IF後日談 Side:アイザック(別ルート)
本編エピローグ終了後の後日談です。本編の後ろにおまけとして載せていたIF後日談と同じものです。
アイザックだけ、エリザベスから告白するバージョンも書きましたのでアップします。
このお話だけ本編終了後1年くらいで、まだ学園在学中です。
他のメンバー相手だと、仮にエリザベスのほうから好きになったとしても彼女からは行かないだろうな……という気がしています。
(婚約解消してたり、身分的な問題だったり、義理の弟だったりするので……)
「助かったよ、アイザック。君がいなかったら卒業できないところだった」
「構わない。僕も復習になるからな」
勉強道具を片付けながら、私はアイザックに礼を言った。
物理とは一生分かり合えないと思っていたのだが、何とか最低限のことは理解できた。
これで期末試験も乗り切れそうだ。本当にアイザック様々である。
たっぷり時間を掛けて教えてくれたにも関わらず、特に見返りを求めることもない。
私はもしかして前世で彼に多大な恩でも売っていたのだろうかと疑いたくなるレベルだった。
「君、私に甘すぎないか? 私がどんどんダメになったらどうしてくれるんだ」
「その時は、責任を取って嫁に貰ってやる」
「そう? ならいいや」
「……は?」
間抜けな声がした。
顔を上げると、鞄を閉めている私の横顔をアイザックが凝視していた。ぽかんと口が開いている。
彼は何回か口をぱくぱくと開け閉めしたあと、搾り出すような低い声で言った。
「お前、今、何て言った?」
「君が貰ってくれるなら、いいやって」
「な、んで」
「なんでも何も」
彼がどうしてそんなに驚いているのか分からず、私は首を傾げた。
「私が君のことを好きだからだよ」
「は!?」
「なんだ、本当に気付いてなかったのか?」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするアイザックに、私は苦笑いする。
最近露骨なくらい彼との距離を詰めていたのだが、どうも伝わっていなかったらしい。
今日だって、ロベルトとリリアが纏わりついてくるのを蹴散らして、わざわざ2人きりになれるよう気を回したというのに。
「私なりにアピールしていたつもりなんだけど。君、相当に鈍いな」
「お、お前が言うのか!?」
アイザックが素っ頓狂な声を出した。
唖然とした顔で唇を震わせていたが、やがてはっと我に返ったように唇を引き結ぶと、眼鏡の位置を直す。
「待て。さてはまた、友達だから、というやつだろう」
「いや、まぁ友達ではあるけど」
「いつもそうだ。思わせぶりなことを言って僕を揶揄って」
こちらは至って真面目なので、「思わせぶり」とか「揶揄っている」と言われるのは心外である。
……まぁ、日ごろの行いのせいだと思うので、甘んじて受けるが。
「結婚してもいいって、そういう意味で君のこと、好きなんだけど」
「今、結婚してもいいと言ったか?」
「だからさっきからそう言ってるだろ」
「言ったな? もう逃さないぞ」
アイザックが私を見る。赤い瞳が鋭く光った。
彼は片付けかけていた鞄から、紙とペンを取り出した。
「もういい、分かった。揶揄われてやる。冗談だなどと言わせないからな」
「まぁ、いつも私は君を揶揄ってはいるけど……」
「ちょっと待て。書面を作る」
「書面!?」
何やら思ったより大事になってしまった。
私はただ、ちょっと彼に好きだと伝えてみたかっただけなのだが。
そこでふと気づく。普段友達として接しているときには特に意識したことがなかったが、私のほうが身分が上だし、結婚となれば家と家の話になる。
私も一応人望の公爵家の端くれだ。ギルフォード家のメリットを考えれば、結婚しないという選択肢はないだろう。
言葉選びを間違えたな、と思った。そういうことを考えさせるつもりはなかったのだが。
「待て、アイザック。確かに私は結婚してもいいと思っているけど、君が嫌なら無理にというつもりは」
「嫌だと? 僕が?」
ぎろりと睨まれた。アイザックの顔が怖い。何故か怒られている。
おかしい。こんなはずではなかったのだが。
「いつ、僕がそんなことを言った」
「だって、アピールしても気づいていないみたいだったから。君は私に気がないものとばかり」
「お前が言うのか、それを!?」
宇宙人を見るような目を向けられる。まったく理解できないという顔で、彼が頭を抱えた。
「いや、あの。嫌われてはいないなーとは、思っていたけど」
「お前、僕が、どんな思いで……いや、もういい」
アイザックががっくりと肩を落としている。こちらとしても彼の反応が予想外なので、対応に困ってしまった。
とりあえず、落ち込んでいるらしいので軽く背中を叩いてやる。
「……いつから?」
「え?」
「いつから、僕のことを、その」
「いつだろう。今年の夏くらい? 別に何かきっかけがあったわけじゃないけど、何かふと『あれ? そうかも?』みたいな」
「何故、黙っていた」
「すぐ伝えてみてもよかったけど……告白された側がその後のイニシアチブを握れる気がするだろう? ほら、惚れた弱みってやつで」
私が言うと、またアイザックが呆れた顔をしている。何なんだ、その顔は。
そんなことで数ヶ月無駄にしたのか、とでも言いたそうな顔だ。余計なお世話である。
彼の文句ありげな顔は見なかったことにして、軽く肩を竦めながら続ける。
「君が私のことそれなりに好いてくれているのは分かっていたから……アピールしてたら、あわよくば、君から告白とかしてくれないかなーと思ったけど……なかなか落ちてくれないし、もうすぐ卒業だし。まぁいいやって」
「……落ちている」
「ん?」
ぽつりと、アイザックが言葉を零した。
思わず聞き返すと、彼は私をまっすぐ見つめて、繰り返す。
「僕は最初から、恋に落ちていた。初めて会った、あの日からずっと」
「……は?」
初めて会った日、というと……ロベルトの誕生パーティーだろうか。
それとも、学園で初めて会った日、だろうか。
どちらにせよ、数年単位なのは間違いない。
ずっと、恋に落ちていた? そんな素振り、全然なかったじゃないか。
だが、ここで彼が嘘を言う理由はないはずだ。
さっきの彼と同じ顔をしてしまう。お前、何故、もっと早く言わないんだ。
「君、分かりにくいやつだな!?」
「お前にだけは言われたくない!」
「じゃあ何か。私たち、両想いだったのか?」
「……そうなるな」
改めて口にしてみると、何とも照れくさい。
アイザックも同じらしく、彼の頬が赤く染まっていた。……いや、散々叫ばせたり怒らせたりしたからかもしれないが。
こちらを見る彼と目が合った。彼も何か言いたげだったが、先に私が口を開く。
「自分で言うのも何だけど。その。私、あまり令嬢らしくないけれど、いいのか?」
「気付いていないとでも?」
「うん。いや、そうなんだけれど」
どう言ったものか考えあぐねて、口ごもる。
結局、良い伝え方が浮かばなかったので思ったことをそのまま言ってみた。
「ほら、この見た目が好きなんだとしたら、……がっかりするかもしれない。残念ながら、一番男らしいナニはついていない」
アイザックがぶっと噴き出した。顔を真っ赤にして私に食ってかかる。
「な、何を言い出すんだ!?」
「大事なことだろう。君がゲイで、私を男として好きだと思っている場合を考えておかないと」
「言い方が悪すぎる!」
「しょうがないだろ、良いのが思いつかなかったんだから」
私は開き直った。今更アイザック相手に気取って何になると言うのか。
「とにかく、君が女性が好きなんだとしたら女性らしくないところが問題だし、男が好きなんだとしたらナニがついていないことが問題なんだ」
「バートン」
私の言葉に、アイザックは大きなため息をつく。
しばらく眉間を押さえていた彼は、私の瞳をまっすぐ見つめて、言った。
「僕はお前が好きなんだ。エリザベス・バートン個人のことが」
アイザックの表情は、いつもの馬鹿がつくほど真面目なもので。
だけれど、僅かに緩んだその目元と、綻んだ口元に……私は彼の「気持ち」のようなものを、感じた気がした。
そんな小さな表情の変化に気づくくらい、私は彼のことを見ているんだなぁとふと再認識させられる。
何となく、気恥ずかしい。頬が熱くなった。
「き、君……ずいぶん恥ずかしいことを言うんだな」
「お前はずいぶん珍しい顔をするものだな」
アイザックは目を見開いて、物珍しそうに私の顔を見つめていた。
見られているとさらに照れくさくなってしまうので、視線を逸らす。
「とりあえず書面を作った。確認してサインをしてくれ」
「え、まだ書面作る気なのか、君」
「当たり前だ。途中で気が変わったなどと言い出されたらたまらない」
私の信用がなかった。
彼の隣に座って、渡された紙に目を落とす。
卒業後、彼の伯爵就任までには結婚するとか、正式な婚約を結ぶまでは恋人として交際するとか、やたら内容が具体的だ。
人生設計的なものを感じて、どうも彼は本当にずいぶん前から私のことを好きだったらしいと納得した。
「恋人」とか、文字にされると妙にくすぐったいのは私だけだろうか。
「この、『交際期間中、甲は乙以外との交際を禁ずる(男女問わず)』というのは……」
「お前のための条文だ」
「私、これも言わないと分からないようなやつだと思われてるのか……」
ガチで私の信用がなかった。切なくなるレベルだ。
「お前の気が変わらないうちに、正式に婚約したい。お前の都合は?」
「私の、っていうか。まず両親に話をしないと。そもそも許可なくこれにサインしていいかどうかも私には分からない」
書類を眺めて考え込む私に、アイザックがこともなげにあっさりと答える。
「そこは問題ない。お前の父上にはいつでも嫁にもらってくれと言われている」
「待て、何で君がお父様とそんな話をしているんだ!?」
「今度お前の両親と食事の約束がある。ちょうどいいからお前も来るといい」
「ああ、うん。いや、おかしいだろう。何で私が誘われる側なんだ? 何で君、私の両親と食事する約束してるんだ」
「だから言っただろう。ずっと好きだったと」
彼がそっと私の手に自分の手のひらを重ねる。
身を乗り出してきた彼の顔が、思ったよりも近くにあった。
「バートン」
彼が私を呼んだ。
至近距離で、まるでこちらを焦がすような勢いでじっと見つめられて、困ってしまう。
「ち、近いぞ、アイザック」
「この程度の距離、いつも平気で詰めてくるくせに」
「それはそうだけど!」
サインをした書類を、彼の胸に押し付けた。上体を反らして距離を確保する。
私から距離を詰めるのと、彼から詰められるのとでは事情が違う。
「待て。ちょっと、一回落ち着いて考えよう。お互い冷静になった方がいい」
「待ってもいいが」
ぎゅっと、彼が私の手を握る指に力を込めた。
赤い瞳が、私をその場に縫い付ける。
「逃がさないぞ」
◇ ◇ ◇
「アイザック、課題写させてくれ! すっかり忘れてたんだ」
「たまには自分でやったらどうだ」
「つれないこと言うなよ」
友達だろう、といつものように言いかけて、ふと思い直した
「恋人だろう」
私の言葉に、アイザックが勢いよくこちらを振り向き、脚を強かに机にぶつけた。
「っ……!」
「何やってるんだ。君、意外とドジだなぁ」
蹲る彼に、やれやれと苦笑いをして肩を竦める。
一拍置いて、教室中に黄色い悲鳴が響いた。
何事かと見渡せば、ご令嬢たちが私たちに向かって拍手をしている。
中には涙を浮かべているご令嬢もいた。一瞬友の会のご令嬢かと思ったが、「バートン様が誰かのものになってしまった!」というわけではなさそうだ。
何と言うかものすごく、祝福ムードだ。
「……アイザック? 何だ、これは」
「…………」
眉間を押さえて俯くアイザック。
その日、私はアイザックがご令嬢たちに応援されていた本当の理由を知ったのだった。
先日言いかけて飲み込んだ「お前、何故、もっと早く言わないんだ」を、口に出す羽目になった。




