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26.決断(後編)

 七分袖のシャツに濃いインディゴジーンズを合わせた蒼が、窓のすぐ外にいる。

 蒼は窓枠に手をつき、腕の力だけで軽々と身体を持ち上げた。

 窓をまたいで座る格好になり、「ビニール袋ある? 靴、脱がなきゃ」なんて言ってくる。

 こういうのダメなんだって! と思わないわけじゃなかったけど、今のこの状況を誰かに見られた時点でアウトだ。

 慌てて、近くにあった空のレジ袋を手渡してしまいました。差し入れが入ってたやつ。


 蒼は手早くスニーカーを脱ぐと、袋にしまい、ぴょんと中に着地する。

 私が閉める前に窓ガラスもカーテンも閉めて、それからようやく私の方を見た。


「あ、ごめん。入っていいか聞くの忘れた」

「……いや、もういいよ」


 窓越しに話すのもなんだし。

 備え付けの小さい冷蔵庫から麦茶を出し、コップに注いで丸い卓袱台の上に置く。

 「どうぞ」私が座ると、蒼もカーペットの上にあぐらをかいた。


「クッション1個しかないんだ。蒼、座る?」「いいよ、真白が使って」「私だけ使えないよ」などというやり取りの後、シンと部屋が静まり返った。


 電話をくれたってことは、手紙内容に引かなかった、ってことでいいんだよね。


 縋るように蒼を見つめると、蒼はみるみるうちに頬を染める。


「突然押しかけた俺が悪いんだけど、真白、一枚上に羽織ってくれる?」


 え?

 ああっ! そういえば、寝起きだった!

 膝丈の半袖ロングTシャツの下にはブラもつけてない。

 「ちょっと待ってて!」急いでクローゼットにワンピースを取りに行き、洗面台のところでごそごそ着替える。ついでに顔を洗って、歯磨きだけ済ませた。空気を読まないお腹がぐぅと鳴った。

 ええ~い、鎮まれ! 今それどころじゃないんだよ。


 全てを高速で終わらせ、蒼の前に戻ってくる。


「お見苦しいところを」


 ペタンと座り、深々と頭を下げた私を見て、蒼は首を振った。


「眼福だったよ。無防備な真白、すごく新鮮で可愛かった。でも、今日は我慢しないとだから」


 クリスマスにじっくり見せてね、と悪戯っぽく笑った蒼に、私も釣られて笑ったけど、笑ってる場合じゃなかった。サラッと恥ずかしいこと言わないで欲しい。


「手紙のことなんだけど」


 蒼は麦茶を一口飲み、本題を切り出した。

 手にじんわり汗が滲んでくる。


「うん」

「もしそうなら、今までのことに色々納得がいくなって、スッキリした」


 は?

 

 ポカンと口を開けた私に、蒼は優しい眼差しを向ける。


「真白は大人だなって昔から思ってたけど、実際、大人だったんだな。18歳の記憶があるって、そういうことだもんな。俺ら、すげえガキだったろ?」

「そんなことない……こともない、かな」

「やっぱり。ドイツ行きたくないってごねたのとか、今思うとめちゃくちゃ恥ずかしい」

「それを言うなら私の方だよ。あんな突っぱね方しなくても、もっと他に言い方あったのに」


 蒼がすんなり受け入れてくれたことで、今までのアレコレを話すことが出来る。その幸運に、私は目が眩むほどの歓喜を覚えた。

 蒼は苦笑しながら「だけど、あと2年で追いつく。そしたらもう年下扱いさせないから」と主張してきた。

 真っ先に気にするのがそこって、可愛すぎか!

 「今だってもう、そんな風に思ってないよ」私も負けじと言い返したけど、「どうかな?」なんて蒼はからかい混じりに答える。

 いや、本当に。

 思ってたら、とてもじゃないけど打ち明けられなかった。


「蒼と紅が、向こうではゲームのキャラクターだったって話、怖くなかった?」

「正直そのあたりは現実味薄いけど、真白が言うならそうなのかな、って」


 蒼の真白教、つよい。

 あっけに取られた私に向かって蒼は、「それより、真白がどっちを攻略しようとしたかの方が気になる」と言い募った。

 これが藪蛇やぶへびってやつですか。

 蒼は、はあ、と大きく溜息をつき、「どうせ、紅なんだろ? 最初アイツに会った時、真白の反応すごかったもんな」と拗ねたように言う。


「そんなこと、ナカッタヨ?」

「あった。見つけた、私の王子様! って顔だった」


 ……それ、直接紅にも言われたことあるっけ。

 うわあああ。恥ずかしすぎる~!


「それ以上は勘弁してください。二次元と三次元をごっちゃにしてた黒歴史を暴くのは、もう勘弁してください!」


 息も絶え絶えにお願いし、ようやく許して貰いました。

 うう、これ完全に立場逆転だな。

 

「話は変わるんだけど、気になってることあって」

 

 このままボクメロ秘話に突入するのだけは避けたい。

 私は、紺ちゃんのことを相談することにした。


「玄田のことだろ。俺も、その話をしようと思ってた」


 蒼に「何か書くものない?」と尋ねられたので、英単語の反復練習に使ってる自習用ノートとシャーペンを机から取ってくる。


「ありがと」


 蒼はペンを手に取り、新しいページに【真白】、【紺】と間を離して書き込み、それぞれを丸で囲んだ。


「二人は姉妹だった。姉妹揃って、同じ世界に転生した。しかもその世界は、二人が知ってるゲーム設定にそっくりの世界だった」


 うん、そう。


「そんな偶然って、あるのかな?」


 ……確かに、出来過ぎてる気もするけど、私の方には心当たりがない。

 ボクメロにハマってたのは私であって、花ちゃんは反対してたくらいなのだ。


「しかも主人公であるはずの真白が、知らないことが多すぎる。何もかも後出しのように分かってきてるだろ?」


 それは、こことボクメロ世界がイコールじゃないからじゃ……。

 反論したい気持ちと蒼の出した結論を早く知りたい気持ちの間で揺らぎ、私は黙って彼の言葉に耳を傾けることにした。


「真白の頭痛、玄田の咳と発熱は、無関係じゃないと思う。二人の周りで起こったことと、リンクしてるんじゃないかな。あと気になるのは、この世界が真白の知ってるゲームじゃなくて、リメイク版の方だってこと。前世の玄田が、真白より少し後に死んでること。今の玄田が、理事長攻略に拘ってること」


 蒼は言いながら、紺ちゃんの名前を二重に囲み、隣に【プレイヤー】と書き込む。

 私の名前の隣に自分と紅、美登里ちゃん、そして理事長の名前を書いて、横線で繋ぎ【登場キャラクター】と書き込んだ。


「それって、どういう……」

「思ったんだけど、実はこの世界は、玄田の為にあるんだとしたら? 玄田が、真白をこの世界に転生させたんだと仮定する。理由は本人じゃないから分からないけど、とにかくそう仮定すると」


 蒼は紺ちゃんの隣に【???】という文字を書き込み、二つの名前の間に大きなバッテンをつけた。


「前世の玄田にそんな力があるとは思えない。っていうか、普通の人間にそんなこと出来ないし。何者かに頼んだ、もしくは代償を払って取引したって流れが、物語のセオリーだよな。真白にその辺りのことを話そうとすると、何らかのペナルティがあるとか。だから詳しいことはボカすとか……考え過ぎかな」


 蒼の説明をトリガーに、今までの紺ちゃんの言動が、一瞬のうちに蘇ってくる。


 ――『私とましろちゃんが二人きりになるのを、まるで誰かが邪魔してるみたい。そうは思わない?』

 ――『私が出るのは、高校1年の青鸞学院コンクールだよ。そこで優勝して、私は必ず目的を果たすつもり』

 ――『ごめんね、大丈夫。……嫌になっちゃうね。規制が多すぎて』


 中学の夏、咳き込む前に紺ちゃんは前世の話をしようとしてた。卒業式前にも、同じことがあった。

 あれは、警告? 取り決めを破ろうとした紺ちゃんは、罰を受けて倒れたの?


 学内コンクールは1年に行われるはずだったのに、実際は違う。

 それは、私が蒼ルートに入ったから? 紺ちゃんの知らないルートに入ったから、彼女は私に黙ってヨーロッパに行かなきゃいけなくなったの? 

 全ては学内コンクールで勝つ為だとして。

 じゃあ、そこで果たされる目的って……。


 花ちゃんはいつも私に甘かった。

 花ちゃんが優先するのは、いつも私。


 ――『里香。お願いだから、幸せになって。それだけを私は願ってる。今度こそ、私は間に合ってみせるから』


 目的は、私。

 きっと、私だ。


「……ああ、どうしよう。なんで気づかなかったんだろう!」


 興奮した私が、思い出したことを順番めちゃくちゃで話していくのを、蒼が空いている余白にメモしていく。今までの紺ちゃんとのやり取りを思い出しながら、気づけば泣いていた。

 

 花ちゃんは、立ち直れなかったんだね。

 あなたを残して逝った馬鹿な妹を、どうしても忘れられなかったんだね。

 花ちゃんのせいじゃなかったのに。

 私がぼーっとしてたからなのに。


「真白」


 泣き出した私を見て、蒼が自分まで痛そうに顔をしかめる。


「どうしよう、蒼。紺ちゃんの目的って、私だ。私を諦めきれなくて、リトライしてるんだ」

「これはあくまで仮定の話だよ、真白」


 勢いよく首を振って、私は蒼に訴えた。


「紺ちゃんが主人公なんだよ。私じゃない。蒼の推理が正解だと思う」


 泣いてる場合じゃないのに、勝手に溢れてくる涙が邪魔だった。

 紺ちゃんが、いつ前世の記憶を取り戻したのかは分からない。でも少なくとも10年近く、彼女は誰にも言えない秘密を抱えて、一人で戦ってきたということは分かる。

 そんなキツいこと、出来るような人じゃなかった。

 のんびり屋で、面倒事は苦手で。

 花ちゃんは変わった。私のせいで、強くならざるを得なかったんだ。


「このまま黙って守られてるわけにはいかない。私にできることをやらないと」


 そうだ。私だって強くならなきゃ。

 じゃないと、近い将来後悔しそうで怖かった。

 不穏な予感がひたひたと胸を満たす。


「紺ちゃんが救われる道を知りたい。どうすればいいんだろ。このままじゃ駄目な気がする」

「一緒に考えよう。きっと、なんとかなる。とりあえず、今のままじゃ判断材料が少なすぎる」


 蒼はきっぱり言ってくれたことで、気持ちが少し楽になった。

 深呼吸を繰り返し、ごしごし頬を擦って涙を拭う。

 落ち着くと、昨日会ったドッペルゲンガーの仕草が無性に気になってきた。


「ちょっと見ててくれる? 私が今からやること。蒼の直感で、どう思ったか教えて」

「いいよ」

「昨日会ったトビーのそっくりさんの真似です」


 私は立ち上がり、蒼の目の前に右手を突き出し、彼がやった通りの動きを再現した。

 それから地団駄を踏み、「とりあえず、今はまだダメ。こんなのダメ!」と叫ぶ。


 蒼は目を大きく見開き、私の奇天烈な一人芝居を見ていたかと思うと「その前は?」と聞いてきた。


「その前って?」

「真白のこと見て、どんな感じだった?」

「……えっと、一番最初は『なんで?』って聞いてきたから、会うとは思ってなかったのかな。自分の身体をペタペタ触ったり、とにかく挙動不審で、途中から怖くなってちゃんと見てないけど、すごく驚いてた」


 蒼はしばらく考え込み、ノートの【???】の部分に【理事長?】と書き加えた。


「玄田がプレイヤーだと仮定して、その取引相手が理事長……。理事長のプロフィールが謎に包まれてるならそれもアリかなと思うけど、あいつの素性は確かだし。それか、何者かによる身体の乗っ取り? ……二重人格……うーん」


 ぶつぶつ呟き、必死に考える蒼が愛おしい。

 私の妄想だって切り捨てるのが普通だし、簡単なのに、こんなに一生懸命一緒に悩んでくれるのが嬉しくてたまらない。


 「別人だとは考えられないかな?」私が言うと、蒼は目を上げた。


「人を転生させられるほどの力を持ってるんだよね。すごくない? そんな人だったら、自由に姿を変えられてもおかしくないかなぁって。ここは学院だし、誰かに目撃されてもいいようにトビーの姿を取った、とかさ」

「そういう考え方もあるな」


 蒼は【理事長?】の文字に二重線を引き、【トビオ(仮)】と書き込んだ。

 トビオ!?

 蒼のネーミングセンスも私と互角だ。

 おかしくなって、思わず噴き出す。


「とりあえず、だよ」


 赤くなった蒼は非常に可愛かったです。

 いいじゃないですか、トビオ。覚えやすいし。


「トビオを見つけて、直接色々聞けたら謎がとけるかな」

「……危険がないのなら、それもいいけど」

「まずは、トビーとトビオが別人って証拠を掴みたいよね。蒼も協力してくれる?」

「もちろん」


 私たちは片手でハイタッチを交わし、『トビオを見つける会』の発足を確認した。

 どうやったらまた会えるのかは分からないけど、常に周りに気を配っておこうっと。

 見つけたら即、捕獲だ。

 頑張るぞ!


 

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