第10話
「結月様。おはようございます。そんなところでどうなさいました?」
おかしい。何かがおかしい。この男がこんなに笑顔を振りまくなんて。何か企んでやしないか。
顔を合わせるなり笑顔を流出する目の前の男に不信感を抱いた。
「おはよう、ハウエル。特にどうしもしないわ。バンビちゃんは?」
「えぇ、陛下は今日寝坊をされまして、もうしばらくでいらっしゃるかと……何をしてらっしゃるのですか?」
「無粋なことを聞くんじゃないよ。今ならバンビちゃんの生着替えが見えるかもしれないじゃない。それともバンビちゃんのアンニュイな表情とか。ああ、私バンビちゃんの侍女になろうかな。そしたら、寝起きのバンビちゃんを毎日見れるわけでしょ? 寝る間際までお世話できるし。ねぇ、ハウエルの力で私を侍女にしてよ」
穏やかな表情と滑らかに動く口。だが、その下ではハウエルとの攻防戦を繰り広げていた。寝室に侵入しようとする私とそれを何としても阻止しようとするハウエル。それは一見痴話げんかにも見えなくはなかっただろう。
案の定、寝室から出てきたバンビちゃんは私たちを見て驚いた顔をした。
「おはようございます、陛下」
「おはよう……ございます」
ハウエルに対して未だに恐怖心があるのか、バンビちゃんは一瞬たりとも視線を絡めようとはしない。その様を内心優越感を持って見ていた。
「おはよう、バンビちゃん。今日は寝坊しちゃったんだって? なんなら私が侍女になってバンビちゃんを毎朝起こしてあげようか?」
「本当?」
パッと広がった笑顔が朝の光よりも眩しい。目の前がチカチカしてしまうほどの喜びを少しも隠すことのないバンビちゃんはやっぱり可愛いと思う。
バンビちゃんの支度を整えた侍女はとっくのとうに部屋を辞していた。
「あの侍女の子が怖いの?」
しゅんと一気にしぼんでしまったバンビちゃんを見れば答えは明白だ。あの侍女の代わりに私がバンビちゃんの侍女になるのはいいのだが、彼女がバンビちゃんの侍女を辞めさせられたことで何らかの影響がないかそこのところが正直気になるところだ。バンビちゃん(魔王様)の侍女を仰せつかるぐらいなのだから、それなりに腕のある人、又は身分の高い人なのだろう。バンビちゃんの侍女を落とされた後同僚になにか嫌がらせを受けたりはしないだろうか。
ハウエルにもの問いたげに視線を受けると神妙に頷いた。やはりそういった侍女内でのいざこざがあるのだろう。
「バンビちゃんの侍女は今はあの子だけ?」
「ええ、あまり人数を増やすと陛下が怯えてしまわれるので」
「そう。じゃあ、あの子と一緒に私もバンビちゃんのお世話をしてはダメ?」
「駄目に決まっているでしょう。あなたが陛下の寝室に入ったらどんなことになるか……」
解っているくせに。私が本当のところでバンビちゃんを襲わないことは解っているだろう。イヤ、本当にしても良いっていうならいつでもバンビちゃんを誑かしてしまうけどね。
「陛下は結月様がいらした方が安心されるのですね?」
「はい」
ハウエルが怖いのかバンビちゃんの声は小さく震えていた。
ふるふる震えるバンビちゃん。抱きしめたい。肩を撫でてあげたい。ついでに耳を舐めて、バンビちゃんがくすぐったがるところを見てみたい。
「自分の身は自分で守れますね? 結月様は変態なんですからね」
「ちょっとぉ、何それ。私を変態扱いしないでよね。あんたにだけは言われたくないんだから」
「何をおっしゃいます。つい今しがた邪な想像をしていたのはどこのどなたですか?」
ば、ばれてる。なんでかなぁ。
うわっ、満面の笑みなのに全然可愛くない。
ハウエルにはどうやら私の妄想を覗かれているようだ。同志だから出来る技? そういえばハウエルがイヤな妄想を始めると私も解るものなぁ。そんなものなのかもしれない。
「よく言うよ。あんただって今、私とバンビちゃんを丸裸にしたでしょう? 私のは良いけど、バンビちゃんのはダメでしょうよ」
「へぇ、あなたの体は丸裸にしてもよろしいのですね?」
「別に減るもんじゃないし、妄想の中でなら剥こうが触ろうが舐めようが突っ込もうがあんたの勝手にしたらいいよ。ただし、実際にそれをしようとしたら……お仕置きだけど」
私の異変に怯え始めたバンビちゃんに比べ、ハウエルは何が楽しいんだか笑みは大きくなるばかりだ。
こいつ、絶対マゾだな。
私はハウエルをそう決定づけた。無暗に『お仕置き』だなどと発言しない方がいいのかもしれない。バンビちゃんに対してはエスっ気があるんだけど、私と対峙する時にはエムっ気をひけらかす。器用な男なのかもしれない。
バンビちゃんに向き直るとにっこりと微笑んだ。その笑顔に安心したのかバンビちゃんも笑顔を見せてくれた。
「これからはバンビちゃんの侍女にもなるよ。よろしくね」
「僕、結月さんがいてくれて嬉しい」
恐怖で凝り固まったバンビちゃんの心が開かれると、もう無条件で信頼してくれている。その安心しきった姿を見て嬉しいのだが、むくむくといけない性癖が湧き上がってくるのを止められない。
ああ、苛めたい。
「バンビちゃんの着替えもしてあげるし、それからお風呂のお手伝いもしてあげなきゃね。バンビちゃんの体を隅々まで、舐めるように洗ってあげるね」
足元から羞恥心が湧き上がってくるようにバンビちゃんの体が赤く染められていく。
バンビちゃんの服の下の肌を暴くなんてなんて楽しいのかしら。優しく私の指で洗ってあげなければきっとバンビちゃんの肌は傷ついてしまう。
洗っている途中でムラムラしてきたらそれは、私のせいではないわよね? うっかり私の手が……。なんてことになったらバンビちゃんはどんな素敵な表情をしてくれるんだろう。
「妄想が変態すぎます。私も立ち会った方がよさそうだ」
「私の妄想、勝手に見るんじゃないわよハウエル。何考えてんのよ、変態」
「あなたと全く同じことですよ。私が変態ならあなたも変態ということになりますね」
ハウエルが私と同じ妄想をしていたのなら、一番危ないのはあんたじゃないの。絶対ハウエルを浴室にいれるべきじゃないな。




