IF後日談 Side:???
本編エピローグ終了後の後日談です。こちらは今回初掲載です。
R18の方でリクエストの多かった近衛騎士、マーティンのIF後日談です。
他のメンバーと比べると、恋愛要素薄めです。
マルチエンディング的な、IF世界線のお話なので、もし○○が告白するとしたら……ということで、それぞれ世界線も時期も(本編終了後どのくらい後なのかも)バラバラです。その点お含みおきください。
マーティン視点です。
「……すまない。まさかここまで引っ込みがつかなくなるとは」
自分の前で、彼女はがっくりと項垂れていた。
いつもの彼女とは随分違う身なりをしているのに、仕草がいつものままなので、少々混乱する。
今日の彼女は純白のドレスに身を包み、髪型もメイクも非常に女性らしいものだ。
ご令嬢と言われても違和感を感じないその姿に逆に違和感を覚えるのだから、自分も末期だなと思った。
今日は、彼女の結婚式だった。
彼女と――自分の。
騎士団の正装を身につけた自分の姿を鏡で見る。これを着るのは、王太子殿下の立太子の式典以来だった。
一度、目の前の彼女に貸し出してはいるけれど。
北の国の王族との縁談を断るため、彼女と婚約したフリをすることになったまではよかった。
だがその後あれよあれよと言う間に物事が転がり、周囲にフリだと言い出せないまま今日に至ってしまったのだ。
うんうん唸っていた彼女が、勢いよく顔を上げる。
「よし、こうしよう。君、今から逃げてくれ」
「はい?」
「しばらくどこかに隠れていろ。その間に私が何とかする」
「何とかとは」
「何とかは、何とかだ」
胸を張って言う彼女に、呆れて開いた口が塞がらない。
それは何とかするとは言わない。行き当たりばったりと言う。
「なに、すでに一度婚約解消されている身だ。今更一度も二度も変わらないよ」
彼女は乾いた笑いを浮かべるが、どこかいつもよりも覇気がない。
思わず本音が口をついて出た。
「変わるでしょう」
「変わるよなぁ」
自分で言っておきながら、本人も無理があることを理解していたらしい。
ひとつため息を吐くと、じとりとした恨みがましげな視線を自分に向けた。
「じゃあ君ももっと一生懸命考えてくれ。これでも私は君を逃してやろうと必死で考えているんだぞ」
「自分を?」
「だってこのままじゃ、君があまりに気の毒だ」
組んだ足の上に頬杖をついて、彼女がぽつりと零す。
「さすがに無責任な私でも責任を感じる。私の方が身分も上だし、君が断れないのをいいことに、婚約者のフリをしてくれとか無理を言ってしまった」
目を伏せて話す彼女の調子は、普段の雑談とさして変わらない。
だが少し……ほんの少しだけ、普段よりも憂いを含んでいるような気がした。
「私にはよく分からないが、結婚ってやっぱり好きな人とするべきものなんだろう」
「エリザベス様」
思わず、彼女の名前を呼んだ。
その次の台詞も……まるで、ひとりでに溢れたようだった。
「自分はこのままでも良いと思っています」
「は?」
彼女が視線を上げて、こちらを見た。
くすんだ青色の瞳が見開かれて、自分を映している。
「マーティ? 何を言っているんだ、君」
「このまま貴女と結婚しても良いと言っているんです」
「今は冗談を言っている場合じゃ」
そこまで言って、彼女ははっと息を飲んだ。
そして少し声を低くして、問いかける。
「……レンブラント家の誰かに、何か言われているのか?」
「いえ」
「じゃあ、殿下とか? それとも、うちの家族か?」
「自分の意志です」
彼女の問いかけを否定する。
そこで殿下の名前が出てくるあたり、本当に人の心というものがわからないらしい。
自分のことを「乙女心の分からない唐変木」のように扱うくせして、大差ないじゃないか。
目を丸くしていた彼女が、どんどん怪訝そうな顔になっていく。
眉間を指で押さえながら、自分を落ち着けるように、もう片方の手のひらをこちらに向けた。
「待て。待て待て。おかしい、おかしいだろ、そんなの。君の意志?」
「はい」
「だって、頼んだのは私だ」
「引き受けた時から、もしものときにはこうなっても良いと思って引き受けました」
「な」
今度は口まで開け放して自分を見た。その後、魚のようにぱくぱくと口を開閉している。
いつも飄々として、人を食ったような態度をしている彼女が戸惑っているのを見ると、何となく愉快な気分になった。
「すまない、マーティ。ちょっとよく分からないんだが。それではまるで、……その。君が私と結婚、したい……みたいに、聞こえるんだけれど」
「そうですね」
彼女の言葉を、自分は肯定する。
「正直チャンスだと思っています」
「はぁ!?」
「今ここで手を離したら、二度と手に入らない気がするので」
「何が」
「利害の一致する結婚相手が」
「……は?」
彼女がぱちぱちと瞬きをする。
化粧も相俟って、ずいぶんと睫毛が長く見えた。そうしていると、普段とは別人のようだ。
女にしか、見えない。
それを意識してしまうと、少し落ち着かない心地がする。動揺を覆い隠すように、一気にまくしたてた。
「早く身を固めろだの、見合いだの、何だの。家族にあまりにうるさく言われて、正直飽き飽きしています。結婚には興味もありません。誰かの人生に責任が取れるようなたいそうな人間ではありませんし、この年で今さら惚れた腫れたをやるのも疲れます」
「それは……まぁ、分かる」
「仮に見合いをして結婚したとして、自分は腹芸が得意ではありませんし、乙女心に理解のない唐変木ですので。貴族のご令嬢とうまく暮らしていく自信はありません」
「たしかに向いてなさそうだけど」
「家がどうとか、貴族がどうとか。社交に後継ぎ、パワーバランス、親戚付き合い。そういったしがらみにも関わりたくありません」
「それは……私も同じだ」
怪訝そうな顔をしていた彼女の表情が驚きに変わり、そしてだんだんと「腑に落ちた」と言いたげなものに変化していった。
自分が何を言いたいのか、十分に伝わったらしい。
「利害が一致していると思いませんか」
「……なるほど。そういう『利害』か」
「今日が終われば、特に何も求めません。貴女が公爵家で暮らしたければそれもそのままで構いません。自分が婿入りしてもいいですし、一緒に住むのがお嫌でしたら通い婚でも構いません」
ぴくりと彼女の肩が動いた。
どうも相当公爵家から離れたくないらしい。
好きなタイプを「兄」だと答えたらしい学生時代からもう何年も経ったが、いい加減にそのブラコンは治らないのか。
「もとよりただの騎士として生きると決めた身です。貴族としての責任を求めることはありませんし、籍を入れたからといって、貴女が何かを変えなくてはならないこともありません。自分と貴女の関係も変わりません。貴女の言うところの『友人』で、それ以上の関係は求めません。『友人』としての情以外は、必要ありませんので」
「……」
彼女が、じっと自分を見つめていた。
見透かそうとするような、推し量るような……そして、不思議なものを見るような視線だった。
嘘は言っていないが、ふと不安になった。
人を欺くことにかけては、自分よりも彼女の方がよほど上手だ。
自分の中にあるーー自分すら深くは理解していないこの「何か」を、感じ取っていても不思議はない。
彼女にとって自分は「友人」であるらしいし、その関係には満足している。
ただその「友情」が、いつか別の「情」に変わる可能性があるのではないかという気持ちはあった。
一緒にいたら情が湧く。いつか、彼女が言った言葉だ。
自分がいつからか抱き始めた、名前の付け難いこの感情と、同じようなものを。
ここで手を伸ばさなければ、一生正体が分からないままで終わりそうな、それを。
彼女もいつか、自分に対して、抱くこともあるのでは、と。
黙ったままの彼女の表情を窺う。
やはり、何とも言えないような……不思議そうな顔をしていた。
しかしそれが、だんだんと笑みを堪えるようなものに変わっていく。
「エリザベス様?」
「いや、君がそんなにたくさん話すの、初めて見たなと」
「きちんと聞いていました?」
「聞いてた、聞いてた」
適当な様子で、彼女が頷いた。
普段と変わらないその口調と仕草に、妙にほっとする。
「いや、なんだろう。混乱している。そんな、都合の良いことがあっていいのか? 私にとって、都合が良すぎる。裏があるんじゃないかと思うレベルだ」
「自分にとっても都合が良いですから」
彼女が「ん」と首を傾げた。
自分も普段の調子を出来るだけ保って、応じる。
「バートン公爵家相手なら、そう文句も言われませんので」
「なるほど、それはそうかもしれない」
髪のセットが乱れるのも構わず、彼女が前髪を掻き上げた。
首の後ろに手をやって、くつくつと笑っている。
「何だ……そうか。それで、いいのか」
「ええ。少なくとも、自分は」
自分の返事に対して、彼女がちらりとこちらに視線を向けた。
その口の端はやはり、上がっている。
「情熱的な愛の言葉もありませんし、神に誓う愛も嘘っぱちです。それでも良ければ、自分は貴女と結婚しても良いと思っています。互いにメリットがあると思っています。ですが、それでも貴女が『好きな相手とすべき』と仰るなら、どうぞご随意に」
「驚いた。君は、ちゃんと恋愛とかそういうの、分かっているんだと思っていた」
「分かっていますよ。それと結婚が、同じだと思えないだけで」
彼女が、くいと眉を跳ね上げた。
いつだったか、彼女が言っていた台詞を真似て、言う。
「いくらうさぎが可愛くても、うさぎとは結婚しません」
「……それは、理解できる」
彼女がふっと噴き出した。
笑っているのを見ると、いつもの彼女と同じだな、と思った。
ドレスを着ていても、女性らしい化粧をしていても。
……そうでなくても。
彼女は、彼女だ。
「分かった。君さえ良ければこのまま結婚しよう」
「自分は構いません」
「友達のままで、いいのか」
彼女が、自分に聞くでもなく――どこか自身に言い聞かせるように、呟いた。
「何も、変えなくていいのか」
「はい」
自分は、あえて即答する。
彼女に迷う暇を与えないように。
フェアでないことをしている自覚はあった。
だが、どうしても――手放す気になれなかったのだ。
本当に友達のまま、変わらないとしても。
それでも今、彼女を逃がしてやる選択は、出来なかった。
その時点で、自分の感情の正体など、分かっているようなものだが。
「ただ目下、結婚式で誓いの口づけをする必要はありますが」
「う」
自分の言葉に、彼女が言いよどんだ。
平気で回し飲みをするくせに、平気で食器を共有するくせに、それは嫌なのか。
そのあたりは、よく分からなかった。
「フリで済ませますので」
「……分かった」
「これさえ乗り切れば自由ですよ」
自分の言葉に、彼女はふぅと一つ息を吐くと、立ち上がった。
その瞳はまっすぐに前を見つめていて、まるで戦いに赴くような表情だ。
そしてすぐにいつもどおりの飄々とした様子に戻って、「頑張るよ」と肩を竦めた。
つられて口元が緩む。
ああ、この感情の正体は、きっと。
IF後日談のお引越しにお付き合いいただきありがとうございました!
これにてこちらの後日談シリーズは完結とさせていただきます。
本編「モブどれ」の続編は、来週月曜夜から更新開始予定となっております。それまでにちゃんと書けたら。
引き続き応援のほど、よろしくお願いいたします。




