第11話
そんなこんなで魔王様の指導係兼侍女を仰せつかったこの私。表向きは指導係であり、一部の人間にしか私がバンビちゃんの侍女もしているということは知られていない。
そもそも指導係なんていってあの女、陛下に何していやがる。
なんていう、下賤な噂を撒き散らす輩の巣屈である魔王城にいらぬ情報は流さない方がいいのである。指導係が侍女になって、ああんなことやこぉんなことをしている。だなんて滅相もない噂が立ってはいけないのだ。
私のことはいいが、バンビちゃんが私以外の誰かにとやかく言われるのは我慢ならないことだ。
「よぉ、指導係のねぇちゃん。今夜は俺の部屋で楽しませてくれよ」
男は一人ではない。2、3人が私を取り囲み下卑た笑いを隠すこともしない。私の体を舐め回すように視姦し、早くも妄想の中で着ぐるみを剥がされている頃だろう。
それにしても、こんな下品な連中がこの王城にいてもいいのだろうか。バンビちゃんの近くにこんな奴らがいるというだけで、なんだかムカつく。
「私にはあなたたちのことを楽しませることは出来るだろうけど……あなたたちのそれじゃ私を楽しませることなんて出来ないでしょうね」
ある一部を一瞥して、くすりと笑いながらそう言うと、湯が沸騰したかのように頭から湯気が出ている。
特に頭の禿げかけたおっさんの頭から出ている湯気の量が半端なく多い。ついあの蒸気でスモークつくれるんじゃないかと思ってきたとき、私の腕は力強い力で掴まれた。
その手は禿げおやじではなく、その隣にいたまだまだ髪の毛は生きているものの目が死んでるまだ老人とは言えないのに老い先短そうなおっさんだった。よぼよぼとしている外見をしているにもかかわらず、手の力は思いのほか強いものだった。
腕を掴まれるとは、私も油断をしたものだ。
「ただちにこの手を放すことをお勧めしますわ」
敢えてにっこりと優雅に微笑むば、そのことがさらにおやじたちの沸点をあげたようだった。
無理やり私を三人がかりで手近な部屋に連れ込もうとする。体で解らせてやろうなんて考えているようだけど、私が処女を失った程度で堪える女じゃないのを知らない。まあ、大人しくやられる女でもないのだが。
もう一人のおやじは、ほんの少し後ろめたさを隠しているようだ。二人に無理やり巻き込まされたとでも言いたいのだろう。が、この二人と共に行動したという時点で罪だ。
警告はした。
「仕方ないわねぇ。相手してあげるわ」
私の言葉におやじたちの手の力が緩んだ。一応掴んでいるが、それじゃ私を抑えられない。
ドレスの裾を遠慮なく持ち上げて――本当なら邪魔な部分を全部引き千切ってしまいたいが、直前でリュリュの悲しそうな顔が浮かんで断念した――、天に向かって振り上げた足を素早く横へと移動させ、体を回す。
これぞ、必殺回し蹴りっ。
三人一気に吹き飛んで行った。伊達に修羅場潜ってきたわけじゃないのだ。
「お見事ですね。色んな意味で」
「回し蹴りが? それともこの私の美脚が?」
「両方ですね。ですが、人前で足を出すのはどうかと思いますよ」
見ていたんなら助けてはどうか、ハウエルよ。終わった後に現れるとかどういうことだっ。
「いえ、あなたがどう対処するのか見てみたかったものですから」
悪びれずに笑うハウエルを睨みつけた。
別にハウエルに助けてもらうまでもなく、こんなおっさん三匹くらい一人で始末できる。それだけの腕と技能を身に付けている。そうしないと生きていけない世界でもあったのだ。無力なだけの女ならあの世界で私は死んでいただろう。強くなければ、死だけが待っていたのだ。
「ただ、あなたはもう一人で戦わなくても良いのですよ。守られても良いのです。あなたが私の手を取ってくださるなら、私があなたを守ります」
「いらないよ。自分の体は自分で守る。そうやって生きてきたんだ。これからもそうする」
ハウエルを一睨みしてその横をスッと横切っていく。
早くバンビちゃんに会いたい。バンビちゃんの戸惑った笑顔やはにかんが表情、少しばかり怯えた表情を見たい。
バンビちゃんは私が見つけた唯一の癒しなのだ。
「あなたは甘えて良いのです」
ハウエルの独り言とも取れるそんな声が耳に届く。
甘えたくないわけじゃない、甘やかされたくないわけじゃない。甘え方が解らないのだ。人はどうやって甘えているの?
人が簡単に出来ることを、無意識でしていることを私は出来ない。
日本を捨てた。そう思っていたのに、私の体は、脳は未だに日本を忘れてはくれない。
私はもう一度生まれ変わりたいのに。
「バンビちゃん、起きてぇ。起きないとぉ、イタズラしちゃうぞっ」
わざと小声なのは、勿論イタズラしたいがためだ。けれど、残念なことにバンビちゃんの寝起きはすこぶる良かった。
小声で囁いたにもかかわらず、それだけで目覚めてしまった。
私を認めたバンビちゃんは、ゆっくりと微笑んだ。ほんの少しだけ眠気を含んだそのアンニュイな笑顔は、私の何かを飛ばすには十分な破壊力を持っていた。
これはっ、このシチュエーションはっ。私にバンビちゃんを頂いてしまいなさい、と神からのお告げなのですねっ。神様っ、お告げはきっちり守りますっ。
「バンビちゃんっ。ラヴっ」
ベッドに、というかバンビちゃんに飛び乗った私は、早速その愛らしい唇を……。
「……ハウエル。邪魔すんなっ」
私の首根っこを掴んで持ち上げたのは、顔を見なくても解る、ハウエルだ。問答無用でベッドから降ろされた私は、名残惜しそうにバンビちゃんを見た。バンビちゃんも若干残念そうに見えたのは、私の希望的観測だろうか。
「変態も休み休みしてください」
「オッケー。今日は休んだから、明日なら良いってことだね?」
「そんなわけないじゃないですかっ。どうしても可愛らしい唇が必要とあらば、私の唇で我慢してください」
「イーヤー。ハウエルの唇は可愛くないから断固拒否っ。馬鹿っ、近づくな変態っ」
首根っこを掴んでいた手を解くと、その手は私を拘束した。そして、こともあろうか私の唇を奪おうと近づいてくる。
「結月さんに触るなっ」




