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7.柘榴色(le Rouge)【解決後編2】

 ステージの上に立った麒麟丸龍太郎は、天守閣から庶民を見下ろすかのごとく、テーブル席に会した聴衆たちへ向けて、ぐるりと視線をひと回りさせた。

「それでは、私が導き出した密室の謎の解答を、これから披露することにしよう。

 皆が承知している通り、親父が人生最後の道楽で創り出した、かのいまわしき建造物は、玄関の扉が鍵を掛けられた状態で閉ざされていて、それ以外に出入りができそうな箇所と言えば、窓が一つあるだけで、その窓は、鍵こそ開いていたものの、頑丈な鉄格子が嵌め込まれており、そこからの侵入・脱出はどう考えても不可能だった。加えて、私が調べた限りでは、建物内にどんでん返しのような秘密通路に関する仕掛けは、何一つ見つからず、さらには、玄関を開錠できる唯一無二の鍵が、室内に設置された金庫の中におさめられており、ご丁寧にその金庫には鍵が掛けられているしまつで、金庫の鍵はと言うと、これにも合い鍵は存在しないと親父はくどく断言しているのだが、建物の外にあるポストの中に放り込んであった。

 付け足すまでもないことだが、建物の外ということは、必然的に、鍵が掛かった玄関の外であることを意味しており、合理的に考えれば、建物内にいる親父が、玄関の内側からサムターンを回して扉に鍵を掛けて、室内の金庫に玄関の鍵をしまい込み、その後何らかの手段で、鍵が掛かった建物から幽霊のごとく、親父は脱出を図ったことになってしまう。まさに、密室という形容にふさわしい、異常な状況がものの見事に創作クリエイトされていたわけだ。

 しかしながら、この不可解な状況は、決してファンタジー世界における魔法によって創成されたものではなく、所詮は一人間に過ぎぬ親父が、独力で創り出したものであり、当然のことだが、そこには必ず手品のタネが残されているはずで、そいつを見つけ出せばよいことになる。

 さて、ここにお集まりし賢明なる諸君は、鉄格子以外に一見なんの変哲もなさそうな建造物の中に、親父が残したわずかな違和感、いや、痕跡と言った方がいいのかな、そいつを果たして見つけ出すことができただろうか。

 まっ先に私の気をひいたのは、窓の鍵が掛かっていなかったことだった――。

 そう。窓のクレセント錠は最初からはずれた状態となっていた。窓が開いているということは、もはやそこは密室とは言えなかろうとの意見も聞こえてきそうだが、いかんせん、窓の外側には頑丈な鉄格子が嵌められていて、たとえ窓の鍵が掛かっておらずとも、人間の出入りはできなくなっていた。

 とまあ、並みの人間ならここで思考が止まってしまい、あきらめて別の手掛かりを探すことだろう。だが、私はこの状況でさらなる疑問を考えた。

 親父はなぜ窓の鍵を掛けなかったのだろう――、という疑問だ。

 親父はなんらかのトリックを駆使して、密室を創り上げた。しかし、窓以外のルートから脱出を図ったのであれば、窓の鍵は閉めておけばよかったはずだ。なにしろ、部屋の中からクレセント錠を掛ける行為自体は、なんの造作もなくできることなのだからな。にもかかわらず親父は、あえて窓の鍵を掛けることをしなかった。いったいなぜだ?

 当初の私は、親父が窓の鍵を掛けなかった理由を、フェアプレイ精神からなされた偽善行為だったのだろうと好意的に解釈した。もし窓に鍵が掛かっていれば、我々は建物を壊さない限り、中に入ることができないばかりか、建物の中の構造を何も知る由もない状況下に置かれていた。親父の遺言では、建物を自由に壊して中を調べても良いことにはなっているが、中がどうなっているのかを知らされていなければ、闇雲やみくもに建物を破壊するしか手段がない。だが、窓の鍵を掛けずに放置すれば、窓を開けるだけで、中の様子を覗き見ることができる。それによって、我々に建物を壊す手順のヒントを提供しよう、という親父の意思が働いた結果だったと思ったわけだ。

 だが、私の脳裏に、突然、別の可能性がひらめいた。それは、密室を構成するために、親父はどうしても窓の鍵を開けておかざるを得なかった、という可能性だ――」

「ふふふっ、親父が密室を構築するために、窓を解放せざるを得なかったとは、なかなか大胆で興味深い話じゃないですか。龍兄、ぜひとも、その理由とやらをお聞かせ願いたいですね」

 途切れることなく延々としゃべっていた龍太郎の演説を、軽くジャブを入れるように、亀三郎がさえぎった。

「いいだろう。だがその前に、もう一つ私が気になったことがある。それから話を進めよう。

 私がそれに気付いたのは、今朝になってからだ。窓のトリックを解明しようと調査を始めたのだが、するとどうだろう。窓枠の下に黒い砂粒が、いっぱい落ちているではないか。だが、単に砂粒が積もっていることで、私は驚いたわけではなかった。前日に窓枠を調べた時には、そのような砂粒は、間違いなく、落ちてはいなかったのだ!

 諸君、この奇妙奇天烈な現象をどう説明したらよいだろうか?

 これだけの砂粒が一夜にして溜まったとは、とうてい考えられない。さりとて、現実に積もっていたのだから、そこに何らかの合理的な説明が必要となる。さらに、私は黒い砂粒を注意深く観察しているうちに、それが砂鉄であることを見抜いた。しかしなぜ、大量の砂鉄がこの狭い窓枠に溜まっていたのか。砂鉄といえば、思い浮かぶのは……、そうだ、磁石だ」

 得意げに不敵な笑みを浮かべている龍太郎の声が、ひときわ大きくなった。

「もうお分かりのことだろう。あの鉄格子の鉄の棒は、窓枠に設置された強力な電磁石の磁力で固定されていただけで、電源を遮断すれば、鉄棒は取り外すことができるのだ!」


「ここまで分かってしまえば、砂鉄が窓枠に落ちていた理由も簡単に説明ができる。

 そもそも親父がこの建物を作ったのは、いつのことだろう。親父がみずからの死期を悟ったのは、少なくとも半年以上は前だったはずだ。それから遺言状のシナリオを思い付き、私有地に四つの建造物を作らせた。電磁石で固定されている鉄格子は、それ自体が磁石となってしまうから、何か月ものあいだ、風に交じって飛び交う砂鉄を、磁石と化した鉄格子はことごとくひきつけていた。この辺りはとくに風が強いから、かなりの砂鉄が四六時中飛び交っていることだろう。

 そして、鉄格子に付着した砂鉄が、電源が切られたことにより、一気に窓枠へ落ちた。ということは、昨日調査を始めてから今朝までのどこかで、私は電磁石の電源を切っていたことになる。こいつが最後の謎だった。電磁石の電源を切るスイッチは果たしてどこにあったのだろう。

 大人の私が力を込めて外そうとしても鉄格子は動かなかったのだから、電磁石の力は相当なものだ。電源にはそれなりの電力が要求される。しかも、親父は死期を悟ったとはいえ、やがて死を迎えるのが半年後か三年後になるのか、予測ができないのだから、自分が死んで遺言状の謎が公開された時点で、鉄格子が機能しているためにも、電源を寿命が限られた電池バッテリーでまかなうことはとうてい考えられない。電源は間違いなく送電されている家庭用の電気であるはずだ。

 だとすれば、鉄格子を固定する電磁石のスイッチは、北の外壁に取り付けられた配電盤のブレーカーがあやしい、と想像できる。実際に私は昨日、ブレーカーを意図的に落として、ブレーカーとしての役割が機能しているのかどうかを調べていた。窓枠の砂鉄は、おそらくその時に落ちたものだろう。

 今朝になって、このアイディアを検証すべく、私は鉄格子を調べてみた。鉄格子に手を掛けて動かそうとしても、ピクリとも動かなかったが、窓枠に落ちている砂鉄を鉄格子に向けて放り投げてみると、砂鉄は鉄棒に吸い付いてしまった。これで確信を持った私は、配電盤のブレーカーを落としてから、再度、鉄格子に手を掛けて力を込めると、全部で四本あった鉄棒は、スルリとあっさり外せてしまったのだ。

 窓枠の上下幅と鉄棒の長さには、微妙なすき間ができるよう調整がされていて、外した鉄棒を元々あった格子の位置へ押し込んでやると、鉄棒は所定の位置へ収まるのだが、ある程度の太さがあるから、上下の窓枠にはさまれた鉄棒は、静かに手を放しても動くことはなかった。もちろん、この状態でちょっとでも力を込めれば、鉄棒は簡単に取り外せるのだがね。

 それから、配電盤まで行ってブレーカーを接続すると、電磁石が作動して、予想どおり、鉄棒はがっちりと固定されて、今度は力を込めても動かなくなっていた。

 いやはや、まったくのお笑いぐさだよ。

 あの建物は完璧なる密室どころか、この中で一番図体がでかい虎次郎でさえも、たやすく通ることができる大きな窓が、ぽっかりと開いていたのだからね。そして、親父が窓のクレセント錠を掛けなかった理由は、フェアプレイ精神からではなく、建物からの脱出を図るためにどうしても掛けることができなかった。これが真相だったのだ」

 そう告げると、龍太郎は高らかに笑い続けた。

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