IF後日談 Side:リリア(2)
本編エピローグ終了後の後日談です。本編の後ろにおまけとして載せていたIF後日談と同じものです。
X年後に告白をする攻略対象たち、というテーマのお話ですので、恋愛要素強めです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。
こちらはリリアの後日談2話目、リリア視点です。
「エリ様、これはどうですか?」
「うん、可愛いよ」
「さっきのとどっちがいいですかねー」
「どっちも可愛かったよ」
「ちゃんと見てます!? もー……」
エリ様に買い物に付き合ってもらっているのですが、どれを試着しても「はいはい可愛い可愛い」しか返って来ないので、むくれてしまいます。
参考にならないエリ様に背を向けて、試着室の鏡に映る自分を眺め、ああでもないこうでもないと頭を悩ませます。
今着ているミントグリーンのワンピースも可愛いのですが、さっきのパステルピンクのブラウスも捨てがたい……
「次、これね」
突然試着室に入って来たエリ様が、入り口に手を掛けて身を乗り出し、服を壁の出っ張りにかけました。
顔がすぐ傍を通っていきます。
いや、近い! 近すぎます!
そしてほのかに香水の香りがします! 重めの甘い男物の香水、解釈一致です! 最高!
「靴はこれ」
「え」
心臓がばくばく言っているわたしの手に、靴が載せられます。白のミュールです。あ、可愛い。
壁に掛けられたペールブルーのワンピースも、可愛い。
「あ、あの。エリ様?」
「いや、さっきふと気づいたんだけど。今までみたいに……攻略対象としての枠を超えないように、とか過度に乙女ゲームの筋書きを変えないように、とか、一生懸命考えて行動する必要はないわけで」
「はぁ」
「君に嫌われるかどうかも考慮しなくてよくなったわけで。つまり、どういうことかというと」
「つ、つまり、どういうことかというと?」
エリ様が今まで見たことのないくらい、晴れやかな笑顔で言いました。
眩しさで眼がくらむかと思いました。35,000ルーメンくらいあったと思います。
「無責任に可愛いがれる」
「無責任に!?」
「うん。ほら、自分の子どもは躾とかいろいろ考えないといけないけど、友達とか親戚の子どもは無責任に甘やかせる、みたいな。あんな感じ」
「こ、こども……」
その言葉にショックを受けます。妹扱いから、子ども扱いに2ランクダウン、という気分でした。いや、一回うさぎを経由してますけど。
わたしのことなどお構いなしに、エリ様はご機嫌でわたしの頭を撫でています。
「そう思うと服選びも楽しくなるね。あー可愛い。千年に一度の美少女。本当に可愛い」
「うう……私が外見だけ褒められても嬉しくないって知ってるくせに……」
「だからどうした」
エリ様がふんと鼻を鳴らします。
「君が嫌がっているのを知っているから今まで言わずにおいたけれど。本来君に私の行動を制限する力はない。私にとって可愛いものは可愛い。それ以上でもそれ以下でもない。事実を言って何が悪い」
「そんな開き直り方あります!?」
「おー、怒っても可愛い。さすが奇跡の美少女」
ぱちぱちと拍手をするエリ様。いくらわたしでも分かります。完全に遊ばれています。
「も――!!!! 揶揄ってますね!?」
わたしが頬を膨らませると、エリ様はおかしそうにけらけら笑っていました。
エリ様に可愛いって言ってもらえるのは嬉しいけど、これはあんまり、嬉しくありません……。
でも、服選びにちゃんと付き合ってくれるのは嬉しいので、結局エリ様に勧められるまま、いろいろと試着したのでした。
しかも買ってくれるし……ほんとにそういうところですよ、エリ様……。
◇ ◇ ◇
「エリ様! 好きって十回言ってください」
食後のお茶を飲んでいたエリ様が怪訝そうな顔で眉を顰めます。
今日は流行りのカフェのテラス席で一緒にランチです。デートです。
エリ様は違うと言うでしょうが、わたしの中では2人でお出かけしたらデートなので。
「嫌だけど……」
「じゃあピザって十回言ってください」
「え? ピザ、ピザ、ピザピザ……」
「じゃあわたしのことは!?」
「肘」
「……あれ?」
「何がしたいんだ……」
首を傾げる私を見て、エリ様が呆れ果てた顔をします。
いや、エリ様だって肘って何ですか、肘って。
「いいじゃないですか、お遊びでくらい……」
「おっと」
拗ねていると、近くでガシャンと大きな音がしました。
驚いて思わず目をつぶってしまいます。
特に衝撃はなかったので、恐る恐る目を開けました。
わたしの顔のすぐ横に飛んできた角材を、身を乗り出したエリ様がキャッチしていました。
驚いて辺りを見渡すと、資材を乗せた荷車が倒れたようです。
「おーい! 大丈夫か!」
「ああ、気をつけろよ」
ぽいと角材を投げ返すエリ様。そしてわたしの顔を見下ろすと、優しく問いかけてくれます。
「大丈夫?」
その余裕たっぷりの表情。
突然飛んできたそこそこの大きさの角材を、いとも簡単にキャッチしてしまうカッコよさ。
それをさりげなく、押しつけがましくなく、こなしてしまうスマートさ。
そして顔が良い。声も良い。
誰ですか? 「もう好かれるような人間を演じるつもりはない」みたいなことを言った人は?
こんなの無理です。女の子はみんな好きに決まっています。
演じてなくてこれなら、もうどうしようもありません。抗えない。だってかっこいいもん。
私は顔を両手で覆うと、大きなため息をつきました。
「むり……すきになっちゃう……」
「ふーん」
エリ様がテーブルに頬杖をついて、私の顔を覗き込みます。
細められたブルーグレーの瞳が、わたしを捉えます。
エリ様は悪戯っぽい笑顔で私を見つめて――エリ様、犬か猫かで言えば、属性的には猫ですよね。ちょっと意地悪で気まぐれな表情がとてつもなくお似合いです――そしてこてんと、首を傾げました。
「まだすきじゃないんだ?」
「す!!!! き!!!!」
机に突っ伏して絶叫してしまいました。エリ様はそんなわたしの様子を見て、けたけた笑っています。
ひどい人です。お猫様に翻弄される奴隷の気分です。でも許しちゃう。何故なら尊みのかたまりだから。
ひとしきり悶えて、ダメージからなかなか復帰できないまま、私はエリ様をじろりと見上げました。
「また、そうやって思わせぶりなことして、揶揄って。ひどいです」
「ごめんごめん。打てば響くから面白くて。せっかく作り上げた外見だから、効果があると嬉しいんだよね」
最低なことを言うエリ様でした。完全に面白がられています。
紅茶を一口飲んで、エリ様が頬を膨らませるわたしを見て苦笑いしました。
「自分で言うのも何だけど、他の人と恋愛した方が絶対幸せになるよ」
「そんなこと、分からないじゃないですか」
「いや。こんなに恋愛に対する責任感もなければ覚悟もないやつは珍しいと思う」
「本当に自分で言うのも何なこと言いますね!?」
「でも事実だから」
スマートな仕草でカップをソーサーに戻します。
澄ました顔から出て来る言葉はとてもクズみが強めなのですが、所作のひとつひとつがとても洗練されているのでまるでまともなことを言っているように見えてきます。
不思議ですね。これが「お育ちの良さ」というやつなのでしょうか。
「それでも、わたしはエリ様がいいんですよぅ」
「私は君じゃなくていいからなぁ」
冷たいことを言うエリ様。本当にひどい人です。
どうしたらエリ様にわたしが良いと言ってもらえるか考えて、アピールしてみます。
「わ、わたし、呼ばれたら深夜だろうが5分でタクシー乗りますよ!」
「セールスポイントが明らかにダメ男に引っかかる女子なんだよなぁ」
エリ様の目が可哀想な子を見る目でした。アピール失敗です。
可哀想な子扱いされるくらいなら、可愛いだけの子扱いのほうが幾分マシです。
「あのね。友達として忠告するけど、君、そのまま行くと都合のいい女まっしぐらだぞ。ダメな男に引っかかってボロ雑巾みたいになる前に、そのよく分からない尽くし方をなんとかしたほうがいい」
「絶賛引っかかってますけど」
「今じゃなくて。将来の話だよ」
「エリ様がもらってくれれば問題ないです」
わたしの言葉に、エリ様がやれやれという顔でため息をつきます。
「ほら。そういうところ。もらってくれそうにない相手に縋っても、利用されるだけだよ。今みたいに」
「わたし、別に今不幸だと思ってませんもん」
「……君、Mなの?」
「どちらかと言えば」
「聞くんじゃなかった」
眉間を押さえるエリ様。
だって、しょうがないじゃないですか。
誘ったら会ってくれるし、手紙も出したら返事をくれるし。会ったら優しいし、話したら楽しいし。
何だかんだ言いながら、女の子扱いしてくれるし。可愛いって言ってくれるし。
守ってくれるし、助けてくれるし。心配してくれるし、頭も撫でてくれるし。
本当に諦めさせたいなら、突き放してくれればいいのに。
これじゃ、諦められるわけがありません。期待するなっていうほうが無理な話です。
だって会うたびに……あなたがわたしに笑ってくれるたびに、どんどん好きになっちゃうんですから。
会うたびに、一緒にいられることが幸せだなって、思っちゃうんですから。
◇ ◇ ◇
「はぁ……エリ様かっこいい……しゅき……」
公爵家でお茶をいただいているとき、エリ様の横顔を見て思わずため息が漏れました。
出会った頃に比べたら、少し髪が伸びています。顔つきもますます大人びている気がします。
透けるような金髪が冷たい青色の瞳に少しだけ掛かっていて、ミステリアスな雰囲気です。
すっと通った鼻筋、薄い唇。シャープな顎のライン、筋の浮くような首筋。
ついついうっとり見つめてしまいました。
何でしょう。最近エリ様がどんどんかっこよくなっている気がします。
恋ですか? 恋してるんですか? 誰がエリ様をそんなにかっこよくさせてるんですか?? わたしですか??
とか言ったら冷たい視線が飛んでくるのがリアルに想像できるので、言いませんけど。
あとほんとに別の人に恋してたりしたら、泣いちゃうので。
恍惚の表情でぽんやり見つめる私を見咎め、エリ様は困ったように小さく笑います。
「懲りないね、君も」
「ええ、懲りません。ずっと好きです。わたし、エリ様のことが好きです。大好きです」
わたしはえっへんと胸を張りました。
エリ様がなんと言おうと変えるつもりはありませんし、変えられる気もしません。
もうそのあたり、すっかり開き直っています。
「ですから、エリ様はそろそろ諦めてもろて! わたしで手を打った方がいいと思うんですよ!」
「わかった。じゃあ、付き合おっか」
エリ様はミルクティーを飲みながら、まるで明日の天気でも話すように、今日の夕飯のメニューを提案するように、さらりと言いました。
一瞬、理解が追いつかない。
「……はい?」
「ん?」
「い、今なんて?」
「だから、付き合おうかって」
聞き直したわたしに、エリ様が苦笑いします。
「もう根負けだよ、私の負けでいい」
「え、エリ様……?」
「結局、君と話しているのが1番楽しいんだよね。……帰って欲しく、ないくらい」
「え、あ、あの」
机に置いていたわたしの手に、エリ様の手がそっと触れました。ゆっくりと指が絡め取られます。
「君といると元気になるし、癒されるし。ずっとこうして、一緒にいられたらいいなって。思ったりするんだよ、私も」
ふにゃりと笑うエリ様。
気取っていない表情です。
最近わたしといるときに見せてくれる……嘘のない、作り笑いでも愛想笑いでもない、ちょっと困ったような笑顔です。
どきりと心臓が跳ねました。
「恋愛のことは正直よく分からないから、君の望む通りにしてあげられるかは分からない。こんなだけど一応女だから、将来のことも何も約束できない」
エリ様が、わたしを見つめました。
いつものように余裕の微笑を湛えているけれど……ブルーグレーの瞳は、少しだけ真剣なものに見えました。
「それでも良いなら、だけど」
身体中が心臓になってしまったんじゃないかと思うくらい、爆音で鼓動が鳴り響いています。
顔どころか、全身がかっと熱くなるのを感じます。血が沸騰しているかのようです。
ええと。これは夢でしょうか? わたしの見ている、都合のよい夢?
でも、わたしの指に絡んだエリ様の手は、ほのかに冷たくて、しっかりそこに存在していて。
どうしましょう。わたし、死んじゃうかもしれません。
「それとも、もうこんな女はいらない?」
「いる!!!!!!!!」
首を傾げたエリ様に、脊髄反射で返事をしました。
答えてから、はっと我に返ります。
「い、いや、いやいや。エリ様? またわたしのこと揶揄ってますよね? そうですよね??」
そうです、そんなこと、あるわけないのです。
何回振られたか分かりません。振られすぎて、とうとう幻聴が聞こえるようになったのかも。
だってそう思っていなかったら、もし信じてしまった後に冗談だと分かったら、それこそショックで死んでしまいます。
絡んだ指を解こうとしますが、思ったよりきつく繋がれていて、逃げられませんでした。
「わ、わたしの好きは、友達じゃなくて、手を繋いだりハグしたりだけじゃなくて、キスも、それ以上もしたいなって、そういう好きで」
「ふぅん」
目の前に、身を乗り出したエリ様の顔がありました。頬に空いている方の手を添えられて……ふにっと、柔らかいものが唇に当たる。
……え?
い、いま……何が?
「こういうこと?」
「ぴゎ」
「真っ赤だよ」
ふふっとエリ様が笑いました。
何をされたか理解が追いついた瞬間、一気に脳みそが沸騰します。沸騰どころか爆発です。ぼふん、と頭から煙がでるかと思いました。
「君、自分からもっと熱烈なやつをかましておいて、今日は照れるんだね」
「え」
「卒業式の日。あれ、私はファーストキスだったんだけどな」
「ヴァッ」
言われて、卒業式の日のことを思い出しました。
あの時は、本当に無我夢中で……今思い出すと、よくあそこで身体が動いたな、と思ってしまいます。
「あれ。でも、それなら、殿下が先……?」
「上書き、したのは君だろ?」
「あぅ」
「まぁ、この先がどうなのかは、私にも分からないけどね」
「この先」という言葉に、わたしはまた顔が熱くなるのを感じます。
「ほら、私処女だし、童貞だから」
身も蓋もないことを言うエリ様。そんなことを言ったらわたしだって、そうなんですけど。
赤面するわたしの顔を覗き込みながら、エリ様は、「だけど」と言葉を続けます。
「とりあえず君相手なら、CER○Bまでは大丈夫そうだ」
にやりと笑うエリ様。
ぎゅ――――んとハートを射抜かれました。
ああ、好きです。やっぱりわたし、エリ様が大好きです。
CER○CでもDでもZ指定でも、どこまでだって行きたいくらい。
わたしは勢いよく椅子を蹴って立ち上がると、わたしの手を握るエリ様の手に、もう片方の手を重ねて強く握りました。
「エリ様」
「うん?」
「行きましょう! CER○Bの向こう側へ!」
勢い込んで言うわたしに、エリ様はまた、いつもみたいに苦笑いしました。
「CER○Bの向こう側って、何?」




