土方歳三はフランス人から見ても男前だという話
佐藤賢一は『ジャガーになった男』でデビューし、ヨーロッパの歴史物を数多く手掛け、『王妃の離婚』で直木賞を受賞、その後、沖田総司の姉の夫、沖田林太郎を主役に据えた『新徴組』など日本の歴史物も扱うようなった。佐藤賢一の作品は『小説 フランス革命』など色々読んでいるが未読も多い。『二人のガスコン』は積読だし、デュマの三代に亘る小説も手にしてない。
『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』は現実世界でダルタニャンとも呼ばれた男が主人公だ。
幕末、フランス式で軍隊の近代化を進めたいと幕府から請われて来日したフランス軍事顧問団の一人、砲兵中尉(作中大尉に昇進する)ジュール・ブリュネは、大阪城二の丸で鳥羽伏見の戦いで敗走してきた兵士たちを目撃する。ブリュネの傍らには通訳の田島金太郎――発音が難しくて「ジッタロウ」或いは美少年ゆえデュマの小説『三銃士』にちなんで「アラミス」と綽名を付けて呼んでいる――がいる。
敗走してきたサムライの一人が何やら大声で叫び、やおら脇差を抜いたかと思ったら髷を切り落とした。サムライはブリュネに迫る。ブリュネはアラミスに何と言っているか尋ねる。このサムライは、もう刀槍の時代ではない、今までの戦い方では駄目だ、全て洋式に改めると主張している。
『「この俺に戦争を教えてくれ」
そう続けたとき、男は目に悔し涙のようなものまで浮かべていた。
ジッタロウを介して、ブリュネは尋ねた。
「名前は」
「土方だ。土方歳三」
「イジカタ?」
「違う。ひじかた、だ。ひ、ひ、ひ、ひじかた、としぞう」
「ああ、イジカタさん、ネ」』
ブリュネは最後までHの発音抜きで土方を呼ぶ。土方歳三は現在の東京都日野市の出身、生粋の江戸っ子とは言えないし、自分の苗字だから「ひ」を「し」と発音しなかっただろう。イジカタと呼ばれる度、「ひじかただってんだろ」と反応してしまう。ブリュネは土方の容姿に驚く。
『歳の頃は同じくらいか。まず瞠目させられたのは日本人には稀なくらいの美男である点だった。東洋人らしく目元は涼しげでありながら、まっすぐ筋が通る鼻は高く、頬骨から口元にかけては低く、フランス人が顔という場合に思う立体感を、きちんと備えた顔なのである。』
新撰組副長を仲間の仇と狙う新政府軍の兵士たちも土方の顔を知らないなりに、『「役者のような優男だ。ちょっと意外なほどの優男を探せ」』なんて声を出している。
写真が残っているのは強みだなあ。伊庭八郎も役者のように佳い男と言われているが、写真がない。
先に取り上げた宇江佐真理の『アラミスと呼ばれた女』の地の文で、伊庭八郎を美男子、土方歳三は人目を引く容貌をしていると述べているが、主人公のお柳が榎本釜次郎以外の男はモブ扱いなので、影が薄い。『ラ・ミッション……』に伊庭八郎は出てこない。その分、土方の登場は目立つ。
ブリュネは駐日フランス公使の許にいる軍人であるから、フランス公使ロッシュ、その後任ウートレー、共に旅してきたフランス陸軍、海軍の仲間たちがいる。徳川慶喜や勝海舟にも会っている。横浜の伝習所での教え子たち、榎本武揚、大鳥圭介と語り合い、日本人女性富とも親しみを深める。
タイクン政府が倒れ、ミカド政府が成立し、タイクン政府から要請を受けてきたヨコアマの伝習所は役割を終える。しかし、タイクンのケーライたち、東北のダイミョウたちはサッチョウ擁するミカド政府に抗戦する意思を持ち続けいている。「ブリュネセンセイ」と自らを慕い、頼りにされ、かれらを見捨てられない。またサッチョウの裏にいるイギリス政府の思惑、そして日本を清のようにイギリスの片棒を担いで略奪させていいものか。
かくてブリュネとその心意気に賛同する仲間が、公使ウートレーの目を逃れて脱走し、榎本武揚たちと行動を共にする。
仙台に到着したものの、奥羽越列藩同盟は崩れつつあり、一行はなお北に向かう。エゾの地に転戦し、箱館、五稜郭に詰める。エゾ共和国政府を作り、地歩を固めようと努力する榎本たちだが、開陽丸が沈み、軍事力の低下が否めない。イギリス海軍がミカド政府に付き、エゾの攻撃にまで参加しようとすると、ブリュネは情報を得る。これでは射程の長い大砲で、軍艦から五稜郭は狙い撃ちにされる。イギリス海軍は砲撃のみ、白兵戦はまるでできないから、そこに勝機を見いだせないか。作戦を実行しようとするが、やはりミカド政府にいるのもサムライたちなのだ。白兵戦を臆さない。海軍力で差を付けられ、陸戦もどこまで持つか危うい。フランス人士官たちも負傷した。ブリュネは苦渋の決断をする。
アコダテの地を去ろうとするブリュネたちフランス人士官たちはデュプクレス号に乗せらせた。ブリュネはヨコアマに戻り、ウートレー公使に停戦の仲介をしてもらおうと交渉する気だったのだが、艦はサイゴンに向かうと艦長が告げた。
『「アコダテに向かえ」……
「このまま帰国するわけにはいかない。調停ができないなら、私は戦場に戻らなければならない。ひとりでも多くのサムライたちを救わなければならない」』
このまま帰国すれば、外交を危うくしたと反逆罪で軍法会議にかけられ、処刑もあり得る身、覚悟の上だ。
ブリュネは知らないが遠い祖国フランスで、ブリュネの行動はフランス人の鑑と、皇帝ナポレオン3世を喜ばせた。ブリュネは帰国後一旦予備役となったが、普仏戦争に従軍している。
当時の国際情勢、外交問題も交え、植民地にはならなかったにしても、日本の国土が一部割譲、或いは租借地になり得たかも知れないと不安視する、当時を生きた人間の危機感が伝わる。
土方歳三、馬から落ちて落馬して、髪の毛を麦酒で脱色するらしい。
引用は『ラ・ミッション 軍事顧問ブリュネ』(佐藤賢一 文藝春秋)から。




