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7.柘榴色(le Rouge)【解決後編3】

「それで、あなたの答えはおしまいですか?」

 勢いづいた龍太郎に圧倒され、黙りこくっている聴衆たちの沈黙を破って、西野さんが発言した。

「ああ、親父は、サムターンを回して玄関扉の施錠をしてから、玄関の鍵は金庫へしまい、今度は金庫の鍵を手にすると、鉄棒をはずした窓から外へ出て、最後に鉄棒を所定の位置へはめてから、ブレーカーを接続し、電磁石を作動させることで、堅固な鉄格子を復旧させたのだ。

 さあて、これ以上何を付けたせと言うのやら」

 質問者を小馬鹿にするように、龍太郎が答えた。

「それではなぜ、配電盤にブレーカーが三つも取り付けられていたのでしょうか」

 西野さんも負けてはいない。

「さあな。左側にあったブレーカーを切ったら、部屋の電源は落ちて、電磁石が作動しなくなった。それでことは十分だろうと、私は冷静なる判断を下したのだがね」

 龍太郎が面倒くさそうに応じる。

「だとしたら、どうやらあんたが最初の名誉ある脱落者と、確定をしてしまったみたいだな」

 椅子にふんぞり返った堂林探偵が、皆に聞こえるように、独り言をつぶやいた。

「ふん、いまさら負け惜しみか?」

 さげすむような冷たい視線で、龍太郎が探偵をにらみ返す。それに乗じて、西野さんがさらなる追い打ちをかけた。

「鳳仁氏が遺言で記したメッセージを思い出してください。そこでは、密室構成の最終作業は、鳳仁氏みずからの手で行った、とはっきり書かれてありました。さらには、鳳仁氏の背丈が、ここにいる雀四郎君よりも低かったことも、私は伺っています」

「だからどうだというのだ。この、あばずれが……」

「ちょっとー、その、あばずれって呼び方、やめてもらえないかしらー。とーってもキズついているんですけどー」

 次々と解き放たれる龍太郎の罵詈雑言ばりぞうごんに、さすがの西野さんも、ついにブチ切れてしまった。

「あばずれをあばずれと呼んで、何が悪い。最初に見た時には、かなりの美人だから、わが社で採用をしてやっても良かろうとも考えたが、とんだ淫売女で、お前には心底幻滅させられたぞ」

 龍太郎も向きになってやり返す。

「ということは、あんたが摩耶を盗聴していた黒幕の張本人だったと、白状したことになるな……」

 堂林探偵がにやにやと笑っている。

「それがどうしたというのだ、このすけこまし野郎が」

「やれやれ、俺と摩耶が打った芝居が、温室育ちの坊ちゃんには、どうやら刺激が強すぎたみたいだな」

「芝居だと?」

「ああ、俺と摩耶は、たしかに昔馴染みの腐れ縁でつながってはいるが、毎日セックスをしていたなんてのは真っ赤な嘘だ。まあ、トータルでせいぜい三回と言ったところかな」

 堂林がすまし顔で答える。

「一回もしていません。勝手に話をねじ曲げないでください」

 西野さんが横から訂正した。

「龍兄、ここまでです。残念ながら、あなたの負けのようですね」

 麒麟丸亀三郎が、開いた手のひらをこちらへ向けながら、椅子から立ち上がった。

「貴様まで、この私を愚弄ぐろうするのか?」

「別に愚弄しているわけではありませんが、そもそもあなたのトリックには欠陥があるのですよ」

 込み上げてくる笑いをこらえるかのように、亀三郎は軽く咳払いをした。

「我が完璧なるトリックの、いったいどこに欠陥があったというのだ」

 龍太郎が顔を真っ赤にして食い下がる。

「あの部屋には、椅子とかテーブルなどの家具が一切ありませんでした。そして、親父は僕よりも背が低かった――。

 分かりませんか、龍兄。

 親父は、たとえ鉄格子がはずされて、窓にぽっかりと人が通れるほどの大穴が開いていても、あの窓から外へ出ることは体力的にできなかったのです。なぜなら、あの窓は、僕が背伸びをしても中が覗けないほど、高い位置に設置されてありました。親父にしてみれば、頭よりもさらに高くなっていたことでしょう。踏み台もないのに頭より高いところまでよじ登るなんて、五十を超えた老人にできるわざとはとうてい思えませんし、ましてや、病弱の身……」

「それでは、あの鉄格子のトリック自体が、フェイクだったと言いたいのか」

 龍太郎の肩がガックリと落ちた。

「いえいえ。僕は、鉄格子のトリック自体がフェイクだったと断定するつもりは毛頭ありません。ただ、あくまでも、親父は窓を通って外への脱出を試みはしなかった、と主張しているのです」

 亀三郎が兄貴をいたわった。

「ならば、貴様が用意した解答とやらを述べてみろ」

「では、お言葉に甘えて……」

 そう告げると、亀三郎は、龍太郎と入れ替わって、ステージ上へ悠々と進んでいった。


 コードレスのマイクを手にした亀三郎は、舞台上を歩きまわりながら、ボディランゲージを交えたプレゼンを始めた。

「皆さんもご存知のように、親父は知力を唯一の自慢に、人生の荒波を乗り切った、まことに尊敬に値すべき人物です。その親父が申しました。この密室を構成するさいごの作業は、すべて小生、麒麟丸鳳仁がたった一人で行った、とね。

 そして、これは実に意味深長な言葉でした。窓枠に設置された電磁石装置は、もちろん親父ではなく、専門業者が制作したものでしょうが、密室を構成するさいごの作業はすべて親父が一人で行ったと主張しているのですから、高い窓を通り抜ける体力を持たない親父が、窓を通って建物から脱出するという解答は、必然的に間違いでなければなりません。

 しかし、これだけの高額で大掛かりな装置を、親父が単なる気まぐれで設置したとも思えません。何か別の理由があるのではないでしょうか」

 ここで亀三郎は間を入れると、持参した緑茶のペットボトルのふたを開けて、一口飲んだ。

「ふん、格子を外した窓からの脱出が体力的にできなかったのだから、ほかに通り抜けられそうな秘密の通路が存在しない以上、あの建物は完全なる密室だった、と言わざるを得ないではないか」

 龍太郎が悪態をついた。

「いえ、あの建物は完全なる密室ではありませんでした。実際に、人が通れるほどの大穴があいている窓がありますし、玄関ドアの下にはひもを通すことが可能な細いすき間もできていました」

「たとえそんなものがあったところで、人間が通れなければ意味がなかろう」

 龍太郎が詰め寄った。

「いえ、龍兄。まだ早合点は禁物ですよ。

 たしかに、あいている窓を親父が通り抜けることはできませんが、一方で、窓があいていることで、親父は建物からの脱出を成功させることができたのです――。

 まさに、ある命題は偽なれど、その順序を逆にした逆の命題は真なり、というわけですね」

 そう言って、亀三郎はくすくすと笑い出した。


「では、僕の答えを今から皆さんにご披露いたしましょう。

 親父は、まず手始めに、玄関扉の鍵を金庫へしまい込んで、金庫に鍵を掛けました。そして、金庫の鍵をポケットに入れた親父は、次に窓の鉄格子を外します。外へ回り、配電盤を開けて、ブレーカーをおろして、窓枠の電磁石を止めました。その後、鉄格子から鉄棒を取り除き、窓は開けたままで、親父は玄関へ移動します。さらに、ポケットの中から金庫の鍵を取り出して、ポストへおさめました。

 この時点で、部屋の中にある鍵が掛けられた金庫の中には、玄関の鍵がおさめられており、その金庫の鍵が建物の外にあるポストの中に入っていて、建物の窓は鉄格子がはずされたままの状態で開いています。そして、当然ですが、玄関扉にはまだ鍵が掛かっておりません。さて、ここからが密室の創作作業となります。

 ここで小道具を用意します。それは、割り箸をもう少し太くしたような、どこにでもありそうな二本の木の棒です。それらの片方の端っこは蝶番ちょうつがいのようなもので、あらかじめくっつけて固定しておくとよいでしょう。そして、太い輪ゴムを用意して、蝶番のすぐ近くを縛ることにより、木製のピンセットのようなアイテムが出来上がります。

 そのピンセットでドアの内側についているサムターンをはさみ込み、さらに、ピンセットの輪ゴムで縛ったあたりの部分にひもをしばりつけておいて、そのひもをドアの下に開いたわずかなすき間を通して、ドアの外側へ引っ張り出しておきます。それから、静かにドアを閉めて、外からひもを引っ張ります。すると、木製のピンセットがサムターンを90度回転させて、さらにひもを下へ引っ張ることで、ピンセットはサムターンから離れ、床へ落ちてしまいます。これで、ドアに鍵を掛けることができました!」


挿絵(By みてみん)


 スクリーンには亀三郎がスマホで作成した施錠方法の説明図が投影されていた。これはのちに分かったことだが、この施錠方法はとある推理小説で用いられた有名なトリックであったらしい。

「ちょっと待ってください」

 西野さんの手がさっと上がった。

「なんでしょうか、美人のお嬢さん……」

 亀三郎がニヤリと口元を緩める。

「その方法では、ドアの鍵が掛けられても、ピンセットの回収ができません。

 ドアと床のあいだにあいたすき間はとても狭く、ひもを通すのがめいっぱいで、太い木で作られたピンセットを通すことは不可能です」

「おお、あばずれのくせに、たまには良いことを言うじゃないか。

たしかに、建物の中の玄関のまわりには、そのような怪しげなアイテムは、なにも落ちていなかったぞ」

 龍太郎も西野さんの指示に回った。

「まさにその通りです。そして、これからが僕のトリックの後半です。その木製ピンセットを回収する方法を、今から説明いたしましょう」

 亀三郎は、少しも動じる様子もなく、淡々と話を進めた。

「木製ピンセットには、あらかじめ二本のひもがしばりつけてあったのです。一本目は先ほど説明したドアの下のすき間を通したひもです。仮にこのひもを『黄色のひも』と呼ぶことにしましょう。

 そして、もう一本のひもですが、こちらは『緑色のひも』と呼ぶことにします。ピンセットとつながっている緑色のひもは、もう片方の端が小型のドローンとつながっていたのです!」

「ドローンだと?」

 龍太郎の肩がピクリと動いた。

「そうです。古き時代の申し子である親父が、最先端機器であるドローンを駆使して、アイテムの回収を行ったのですから、何とも皮肉めいた話ではないですか」


挿絵(By みてみん)


「ドローンを飛ばして、ピンセットを拾い上げ、そのまま外へ持ち出してしまえば、建物の中には何も残りません。あとは鉄格子をはめて、電磁石を作動させ、残念ながら窓のクレセント錠まで掛けることはできませんでしたが、窓をとじてしまえば、これで親父が密室と称した不可思議な状況を、合理的に説明することができます」

「ちょっと待ってください」

 またもや、西野さんが割り込んだ。

「玄関口と、廊下のあいだには、たしか、15センチほどの段差ができていました。ドローンでひもを引っ張っると、アイテムが段差にひっかかって、ひもが切れてしまいませんか」

「ふふふっ、それについては、ご心配なく。

 ドローンにつながっていた緑色のひもは、ドローンに取り付けられた巻き取り機によって、飛行前にあらかじめ巻き取られていたのですよ。だから、木製のピンセットはドローンの間際まで引き寄せられていて、ドローンが飛び立つと同時に、ピンセットもいっしょに空中へ持ち上げられて、地面を引きずられることはなかったのです。黄色いひもだけは地面を引きずられることとなりますが、そのひもが玄関の段差に引っかかってしまう心配は無用でしょうね」

 亀三郎がすずしげに返す。

「待て! 亀三郎。貴様の推理には大きな欠陥があるぞ」

 今度は龍太郎が手を挙げた。

「ほう、龍兄。なんでしょうか、僕の推理の欠陥とは?」

「知れたことだ。建物の廊下と部屋の合間にはふすまがあっただろう。いいか、よく聞けよ。密室の発見時、あのふすまは閉じていたのだよ。

 とどのつまり、貴様のドローンによる証拠アイテム回収のトリックは、実行できたはずがないのさ。もっとも、ドローンが閉ざされてあるふすまを透明人間のごとくすり抜けたとでもいうのなら、話は別だがな」

「はははっ、そんなことですか。龍兄」

 亀三郎が笑い出した。

「親父はもう一つのトリックを駆使していたのですよ。それは、建物の外から遠隔操作で開いていたふすまを閉めてしまう、というトリックです」

「外からふすまを閉めることができるだと?」

「そうです。覚えておいででしょうか。先ほど、美人のお嬢さんが龍兄に、なぜ配電盤にブレーカーが三つも設置されていたのか、という奇妙な質問をされましたよね。

 ふふふっ、おかしいじゃないですか。親父がブレーカーを三つも設置したのには、実のところ、れっきとした理由がありましてね。つまりそれは、ちょっとしたお遊びパズルを、僕たちへ提供するためだったのですよ」

「パズルだと?」

「ええ。あのブレーカーの三つのスイッチが取り付けられてありました。スイッチのすべてのオン・オフのパターンは、2の三乗で、イコール八通りあります。

 その中のどれでも一つのスイッチをオフにすれば、建物の電気が落ちてしまいますから、誰もがその発見で満足をしてしまい、スイッチのパターンを一つ一つ調べることをおろそかにしてしまいます。それこそ、親父が三つのブレーカーを設置した真の狙いだったのですよ。

 では、この図を見てください」


挿絵(By みてみん)


「お分かりでしょうか。この配電盤には二重の回線が用意されていたのです。一つは図における赤い色の回線で、もう一つは青い色の回線です。

 三つのスイッチを全部オンにすると、赤い回線がつながります。赤い回線がつながっている時には、部屋の中に電気が供給され、電磁石が作動して、鉄格子の鉄棒が磁力で頑丈に固定されます。

 三つあるブレーカーのうち一つでもスイッチを切ると、赤い回線は遮断されて、電気の供給がストップします。ところが、三つのスイッチの全部を切ると、そのパターンに限り、今度は青い回線がつながる巧妙な仕組みがなされていたのです。

 そして、その青い回線ですが、つながると部屋の電気が供給されて電磁石が作動するところまでは赤い回線と同じですが、それに加えて、もう一つとんでもない仕掛けが施されていました。それは、青い回線がつながったときに、もしもふすまが開いていれば、自動でふすまが閉まってしまう機械仕掛けです」

 亀三郎の声が会場に響き渡った。

「玄関ドアの施錠のために要した木製のピンセットは、役目を終えた時にはたしかに建物内のドアのそばに落ちていたのですが、それをドローンで回収します。その時には、ふすまはまだ開いていて、鉄格子の鉄棒ははずされ、窓も開いていました。ドローンでアイテムを窓から回収してから、親父は配電盤を操作して、いったん青い回線をつなぎ、遠隔操作でふすまを閉めてしまいます。それから、再度配電盤の回線を切って、今度は鉄格子の鉄の棒を所定の位置へはめてから、配電盤の三つのスイッチをすべてオンにして、今度は赤い回線をつなぎました。それで、鉄格子の機能は回復し、最後に親父は窓を閉めて、ドローンと回収アイテムを手にすると、その場を悠々と立ち去ったのです」


 亀三郎が説明を終えた時、聴衆たちは適当な反論もできずに、ただざわめき合っていた。龍太郎はぐうの音も出ないほど打ちのめされており、次男の虎次郎は複雑な説明に理解が追いつかなかったのか、居眠りを始めていた。僕と雀四郎は肩をすくめて縮こまっているだけだったし、頼みの西野さんはと言うと、生理痛のためか、いつもの切れが全くなかった。

「しかしなあ、たかが密室制作のために、そこまで面倒くさいことをするのか?」

 かろうじて、堂林凛三郎探偵が苦言を呈したが、歯切れは悪かった。

「おやじは今回の密室の創作にみずからのプライドをかけています。それは僕たち四兄弟とのガチンコ知的勝負です。そんな親父にとって、このくらいのトリックは、面倒でも何でもなかったのではないでしょうか」

「でもですね。木製ピンセットのはさむ力の調整は、かなり微妙です。弱すぎればサムターンを回すこともできずにはずれてしまうでしょうし、強すぎれば施錠後に地面にひっぱり落とすことができなくなるでしょう」

 西野さんが、悔しそうにぼやきを入れた。

「美人のお嬢さんがおっしゃるとおり、ピンセットのはさむ力を左右する輪ゴムの強度の調整には、それなりの試行錯誤があったことでしょう。さすがに、この短期間で、しかも道具もない悪状況では、僕の解答は、所詮は、机上の空論の段階に過ぎないことを認めますよ。アイテムを制作して実演するところまでは、残念ながらできませんでしたからね。

 かと言って、僕が提示した解答を崩すことは、残念ながら、皆さんにはできそうもないみたいですねえ」

 そう言うと、亀三郎は口元に不敵な笑みを浮かべた。

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[気になる点] 亀三郎が披露した施錠方法は「とある推理小説で用いられた有名なトリック」だそうですが、その『とある推理小説』は実在しますか。 もし実在するのなら、その作品名&作者名は何ですか? [一言]…
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