第49話:「良い経験になったろ?」
「明日中にはダーレンに着きそうかな?」
「今日が……最後の野宿」
もうすっかり野営にも慣れたのでむしろ楽しみになっている。
それに明日にはダーレンに帰れそうなので、どことなく皆の足取りが軽い。
他の街の人達も居るので全員というわけではないが、少なくとも俺達にとっては明日でひとまず一区切りといった感じだ。
「いよいよ明日なんですよね? 楽しみです」
いつの間にか傍に寄って来ていたミナがちょっと緊張した顔で話し掛けてくる。
姉の後ろに隠れた双子の妹のミルも不安そうな顔をしていた。
「まだ本決まりってわけじゃないからあまり期待させるのもなんだけど、でも、『夜の止まり木亭』の人達は皆良い人達だからそんなに緊張しなくても大丈夫だよ」
俺の言葉に少しだけ安心したみたいだが、やはりこれから見知らぬ土地で暮らす事になるのでかなり不安みたいだ。
ダーレンへ戻る旅に出てからというもの、こうしてミナ、ミル姉妹が頻繁に話し掛けてくる。
少しでも不安の解消になればと、出来る限りダーレンの街や働く事になるかもしれない宿屋についての話をしてあげた。
俺の後ろではドルチェとシェリルが小声で何やら話している。
最初こそ野生動物のように遠巻きに俺達を見ていたシェリルだが、数日行動を共にするうちに徐々にだが会話が出来るくらいまでは仲良くなれたようだ
シェリルを仲間に入れるには約10ヵ月後に彼女が『孤児奴隷』になるまで待たなければならないので、それまでに少しでも仲良くなっておきたい。
もちろん買うだけの資金を稼ぐのが大前提だ。
周囲を見渡すとあちらこちらで孤児達が他の探索者や兵士達に積極的に話し掛けていた。
シルビア達の所も何人かの女の子の孤児達が取り囲み、懸命に自分をアピールしている。
俺に対しても数人の男の子が時々自分を売り込みに来るが、今周りにいるのはこの3人娘だけだった。
「皆……必死」
不意に後ろからドルチェが声を掛けてきた。相変わらず俺の心の中を読んだかのようなタイミングだ。
ここに居る孤児達は良い働き口が見つからなかったら孤児奴隷になるしかないので、少しでも待遇が良さそうな居場所の確保に必死なのだそうだ。
レベルが上がりやすくスキルを取得できる可能性も高い探索者は、特に孤児達に大人気らしい。
この子達も迷宮の攻略さえ成功していれば、今頃は家族に囲まれて幸せな生活を送っていただろうに……。
改めて自分達の役割の重要さを再確認した。
歩いているうちに段々と空が暗くなってくるが、ここで野営するには『祝福の森』が近すぎるのでもう少し先に進む事になった。
「『祝福の森』ってたまに名前を聞くけど、普通の森とは違うの?」
「森は全て……『祝福の森』。……普通の森は……無い」
ドルチェの話によると、『祝福の森』というのは攻略された迷宮の跡地なのだそうだ。
迷宮が攻略されるとその地にはぐんぐんと沢山の木々が生えてきて、5年もすれば立派な森へと成長するらしい。
同時にいろいろな生命も育まれて周囲の街にとっては貴重な食料源や資源になっているが、他所の迷宮から溢れ出して『はぐれ魔物』になった魔物達の住処にもなっているので近付くにはかなりの注意が必要との事だ。
最初にこの世界に来た時に森の側で魔物に襲われ、その後ガルスさんに怒られたのはそういう事だったのかと今更ながらに納得した。
今夜の野営場所に到着して全員で準備を始める。孤児達も必死になって手伝っていた。
食事を終えてドルチェとの見張りの時間になったが、流石に帰りの旅路ではドルチェも自重してるのか、行きの時のようにエッチを迫ってくる事も無かった。
その分ダーレンに戻ったらエミリーと2人がかりで襲われそうな予感だ。
エミリーは元気にしているだろうか? 早く会いたい。
美しく輝く満天の星達を眺めながらエミリーの笑顔を思い出していた。
翌日の夕暮れ時、俺達はようやくダーレンに到着した。約2週間ぶりのダーレンだ。
外壁が見えてくるとミナ、ミルはもちろんの事シェリルの顔にも興奮の色が窺えた。
門の外で解散するとの事なのでここで彼女達とはお別れだ。
いつになるか分からないが、出来ればもう一度この3人と笑顔で再会したい。
そう素直に思えるほどこの旅の間に仲良くなれたので、アイラ達と別れた時の様にかなりの寂しさを覚えた。
頻繁には無理だろうが、時々は孤児院に顔を出してみるつもりだ。
これから孤児院に行く為に集合している孤児達を見守っているとセリーヌさんがこちらに歩いてきた。
「明日報酬をお支払いしますのでギルドにお越しください」
俺とシルビアにそう告げると足早に孤児達の元へと戻って行った。どうやらセリーヌさんが手続き等をする為に先導するようだ。
ボルダス王や領主達に続いて孤児達もダーレンの街へと入っていく。
「ワタシ達も行くとしよう」
シルビア達と一緒に街の門を通ると入り口の所にエミリーが出迎えに来てくれていた。
「シュンさ~ん!」
俺の姿を見つけるとすぐさま胸に飛び込んできた。
「エミリー! わざわざ迎えに来てくれたんだ」
最初は宿屋で待っていたのだが、そわそわして何枚もお皿を割ってしまったので、俺達が帰ってくるまで大人しく何もするなと言われて夕方からずっと待っていたらしい。
「無事帰ってきてくれて嬉しいです~……」
俺に抱きついたままポロポロ泣き出してしまった。
ぎゅっと抱きしめて「ただいま」と言うと涙に濡れた顔で嬉しそうに見上げてくる。
お土産の髪飾りを渡すとはにかみながらさっそく着けてくれた。
ドルチェやシルビア達に「似合ってる」と褒められて満面の笑みだ。
『ガラ~ンゴロ~ン♪』
おそらく午後3の鐘だろう。
ちょうど食事時なので彼女の耳元に「エミリーの手料理を堪能したい」と囁くと頬を赤く染めて俺の腕をぐいぐい引いていく。
宿屋のドアを開けるとすぐにターニアさんが「お帰りなさい」と言ってくれた。
部屋はちゃんと確保しておいてくれたので、部屋で一息ついてから食堂へ向かう事にした。
エミリーがかなり張り切っていたので楽しみだ。
食堂に行くとすぐにバードンさんが手を挙げて俺の名前を呼ぶ。
隣のテーブルに着いて「今さっき戻りました」と報告。
「良い経験になったろ?」
ニヤリと笑っている。
「まぁ、詳しい話は酒でも飲みながら聞かせて貰うぜ」
どうやらこの後お酒に付き合わされてしまう事が決定しているようだ。
無事戻ってこれたお祝いの意味も含まれているみたいなので、正直早く部屋に戻りたかったが付き合うことにした。
シルビア達は昨夜もかなり飲んでいるので、食事を終えると早々に部屋へ戻って行った。
ドルチェも眠そうにしていたので部屋に戻るように勧めると素直に頷く。
「シュンさん、良い子は見つかりました?」
食堂が空いてくるとマーサさんがすかさず声を掛けてきた。
ミナ、ミルの話をすると「楽しみだわ」と明日さっそく会いに行く相談をゼイルさんと始めている。
午後4の鐘が鳴った所でお開きになったので、バードンさんにお礼を言ってほろ酔い気分で部屋へと戻った。
すでにベッドで気持ち良さそうに寝ているドルチェを起こさないようにこっそり部屋に入り自分も今日はもう寝ようと服を脱いでいると、エミリーとターニアさんがそれぞれお湯を持って部屋にやってきた。
重い物を運ばせてしまったので「疲れていて気が回らなかった」と謝ると、ぶんぶん首を横に振る。
「良いの~、好きでやってる事だから」
にこにこ上機嫌だ。
ターニアさんは戻っていったがエミリーは当然のように部屋に残っている。
「こうしてシュンさんの身体を拭くのも久しぶりです~」
ゴシゴシと楽しそうに隅々まで身体を拭いてくれた。
疲れて寝ているドルチェを起こしたら可哀想なので今夜はエッチは無しだ。
その代わり今夜はもうひとつのベッドで抱き合って眠る事にした。
「2人部屋にして正解だったね」
おやすみのキスをしてベッドに潜る。
「明日はいっぱい可愛がってくださいね~?」
腕の中のエミリーが悪戯っぽく俺の事を見つめていた。
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