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第20話

「祝福は……出来ません。僕は、絶対にハウエルとの結婚も婚約だって認めませんからっ」

 珍しく大声を出して、私の制止を振り切って出て行ってしまった。

 そうか……、バンビちゃんは祝福してくれないのか。

 私としては、誰よりも何よりもバンビちゃんに祝福してほしかった。バンビちゃんがキディちゃんと結婚する時には、何が何でも祝福しようと考えていただけに、僅かに裏切られたような気がして心が沈む。

 私に心があるように、バンビちゃんにも心があるのは解りきっていること。けれど、私がバンビちゃんを愛おしく大事に想っているように、バンビちゃんも私を同じように想ってくれているのだと錯覚していたようだ。

「私が行ってきます」

 追いかけたくても、追いかけられなかった私の代わりにハウエルが部屋を出て行った。

 残されたのは、キディちゃんと私だけだったが、思いのほかショックで彼女を気遣うことは出来なかった。

「随分と陛下に慕われているんですね」

 テーブルの上で結んでいた自分の手を無心で眺めていた私の頭上に振ってきた冷たい声に、我に返って見上げた。

 キディちゃんが今まで見せたことのないような威圧的な視線をこちらに投げていた。

 その程度の視線で私が怖気づくとでも思っているのか、恐らく彼女はいつもそれで人々を従わせてきたのだろう、その表情に確信のようなものが浮かんでいた。

「慕われているのかしらねぇ。本当は嫌われているんじゃないかって思えてきた。本当はハウエルの方を慕っていて、そのハウエルに私みたいな女が嫁ぐなんて聞いたから怒ってるんじゃないかって思わなくもない」

 自分で言っていてそれは絶対にないな、と即座に心の中で否定した。

 バンビちゃんが私をどの程度の想いで好いてくれているかは不明だが、嫌われてはいないだろう。それは、ここで暮らしてきた私たちの間で、考えちゃいけないことだったのだ。そんな風に考えたら、今までの全てが嘘になってしまうような気がする。それに、バンビちゃんがハウエルのことを慕っているようには見えない。どちらかと言えば恐れている節がある。

 バンビちゃんも私が弟のように想っているのと同じように、私を姉のように想ってくれているのだ。

 そうであればいいと思う。いや、そうでなければ困るのだ。

 こうやっていつまでもバンビちゃんの気持ちを違う方向へと導いて行けば、きっといつかその言葉を信じてくれるだろう。そして私も、余計なことを考えなくて済む。

 いっそバンビちゃんの結婚を待たずに、ハウエルと身を固めた方が良いのかもしれない。バンビちゃんの結婚を見届けてから、なんていうのは私の心の暴走に過ぎないのだから。

 ハウエルは気付いているのだろう。気付いていて、見ないように触れないようにしているのだろう。私と同じように。

 私の本当の気持ちを……。

「バカみたいっ。本当はそんなこと思ってないくせに。本当は全部解ってるくせに」

「解ってるよ。私はそんなに鈍感じゃないし、経験不足なガキでもないからねぇ。素直に自分の気持ちをぶつけることが必ずしも良いとは限らないんだよ、キディちゃん。相手の幸せを暗くさせてしまうような思いは必要ないんだ」

「私を子供扱いしないで」

「バカだねぇ、キディちゃん。子供扱いしてないからこうやって話しているんじゃないの。バンビちゃんがキディちゃんと結婚すれば幸せになれると思うんだよ。少し気の強いキディちゃんが引っ張ってくれればバンビちゃんは、この住みにくい王城でもやっていけると思う。バンビちゃんには、キディちゃんみたいな女の子が合っているんだよ」

 バンビちゃんにはキディちゃんのような子が合う。見た目は華奢で可愛らしく、女の子らしいキディちゃんは、きっと陰ではバンビちゃんを手の上で転がすだろう。そうやってバンビちゃんが振り回されているくらいが丁度いい。

 キディちゃんを一目見た時から感じていた。この子ならバンビちゃんを幸せに出来ると。

「それじゃ、陛下の気持ちはどうなるんです」

 キディちゃんは気付いているだろうか。自分の気持ちではなく、バンビちゃんの気持ちを大切に想っていることを。それはもう、キディちゃんがバンビちゃんを好いているからなのだ。ほんの短い間で、キディちゃんの心を掴んでしまったバンビちゃん。もともとそうやって人を惹きつけてしまう何かがバンビちゃんにはあるのだろう。

「一時的な気の迷いだよ。年上のおねぇさんに憧れる一過性のもの。だから、今は気付かなくてもいつか気づくよ。キディちゃんの良さを。キディちゃんは可愛いもの。バンビちゃんの次にだけど」

「じゃぁ、ハウエル様のお気持ちはどうなるんです?」

「ハウエルは変態だから、私が少し苛めてあげた方が喜ぶのよ。それに私がきちんと幸せにしてあげるから大丈夫。不安を吹き飛ばすくらい愛してあげるから。勿論ベッドの上でね。あっ、キディちゃんには刺激が強すぎたかな? なんなら手解きしてあげるわよ? バンビちゃんが喜ぶことしてあげたいでしょ?」

 私はバンビちゃんに何もしてあげられないのだから。あんなことや、こんなこと。色んなこと、本当は教えてあげたかった。私が時間をかけてゆっくりと舐めるように緻密に色んなことを。この手で。ベッドの上でバンビちゃんがどんな痴態を見せてくれるのか、どんな声で喘ぐのか、どんな表情で私を誘うのか、どんな風に私を愛すのか。それは、叶わぬ願いだったけれど。

「そ、そんなのいりません。私は、私のやり方であの方を喜ばせますから」

「そうだね。そうして」

 その日、バンビちゃんが戻ってくることはなかった。自室に戻り、開いた本に目をやりながらバンビちゃんを想った。最早、本の内容など頭に入ってこなかった。

 私は、バンビちゃんが好きだ。心の底から苦しいくらいに想いが込み上げてくる。こんな風に誰かを想って涙が出たことなどない。人を好きになることなどないと思っていた。私にはそんな感情はないと思っていた。

「結月様」

「ハウエル。ハウエルっ、お願い……」

 走り寄って私を抱きしめたハウエルの耳元にそっと呟いた。

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