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探索者  作者: 羽帽子
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第69話:「あたい達が家族だからな!」

「ここがドルチェの居る工房か! 結構でかいんだな!」


 ベルダ工房に到着するとサーシャが物怖じせずにドアを開けて工房の中に入っていってしまった。


「勝手に入っちゃって大丈夫なのかな~? シュンさんどうしましょう」


「ん~、とりあえずサーシャを追い掛けないと」


 工房に入ると受付らしい部屋で案の定サーシャが職人達に囲まれて涙目になっていた。

 気が強いんだか弱いんだかよく分からない子だ。


「すみません、うちのが勝手に入っちゃって……」


「「「「あ、アニキ!」」」」


 一斉に振り向く職人達。

 ドルチェのお父さん……ベルダさんに決闘で勝って以来何故か妙に懐かれてしまった。

 ドルチェの居場所を尋ねようとすると、工房の奥から騒ぎを聞き付けたのかカリアさんが顔を出してきた。


「おや、婿殿じゃないか!」


 『婿』と言う単語に反応したエミリーが俺の腕にしがみ付く。

 カリアさんは一瞬値踏みするような目でエミリーを見ていたがすぐにニヤリと笑い俺の背中をバシバシ叩いてくる。


「あんたがエミリーかい、話は聞いてるよ! うちの娘と一緒にこの男を離すんじゃないよ!」


「は、はい! 一生離しません~!」


 力強く宣言するエミリーを見て、「にーちゃんも捨てられないように頑張るんだよ!」と冗談ぽく励ましてくるが目が全然笑っていない。

 俺がもし情けない姿を見せたらドルチェを連れ戻してしまいそうな予感がしたので神妙に頷いた。


「おいおい! そんな事よりおばさん、ドルチェはどこだよ!」


「おばさん……?」


 その瞬間、室内に居た職人達が全員凍りついたように真っ青になって固まってしまった。

 カリアさんからのもの凄いプレッシャーに俺とエミリーも半歩下がる。

 俺から見たら十分若々しく見えるのだが、生まれた時からこの世界に住んでいるサーシャには年齢とかが分かるのだろうか?


「ヒィッ!」


 正面からカリアさんの視線を受けたサーシャがガクガク震えて怯えている。


「おおおお、お姉さんでした! ごめんなさいッ!」


 土下座しそうな勢いで頭を下げるサーシャ。

 娘のドルチェにすら頭が上がらないのにその母親にあんな暴言を吐くサーシャの度胸は見上げたものだが、流石に見習おうとは思わなかった。

 これ以上放っておくとまた泣き出してしまいそうだったので、俺の方からもカリアさんに謝罪をするとようやくお許しを貰えたみたいだ。

 「ちゃんと調教しておくんだよ!」と言われてしまったが、それはドルチェに任せる事にしよう。


「あの子なら奥に居るから会っておやり! あんた達もさっさと作業に戻りな!」


 そう言ってパンパンと手を叩き周りに居た職人達を持ち場へと追いやる。

 工房の奥へと進み分厚いドアを開けて中に入ると作業場の一角にドルチェを見つけたので声を掛けようとしたのだが、一心不乱に何かに取り憑かれたように作業をしている姿に気圧されてしまい言葉が出てこなかった。

 エミリーとサーシャもこんなに真剣なドルチェを見るのは初めてなのか、緊張の眼差しでドルチェを遠巻きに見守っている。

 ドルチェだけではなくベルダさんを始めとした他の職人達も真剣にそれぞれの作業に没頭していた。

 それにしても大勢の職人達がこれだけ大きな音を立てて槌を振るっているのに作業場の外には殆ど音が漏れていなかった。

 壁を叩いてみるが造りこそ頑丈だが普通の壁に見える。

 何だろう? 職人の業とか魔法の力とかなのだろうか?


 俺が首を捻ってあれこれ考えていると、俺達に気付いたドルチェが手を止めてこちらを見つめていた。


「シュンにぃ……何かあった?」


 不思議そうに声を掛けてきたドルチェに「サーシャの要望で見学に来た」と話すと、ちょっと照れくさそうにしている。


「見てても……面白くない」


「そんな事ないぜ! ドルチェ、めっちゃカッコ良かった!」


 俺もエミリーもサーシャの意見に同意だったのでうんうん頷くとさらに照れてしまったのか顔が真っ赤だ。

 そんな自分を誤魔化すように手に持った盾を俺に差し出してくる。


「感触を確かめて……。まだ完成じゃないから……手直しする」


 受け取った盾を左手に装備して感触を確認する。


「ちょっと前のより重たいけど頑丈そうで良い盾だね。凄く手に馴染むから手直しは必要ないんじゃないかな?」


 ドルチェが俺の意見に満足そうに頷く。

 俺が投擲スキルを覚えようとしているので盾にナイフを仕込んだりしようと思ったが、アイテムボックスから出すのとあまり変わらないのでそれは止める事になって、その分耐久性を高めた作りになっていると説明してくれた。

 ついでとばかりに気になっていた防音についても聞いてみる。


「風魔石を使った……防音の魔具」


 そう言って部屋の中央に置かれた小箱を指差す。

 何でも結界を張って中の音が外に漏れないようにする魔具なのだそうだ。

 よくよく部屋を見渡してみると同じような小箱が3つも置かれていた。

 有効範囲に限度があるのでひとつでは足りないそうだ。


「高いけど……工房には必須」


 工房付きの家を借りる予定なのでこの魔具は是非とも手に入れたい。

 

 「アノ時の声も……漏れない」


 ドルチェがボソリと付け足した言葉にエミリーが期待の眼差しで俺を見つめてくる。

 サーシャはと言うと「アノ時の声?」ときょとんとした顔をしているので何の事なのか分かっていないみたいだ。

 分かったら分かったで煩いのでそのままにしておこう。

 この後の予定を聞かれたので孤児院に行く事を告げると一瞬ドルチェも一緒に来たそうな顔をしたが、今日はこのまま鍛冶に没頭したいので工房に残るそうだ。

 それを聞いたサーシャがちょっと寂しそうだった。






「……どう見ても学校だよなぁ」


「学校って何だ?」


 ダーレンの街の北西にある孤児院の入り口で呟いた俺の言葉にサーシャが聞き返してくる。


「えっと、子供とかが文字とかいろいろ勉強する所だけど、この世界には無いのかな?」


「あたしの場合、文字は基本的に親から教わったりですね~。あ、でも、両親が文字を書けない近所の子供達がうちのお母さんに習いに来たりしてました~」


「あたいも近所のおっさんに習ってたぞ!」


 2人に聞いてみたが、やはり『学校』は無いそうだ。

 俺も時々エミリーやドルチェからこの世界の文字を教わったりしているのだが、英語すらまともに覚えられなかった俺には難易度が高いのか未だに苦労している。


 孤児院の広場を横切って建物に入りミナ、ミル姉妹とシェリルを探そうと思ったが、広場の片隅にちょうど3人が揃っていたので見つける手間が省けた。

 近付いて手を振ると俺達に気付いたミナとミルが駆け寄ってくる。

 両手にそれぞれ短い棒を持って素振りをしていたシェリルも俺の事を見ているが近寄ってくる気配は無かった。

 オルトスからここに来る道中にそれなりに会話出来るくらいは仲良くなれたと思っていたが、初対面のエミリーとサーシャが一緒に居るので少し警戒しているようだ。

 ドルチェにお願いして付いて来て貰えば良かったかもしれない。

 そんな俺の心配をよそに「あれがシェリルか?」と確認したサーシャが凄い勢いで突撃していったかと思うといきなりシェリルを抱きしめていた。


「これからはあたい達が家族だからな! 甘えて良いんだぞ!」


 背骨が折れそうなくらいきつく抱きしめてくるサーシャに目を白黒させたシェリルがジタバタ暴れている。


「落ち着け!」


 サーシャの頭にチョップをして困った顔のシェリルから引き離す。

 背後ではエミリーから話を聞いたミナとミルが手を取り合って喜び合っていた。

 姉妹揃って同じ所に行けるのはかなり珍しいので、離れ離れにならずに済んでホッとしてるみたいだ。

 両手に棒を持ったシェリルに「訓練してたの?」と聞くとちょっと恥ずかしそうに小さく頷いた。


「今日はまだ時間があるから相手になるよ。かかっておいで」


 盾を装備して彼女の前に立つと真剣な眼差しになって棒を構える。

 かなり様になっているのでカロに居た頃からずっと訓練は欠かさなかったのだろう。

 サーシャも混ざりたそうにしているが、こんな所で魔法を使うのは勘弁して欲しいので今日は見るだけにして貰う。

 俺達が訓練をしているといつの間にか周りには孤児達が集まっていた。

 中には探索者志望の子も居たので一緒に訓練をしたり迷宮での注意点等を教えてあげたりした。

 少し離れた場所では孤児達に「魔法が見たい!」と囲まれたサーシャが調子に乗って空に向けてファイアボールを撃ってしまい、飛んできた孤児院の職員のお姉さんに怒られている。

 街中では訓練場以外の場所で攻撃魔法を撃ってはいけない決まりがあるので怒られて当然なのだが、魔法を間近で見た子供達に尊敬の眼差しを向けられて怒られているにも関わらず頬が少し緩んでいた。


 気が付けばエミリーが戻らなくてはいけない時間になってしまったので俺達も孤児院を後にする事にした。

 ミナとミルは急だが明日宿屋に引き取るそうだ。

 双子の姉妹は友達になった子達と抱き合って別れを惜しんでいた。


「シェリルは15歳になったら必ず迎えにくるからね」


 羨ましそうに姉妹を見ているシェリルにそう告げると俺の目をじっと見つめてコクリと頷く。

 まだ彼女の心からの笑顔を見るのは先の事になりそうだが、ドルチェやサーシャ、それにエミリーも一緒なのでいつか飛びっきりの笑顔を見せてくれるはずだ。


 ちなみにエミリーと別れた後、魔法を撃ちまくりたくて仕方が無いと駄々をこねたサーシャの為に探索者ギルドの訓練場に付き合い、午後3の鐘が鳴るまでサーシャの横で投げナイフの特訓をした。

 あまり休日らしくなかったが、これはこれで充実した一日だった。



読んでくださりありがとうございました。

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