を考えていたのかも知らずに。
この先に、どんな運命が待っているのかも気付かずに。




