IF後日談 Side:カイン
お久しぶりです。
リクエストの多かったカイン・フィッシャー先生のIF後日談を書きましたのでUPします。
本編終了後、と言っても本編がだいぶ進んでいるので、天下一武道会編から数ヶ月後ぐらいでしょうか。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。
ヨウもリクエストをもらっているのですが、多分ヨウは書くとしてもお月様の方になるだろうな……という予感がしています。
卒業式の日。
何とはなしに、最後に教室を見ておきたくなった。
最初はゲームの背景と同じだと思って感動していたそれも、いつしか当たり前のものになって……私の日常になっていた。
ゲームの期間も、それが終わってからも。濃密な時間をここで過ごしたことが思い起こされる。
結局ずっと、一番前の席ばかりだった。
「黄昏てるねぇ、若者」
ぼんやり教室を眺めていると、そう呼びかけられた。
振り向くと、フィッシャー先生が立っている。
髪はいつもよりきちんとセットされているし、中に着ている服こそ礼服だが、肩に引っ掛けている白衣はいつもと同じだ。
あまり卒業式らしくない風貌である。
先生の言葉を、肩を竦めて苦笑で躱す。
特に黄昏ているわけでもなかったが、まぁ、多少ばかりの感傷があるのは間違いない。
この学園では本当に、いろいろなことがあったからな。
先生は私の顔をじっと見つめていたが、やがて、再び口を開いた。
「……なぁ、エリザベスちゃん」
「はい」
「楽しかった? 学園生活」
その問いかけに、目を瞬く。
まるで教師のようなことを聞くものだ、と思った。
確かに彼は教師ではあるが、それは主人公を陰ながら守るための、世を忍ぶ仮の姿というか……あまりゲームでもフィーチャーされていなかった部分なので、少々意外だ。
少しばかり面食らいながらも、答える。
「まぁ、はい」
「そーかい」
私の回答に、彼はやけに満足そうに、歯を見せて笑った。
「おれもね、楽しかったよ」
白衣のポケットに手を突っ込んだまま、先生はいつもの気だるげな調子で続ける。
「エリザベスちゃんとまた会えてさ」
「私、ですか?」
「まさかこーやって、なんにも隠し事なく話せる日が来るなんて。あの日のおれに教えてやりたいよ」
あの日、というのは、先生の仕事を幼少期のエリザベス・バートンが見てしまった日、のことだろう。
相変わらずそのあたりのことはまったく覚えていないのだが……ゲームの中でも何度も回想が出てくるくらいだ。
彼にとっては重要な出来事だったのだろう。
「覚えてる? カイン兄様と結婚する、なんて言ってたの」
「……私は覚えてないんですが。お兄様によるとそうらしいですね」
「あん時はさぁ。妹みたい、っていうか。単に懐かれたのが嬉しくて」
どこか遠い目をしながら、窓の外へと視線を向ける先生。
人のことを黄昏てる、だの言っておきながら、自分も同じではないか。
こうして過去を回想することこそ、黄昏てるというやつだろう。
「まぁ、おれもね。こういう仕事だから。結婚とかそーゆーのとは縁がないし。……今にして思えば、あの時が最初で最後のモテ期だったのかねぇ」
思わずその横顔をまじまじと見た。
髪がボサボサなことを除けば、容姿は整っているし、女子生徒の中には彼に憧れている子もいる。
今だって十分にモテているのに、わざわざあの時をモテ期としてピックアップするということは、つまり……
「ちょっと、何その顔」
「いえ…….やっぱり先生は、その……小さな女の子が」
「はあ!?」
先生が素っ頓狂な声を上げた。
だがどう考えても、幼女にモテたいからこそその時期をモテ期として語っているとしか思えない。
雑魚モテしても意味がない、とかなんとか。好みの相手にモテていなければそれはモテと呼ばない、という考え方なのだろう。
何と贅沢な。
しかも相手が幼女とは。やはりロリコン淫交教師はやることが違う。
こちらを睨む彼からすーっと目を逸らしながら、当たり障りのない感想を述べる。
「いえ、いいんですよ、見るだけなら、別に」
「ちょっと、勝手に人を変態にするんじゃない」
詰め寄ってきた先生は、やがて大きなため息をついて、がしがしと頭を掻いた。
せっかくセットしてあるのに、これではいつものぼさぼさ頭に戻ってしまう。
「思い出話だよ、ただの」
「はぁ」
「……ま、年下の女の子に惚れてるって意味じゃ、あながち間違いでもないけどさ」
その言葉に、安心しかけた緊張感が戻ってくる。
結局ヤバい奴なんじゃないか。早くこの学び舎から追放すべきでは。
「エリザベスちゃん」
私の警戒を知ってか知らずか、先生が私の名前を呼んだ。
その口元にはやわらかな微笑みが浮かんでいて、瞳はやさしく細められており、一瞬変態であることを忘れてしまいそうになる。
先生は私に向かって、そっと右手を差し出した。
「卒業しても、達者でやりな」
「……はい」
ただの挨拶だと判断して、その手を握る。
まぁロリコン淫交教師であればあるほど、今の私には興味がないだろう。
私が身の危険を感じる必要はない。クリストファーは絶対に近づけさせないが。
「……こうやって」
先生が握った手を見下ろしながら、ぽつりと溢れるように呟いた。
「おれの手が血塗れだって分かってても、握ってくれるんだよな」
「え?」
「だからさ」
先生が、私を見つめる。
夜の森のような、深い緑色の瞳だ。
彼はいつも通りにへらりと笑うが、その瞳はどこか真剣な……鋭い光を灯しているようにも、感じられる。
「柄じゃないけど……やっぱ、離したくないって、思っちまうんだよなぁ」
「フィッシャー先生?」
「おれにはさ」
どういう意味かと問う私を無視して、彼は言葉を続ける。
「魔女が、お前に見えたよ」
「え?」
「あの日……魔女の姿が、お前に見えたんだ」
ぎゅっと、握手していた手を、上からさらに包み込むように、両手で握られる。
ひやりとした手のひらが、何故だか妙に、懐かしい。
もしかして、こんな風に……手を握ったことが、あったのだろうか。
「この意味、分かるだろ?」
意味。
突然握られた手に散りかけた思考を引き戻す。
魔女が、私に見えた?
あの日というのは、先生が魔女と対峙した日だろう。
あの日、あの日と簡単に言ってくれるが、無闇に指示語で話すのはやめていただきたい。
あれ、とかそれ、とかばかり使っていると脳が不活性化すると聞く。
その癖は自称おじさんが本物のおじさんになる前に直したほうがいいのでは。
真剣な眼差しに見つめられているのに気づいて、慌ててまた思考を巻き戻す。
魔女が、私に?
あの時のレイは、確か。
絶世の美女か、想い人の姿に見えるようにと認識阻害を使っていたはず。
つまり、可能性としては、先生が私のことを絶世の美女と思っているか、さもなくば……
「あの、……先生?」
「ああ待て、答えとかそういうのはいらない」
まだ理解が追い付いていない私に、先生が制すように手の平を突き出した。
そして握っていた手も離して、白衣のポケットに戻す。
「言っときたかっただけだから」
先生はまっすぐに私を見て……いつものように飄々とした様子で、へらりと笑う。
「そんじゃ、達者でな」
そう言って私の肩にぽんと手を置いた後、彼はだらしなく背中を丸めたままで歩き出した。
ぽかんとしている私を置いてけぼりにして、教室の出口へと向かう。
そしてちらりと振り返ると、こちらに向かって後ろ手に手を振った。
「卒業、おめでとさん」
その指の間には、花が挟まっていた。
私の制服の胸元に飾られていた、卒業生の証の花がなくなっているのに、そこでやっと気がつく。
出し抜かれた。
完全に気もそぞろだったとはいえ、何となく悔しい。
また今度第一師団の詰所で再戦を、と考えて……いや、どんな顔して会うんだよ、と思った。
唐突すぎる出来事にまったく理解が追いつかないのに、妙に心臓の鼓動がうるさく感じるのは……この身体が、エリザベス・バートンのものだからだろうか。
年内の更新はこれが最後?かな?と思うので、本編じゃないけどとりあえず、言っておきますね。
よいお年を!




