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探索者  作者: 羽帽子
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第18話:「迷宮には1人で入るのか?」

 そろそろバードンさんに言われた時間だろうと部屋を出た。

 正直このまま不貞寝してしまいたかったが、約束を破るわけにはいかない。

 それにこの世界の事についていろいろ聞けるチャンスだ。

 階段を降りる途中で何人かの宿泊客とすれ違う。

 強そうだ。思わず自分の腕の細さに滅入る。

 カウンターで作業中のターニアさんに会釈をして食堂に入ったが、何も言われなかったのでホッと胸を撫で下ろす。

 手元に木の枝があったので歯ブラシでも作っていたのだろうか?


「おう! シュン、ここだ!」


 すぐにバードンさんに大声で呼ばれた。

 すると一斉に食堂に残っていた探索者らしい男達(中には女性もいたが)の視線が……。

 5人くらいしか残っていなかったが美味しそうにビールらしき物を飲んでいる。

 内心ビビりながらもバードンさん達がいるテーブルに近づくと、奴隷の犬耳少女が俺の座る椅子を持ってきてくれた。

 名前はギルドでバードンさんが呼んでいた気がしたが忘れてしまった。

 「ありがとう」とお礼を言うと驚かれてしまった。

 奴隷にお礼を言うのは拙かったのだろうか。

 でも、厚意にはしっかり礼を持って応えたいので止めるつもりはない。

 俺が椅子に座るとすぐにエミリーがすっ飛んできた。

 尻尾が凄く嬉しそうだ。

 でも、食堂でそんなに尻尾を振っても良いのかちょっと心配。


「シュンさん、いらっしゃ~い! バードンさんとお知り合いだったんですか~?」


「ぎ、ギルドに登録しに行った時に知り合ったんだよ」


 抱き付きそうなくらい近づいてくるエミリーに説明をする。

 照れ屋なのに大胆なエミリーに心臓の鼓動が早くなった。


「なんだシュン、お前エミリーと仲が良いのか? このオレ様を差し置いて!」


 何故かバードンさんに睨まれた。気のせいか見ていた他の男達にも。

 エミリーはそんな視線に気づかないのかにこにこ嬉しそうに俺を見ている。


「はい、シュンさんとはすっごく仲良しですよ~。ね~、シュンさん!」


 俺の変わりにバードンさんに答えるエミリー。

 どんどん周りの視線が痛くなるのでなんとかフォローした。


「田舎から出てきたので、いろいろ街の事をエミリーに教えて貰ったんですよ」


「あぁ、今日探索者になったばかりだったな!」


 納得顔のバードンさん。

 逆にエミリーの視線がちょっと痛い……。


「おう、エミリー! こいつにも酒を頼む。オレ様の奢りだ!」


 お礼を言うと片目を瞑ってグビグビ酒を飲みだす。男のウインクは不気味だ。

 エイミーは「は~い」と明るく返事をすると厨房に戻っていった。


「国王に呼ばれてたみたいですけど、奴隷の受け取りだったんですか?」


 ちらりとエルフの少女を見ながら言う。

 この子達はお酒は飲まないらしいのでちょっと退屈そうだ。

 それに相変わらず無口。


「いや、ここの迷宮の『専属』探索者に誘われてな。オレ様くらいになるとこうして直接声が掛かったりするんだよ。こいつは契約料の代わりに貰ってきた!」


 ちょっと得意気だ。

 でも、男としては少し……いや、かなり憧れる!

 俺もバードンさんくらいになったら国王から奴隷を貰ったりできるのだろうか? 楽しみだ。

 奴隷の事も気になったが、今の俺には迷宮の情報の方が大事だ。


「ここの迷宮ってどんな感じなんですか? 活動期なんですよね?」


 俺の質問にも親切に答えてくれた。

 シアさんが言うように気に入られてるのだろうか。

 話を聞くと、迷宮はこの街から北東に向かって馬車で1時間ほど(バードンさんは『半鐘』と言っていた)で着く距離にあるらしい。

 活動期に入ってちょうど1年。

 出現して1年目の、この世界で一番新しい迷宮なのだそうだ。

 ドリスと言う街とのちょうど中間にあり、そっちからも探索者がくるので人数はそこそこ多いとの事。


「ま、頭数だけ揃えてもしょうがねぇんだがな! なんせ1年も経つのにまだ20階層にも行ってねぇらしいからなぁ。……何やってたんだか」


 ペースが落ちることなく飲み続けるバードンさん、もう3杯目だ。

 ちなみに俺はまだ1杯目。

 お酒にはそれほど強くないし、正直味が微妙だった。

 他の残っていた客達は、エミリーいわく「寝なさーい」の鐘が鳴ると、それぞれの部屋に戻っていった。

 俺も戻った方が良いのかとそわそわしていると、ゼイルさんに「居ても構わん」と言われたのでお言葉に甘える事にした。

 残ってるのが俺達だけになると、エミリーが椅子を持って俺の隣にやってくる。


「シュンさ~ん、疲れました~……」


 疲れたと言ってる割には尻尾をふりふり楽しそうだ。

 頭をこちらに向けてきたので反射的に頭をなでなで。

 さりげなく犬耳も弄ってみた。


「エミリーがこんなに懐くなんて、珍しいというか初めて見ましたね」


 宿の受付業務が終わったのかターニアさんも食堂にやってきて厨房に近いテーブルに着く。

 そのテーブルにはいつの間にか料理が置かれている。

 これから家族の食事とのことらしく、エミリーが名残惜しそうに俺から離れ料理の元へ行った。


「あ、そうだ。バードンさん、MPってどうやったら増えるんですか? レベルが上がったら勝手に上がる感じですか?」


 もう2度とトイレでの惨状を繰り返したくないのでしっかりと確認する。


「いや、レベルは関係ないぞ? というかレベルで何かが上がったりなんて話は聞いたこと無いな。あ、スキルポイントは増えるか」


「MPは確か生活スキルとか魔法スキルをいっぱい使うと増えるんでしたよね?」


 バードンさんにお酒のおかわりを持ってきたターニアさんが補足する。

 やはり地道に生活スキルを使って増やしていくしかないみたいだ。

 せめてトイレで不自由しない程度には増やしたい。

 ちなみに皆、生活スキルだったら一日に10回は余裕で出来るらしい。……羨ましい。


「あぁ、そうそう。ずっと気になってたんだが、シュン、お前さんは迷宮には1人で入るのか?」


 バードンさんが少し真面目な顔になり聞いてくる。

 俺達の会話を聞いていたエミリーも心配そうだ。


「はい、慣れるまでは1人で探索しようと思ってます。PTパーティーメンバーは信頼出来る人をじっくり見定めて選ぶつもりです。場合によってはお金を貯めて奴隷を買う選択肢も考えてます」


 バードンさんは俺の言葉にじっと目を瞑り考え込む。

 エミリー達も気になるのか皆無言だ。

 内心そんなに危険なのだろうかとヒヤヒヤしていると、


「そうだな、無謀ではあるが……慣れるまで1、2階層にしか行かないんだったらソロでもいけるんじゃねぇか? オレ様だったら20階層の中ボスまでくらいならソロでも行けるしな! それに奴隷の事なら俺がいろいろと教えてやる!」


 ちゃっかり自慢する事も忘れないバードンさん。

 それに、奴隷の買い方とかも知っておきたいので渡りに船だ。

 奴隷を買うと言った時のエミリーの目がちょっと怖かったが……。

 俺は気になる単語があったので聞いてみる。


「中ボスってのは?」


「あぁ、そこからか。迷宮ってのは1階層毎に小ボスってのがいて、それを倒すと次の階層に行けるようになってな。んで、10階層毎に中ボスが出てくる。……ここまでは良いか?」


 うんうん頷く。

 大事な事らしいので真剣に耳を傾けた。

 気が付くと隣にはエミリーが座っている。

 話が気になったのか急いで食べてきたみたいだ。


「で、この中ボスを倒して転移魔法陣ってのを起動させると迷宮の入り口にも転移魔法陣が現れて、次からは誰でもその階層からスタートできるってわけだ! 小ボスと違って一度倒せば復活はしないから、ギルドに報告するとそれなりの報酬を貰えるぞ?」


 ちなみに報告時に水晶玉で確認されるらしく不正申告は出来ないらしい。

 全員が転移魔方陣を使えるようになるのはかなり攻略に役立ちそうだ。

 逆に考えると、そこまで恩恵があっても攻略に失敗する可能性があるという事だ。

 隣のエミリーがオレの服を震えながら握っている。

 この世界の住人なら迷宮の怖さは嫌と言うほど身に染みているのだろう。


「報酬は欲しいですけど、無理をするつもりはないですよ。死んだらそれで終わりですけど、生きて戻れば次がありますから」


 俺の言葉にバードンさんは満足そうに頷いている。

 エミリーはまだしっかり服にしがみ付いているが、震えが止まっているので大丈夫そうだ。

 すると、不意にバシッと背中を叩かれた。

 びっくりして振り向くとゼイルさんがニヤリと笑いながら立っていた。

 笑ってはいるが眼光が鋭いので逆に怖い。


「探索者になったばかりのやつは無謀になりやすいからな……。だが、お前なら大丈夫そうだ。……でもな」


 俺の耳に顔を近づけるとまるで脅しのような一言。


「娘を泣かせたら……分ってるよな?」


 恐怖に引きつった顔でブンブン頭を縦に振る。

 そんな俺達を見てバードンさんが豪快に笑っている。


「あと気になった事があるんですけど、この国にもそれなりの数の兵士や探索者が居ますよね? その人達が一斉に迷宮に突撃したら一気に攻略出来る気がしませんか?」


 俺の質問にバードンさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

 何か拙い事を聞いてしまったのか内心ドキドキ。


「いやな、この国ではないが、昔シュンが言ったような事をやった街があってな。攻略期間まであと僅かになって焦ったのか分からんが、『探索者だけに任せてはおけん』とか言いやがって、街の兵士500人で突撃したことがあってなぁ……」


 バードンさんの顔が何か怖い、かなり怒ってるみたいだ。


「知ってると思うが、迷宮には探索者しか入れねぇから500人が一斉にギルドに押し寄せて職員総出で対処したんだが、兵士の態度もあまり良く無かったらしくてな。その影響でその街では領主とギルドの仲がいまだに悪いらしいぜ。自業自得なんだけどな!」


 喉を潤すために酒を一気に煽る。

 ゼイルさんは知っていたらしいが、俺を含め他の人達にとっては初めて聞く話だったらしく皆真剣に耳を傾けている。


「で、そんな事をしてまで迷宮に突撃したんだが、ザコ戦は数の暴力で押し切ったらしいんだがな……。それぞれの階層のボス部屋には1PTパーティー最大4人までしか入れねぇからなぁ。探索者にとっては当たり前の事なんだが、どうやら領主の兵士達はろくに迷宮に対しての調べをしてなかったらしくてな。結局10階層の中ボスを倒すことも出来ずに300人近い兵士を犠牲にして尻尾を巻いて逃げ出しやがったんだとさ!」


「迷宮を舐めすぎだ……。あれはマップを把握し事前にどの魔物が出るかを徹底的に調べ上げ、信頼できるPTメンバーが揃って初めて『攻略をする』と言えるんだ……」


 バードンさんやゼイルさんの重い言葉を心に刻み込む。

 4人までしかPTが組めないことも今初めて知った。


「そういう事があってからは迷宮探索は探索者がやって、もし攻略に失敗したら国の兵士が集結して飛び出してきた魔物達と戦うってのがパターンなんだが、……最近は魔物の討伐にも俺達が召集されたりしているな」


 最後にバードンさんが締めくくった。

 その後もいろいろ為になる話を聞かせて貰ったのだが、北はどっちか、1年は何日か、ここぞとばかりに細かい事まで聞いていたら、最後にはキレられてしまった……。

 それでも、明日エルフ少女の装備を買いに行くらしく、俺も一緒に連れて行って貰える事になったので大助かりだ。

 エミリーが付いていきたいと駄々をこねたが、母親のマーサさんに窘められていた。

 頬を膨らませているので、「今度一緒に出かけようね」とフォローを入れたらすぐに機嫌が良くなった。

 「デートだぁ~」と呟いていたが、訂正はしないでおこう。

 そろそろお開きにしようと、ゼイルさん一家の皆さんにお礼を言い食堂を後にする。

 その際エミリーに朝食の時間を聞かれたので「午前1から2の鐘の間」とだけ答えておいた。

 装備を買いに行くのは午前2の鐘がなってからとの事なので間に合うだろう。


「またエミリーが作ってくれるの?」


 耳元で囁くように聞くと顔を赤くして頷いてくれた。

 「量は抑えてね?」と付け加えたらさらに赤くなって走っていってしまった。

 2階に上がりバードンさんにもお礼を言う。今日はお礼を言いまくりの日だ。

 ほろ酔いのバードンさんがエルフの少女の細い腰に腕を回しながら階段を上がっていく。

 羨ましく思いながら部屋に入りベッドに寝転ぶ。

 いろいろあって疲れが溜まってたのかお酒のせいなのか、すぐにうとうとしてしきた。

 歯磨きする気力も体力も残ってなかったので、今日はこのまま寝てしまおうと思っていたら、上の階の部屋から聞こえてくる女性の喘ぎ声が……。しかも複数。

 羨ましすぎて涙が出てしまう。


「ち……ちくしょーーーーーッ!」


 こうして俺の長い一日が終わった。



読んでくださりありがとうございました。

やっと異世界生活初日が終わりました。

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