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第18話 番外編~ハウエル視点~

 私は隣りに立つ、屈強な男に気付かれないように小さなため息を吐いた。

「これはこれは微笑ましい」

 私の複雑な心境など知ってか知らずか、隣りの男、近衛隊の隊長であるラスティードは、微笑さえも浮かべている。

「確かに微笑ましいが……」

「嫉妬か? ハウエル。お前らしくもない」

 私らしいとは一体何なのだ。彼女、結月様と出会ってから自分らしい行動が度々解らなくなる。



 私が結月様と出会ったのは、もうだいぶ前のことだ。視察の帰りに寄った町の食堂で、彼女は看板娘として働いていた。一見寂れた食堂であるのにかかわらず、彼女がいるだけでそこは温かい空間へと変貌していた。

 一目惚れだったのだろう。私らしくもなく。

 確かに結月様は万人受けする美しい容姿と隠し切れない色香を放っていた。だが、彼女はそれらをひけらかすわけでもなくどんな客にでも気さくに話しかけていた。

 王城に住まうお高く留まった女たちのような、傲慢さも身勝手さも、塗りたくった化粧の鼻につくにおいも彼女からは感じられない。

 何より私を惹きつけたのは、手で口を隠すこともしない豪快な笑い方。女がそんな笑い方をすれば、眉を潜めるものも多いだろうが、誰一人として不快に感じるものはいなかった。不快なんてものじゃない、愉快な気分にさせてくれるほどだった。

「ねぇ、あんた。お城の人? それ、格好良いね、似合ってるよ」

 普段から身に着けているこの黒い衣服を称賛された。結月様が私にかけた初めての言葉だった。

 食堂にいた人々は、私たちが店に現れた瞬間に正体を察したのだろう。私を逆なでしないようにひっそりとこちらを気にしながらも食事を楽しんでいた。誰も私たちに声を掛けようとする者はいなかった。

 私たちよりも、町の人々の方が壁を造ろうとすることがあった。身分の違い、そう一言に言ってしまえば容易いが、それだけではないのだ。

 町の人々を奴隷のように扱う一部の貴族がいるからである。貴族の全てが心無い者たちではない。だが、町の人々にとってはどの貴族も同じに見えるのだ。

 貴族に関わったら何をされるかわからない。難癖を付けられるだけならいい。攫われて奴隷にさせられたらたまったものじゃない。

 だから、彼らは私たちを遠巻きにする。

「それはありがとうございます」

「ねぇ、ちょっと立って見せてよ」

 食堂にいた人々が、結月様の行動に息を呑んだのが解る。貴族に対して無礼な物言い。下の身分のものが易々と何かを要求するものではない。それがここの常識だったのだ。

「何よぉ。勿体つけちゃって、良いじゃないよぉ」

「えぇ、構いませんよ。立つだけで宜しいですか?」

「うんとね、じゃぁね、向こうから歩いて来て、それからそこでターンっ」

 ウハッ、いいねぇ、と彼女は一人喜んでいた。

 周りの空気など、気付かないふりで。そう、彼女は周りの空気を知っていてわざと私にこんなことをさせたのだ。恐らく、彼らの常識を覆すために。偏った認識を改めさせるために。

「あんた、良い男だね。ありがとう、久々に目の保養をしたよ」

「おいおいっ、俺たちじゃ目の保養にならねえかぁ?」

「そりゃぁ、ならないよ。もうちょっと男前をあげなきゃね」

 ケタケタと笑ってあくびれる風でもなくそう言ってのけた結月様に、男たちの笑いが零れる。

「確かにあんたは良い男だよな。俺たちじゃ敵いそうにねぇや」

 今まで遠巻きに見ていたのが嘘のように、気軽に話しかけてきた。

 それからはもう無礼講だ。あんなに楽しい食事は今までにしたことがないくらいだ。私に同行していた者たちも気さくな町の人々に彼らの疲れもどこかに吹き飛んでしまったようだ。

 一瞬にしてその場の空気を変えた張本人は、我関せずといった風に忙しく立ち働いていた。

 それが、私と結月様の出会いだ。

 彼女は頭がいい。本人は教養がないと言っていた。確かにそうなのかもしれないが、頭の回転が速い。他人の顔色を窺うのに長けていて、場の空気を明るくすることにかけてはピカイチだった。そして、貴族として産まれたわけでもないだろうに、彼女の所作は美しかった。喋り方は粗野ではあったが、それ以外に関して彼女は完璧であった。そして、私はこう思っていた。唯一の欠点である喋り方も、恐らくそう繕っているだけできちんとした喋り方も出来るのではないかと。

 欲しいと思った。女としてだけでなく、人材としても。

 新しい魔王様になられたあの方に、彼女のような人がつけば、あの方も少しは心を開くのではないだろうか。

 そう考えた時から、私の彼女を手に入れる計画は始まったのだ。


「結月様の前で、私らしい自分など無意味なものだ」

「確かにな。変態なところも抑えきれてないしな。惚れてることを隠すことすらできていない。そんなお前を見れて俺は嬉しいけどな」

 幼馴染であったこの男は、私以上に私を知っている。心置きなく話せるただ一人の友である。

「苦しいんだ。結月様が陛下を想っているのは知っている。だが、それを見るのは苦しい」

「お前も普通の男ってことだ。惚れた女が自分を見てくれないのは辛い。当たり前だ。お前が今までそれを知り得なかっただけだ」

 陛下と結月様、二人寄り添って眠る姿は愛くるしい。だが、私の男の部分が二人を引き離したいと願ってやまない。

 私だけを見てほしい。私だけを愛してほしい。私だけを……。

 その願いが、届くことがないのを知っていながら。形だけの恋人になっても、体を繋げても、決して彼女は私のものにはならない。

 けれど、もう少しだけ。もう少しだけ、幻でもいい。彼女の恋人でいたい。

 彼女が自分の本当の想いに気付く日まで。その時は、彼女をきちんと手放すと誓うから。

 今だけは私のモノだと、思いたい。

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