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榎本武揚を愛した女

 子どもの頃、『ワンワン三銃士』なるアニメ番組があった。デュマの『三銃士』を原作にした内容で、登場人物は犬を擬人化したキャラクターになっており、何故かミラディだけが猫だった。子ども向けだからマイルドになっていたが、アラミスはプレイボーイっぽかった。昭和から平成に元号が変わる辺り、NHKで『アニメ三銃士』を放送していた。割と人気があった覚えがある。この番組ではアラミスが男装の麗人だった。『ダルタニャン物語』の中で、「ヒロイン」扱いされるコンスタンス・ボナシューが未婚女性にされるのは子ども向けでよくあるが、アラミスの設定は珍しい。

 発表時期はその後だが、宇江佐真理の小説、『アラミスと呼ばれた女』(潮出版社、講談社文庫)は、アニメ番組ともデュマの『ダルタニャン物語』とも一切関係ない。

 幕末物を取り扱う際、映像作品だと配役の関係なのか、国際関係を出すとややこしくなるからなのか、あまり外国人の役が出てこない。戊辰戦争は内乱の一言で済まされないのだが、わたしもここで論じられるほど詳しくない。しかし、薩摩は薩英戦争のあとイギリスとしげく遣り取りしているし、幕府側はフランスと外交上の行き来をしていた。軍備を整え、西洋式の軍隊を作り上げようとそれぞれに交渉して、軍人を招き、教えを受けていた。会津と庄内がプロイセンのビスマルクに北海道の開発地と引き換えに協力を願い出ていたが、丁度普墺戦争と普仏戦争の戦間期で、ビスマルクは明確な答えを避けた。

 宇江佐真理は、戊辰戦争でフランス人士官に付いた通訳に男装した女性がいた(らしい)、フランス人士官ジュール・ブリュネが日本人通訳のスケッチを残しており、それにアラミスとあだ名を付けていた、そんなところから発想した話が『アラミスと呼ばれた女』だ。

 田所柳(たどころりゅう)は江戸の生まれだが、(かざり)職人父の田所平兵衛が江戸に来るオランダ人商人の依頼で細工物を作っているうちに外国語での遣り取りを覚え、幕府側は人材の不足から平兵衛を通詞(通訳)として召し抱え、平兵衛は家族ともども長崎に移り住んだ。お柳は長崎にすっかり馴染んで言葉も長崎訛り。外国への興味があり、父が帰宅すると外国語を教えてもらう毎日で、父のように通詞になりたいと願っていた。そこへ江戸にいた頃父が懇意にしていた御家人の榎本家から二男の釜次郎が長崎の海軍伝習所に学びにやって来る。一人暮らしの無聊から釜次郎は田所家に来て、平兵衛と酌み交わす。お柳は釜次郎と親しくなり、次第に想いを寄せるようになっていく。やがて釜次郎は長崎を去り、平兵衛は攘夷を叫ぶ者に斬られて命を落とす。お柳は母のたみと二人で生きていく為に江戸に戻り、習い覚えた三味線で芸者になって糊口をしのぐ。

 ある晩、お座敷に向かうとなんと釜次郎がいるではないか。釜次郎はお柳に気付く。釜次郎はお柳が外国語、なかでもフランス語を忘れていないのを知り、力を貸せと言ってきた。


「芸者は仕舞だ。榎本武揚のお抱え通詞になれ」


 お柳は慕っていた釜次郎からの頼みと、女は通詞になれないと言われていたのにその願いが叶えられると、夢心地になる。しかし、釜次郎は現実に引き戻す。


「男の恰好してくれ。女を役人に雇えない」


 小柄なお柳は父の形見の服を纏って、横浜に行き、フランス人の宿舎で寝泊まりしながら通詞と世話係を務めた。フランス人の砲兵中尉のジュール・ブリュネからお柳はアラミスと呼ばれる。『三銃士』の登場人物の一人からと言われても、元の話を知らないお柳はピンと来ない。ブリュネから己のスケッチを見せられ、本当の自分はこんな貧相な姿をしていない、と嘆く。

 大政奉還、鳥羽伏見の戦い、江戸無血開城、上野彰義隊、目まぐるしい変転があり、幕府が無くなれば、横浜の伝習所の役割も終わる。お柳の仕事も終わるかのように思えた。だが、ブリュネは本国の命令に反して、釜次郎たちと行動を共にすると決めた。お柳もまた男装のままブリュネと釜次郎に付いて、仙台、箱館と行動を共にする。

 榎本釜次郎には妻がいると解っていながら、お柳は釜次郎への想いを消せないし、釜次郎も縋ってくるお柳を突き離せない。

 徳川の大勢の家臣が食い詰めないように、蝦夷地を開拓して暮らせるよう、新しい国を造りたい。釜次郎とその仲間たちは奮戦するが、敗色が濃くなり、遂にフランス人士官たちも箱館を離れざるを得ない日が来た。

 箱館戦争を経て、お柳、釜次郎のその後の人生は続く。命令に背いたフランス人士官たちもまた同様だ。伊庭八郎、土方歳三は死して名を残したが、生き残った者たちは生き残った者たちで果たさなければならない意地が残る。榎本釜次郎、武揚は幕臣出身ながら明治政府で働き、足跡を残した。

 通詞は裏方仕事、芝居でいえば黒衣、お柳の名前は残らない。

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