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決闘裁判

「決闘裁判」の言葉を初めて目にしたのは少女漫画雑誌から。当時購入していた秋田書店の「別冊プリンセス」で青池保子の「アルカサル―王城―」の外伝「天使(アンヘラ)の飛翔」で、外伝のヒロイン、アンヘラが不義密通と夫殺しの罪で夫側の親族から訴えられ、ヒロインは無実を訴えるも、夫側の親族は決闘裁判で決着を着けようとする。ヒロイン側には決闘に出てくれる者がおらず、有罪にされてしまいそうになるが、ここで国王ドン・ペドロが名乗りを挙げる……。

 単行本で初出を確かめてみたら、1994年とあった。ありゃまあ! 三十年近く経ってた……。

 当時は知識がなくって、中世は裁判でもなんでも決闘するのかと感じただけだった。勿論そんな程度のものではない。

 物語を書く上で決闘について調べていて、『決闘裁判』(山内進 講談社現代新書)など読んだ。通常我々がイメージする「決闘(デュエル)」と名誉や生命を賭けているのは同じでも、手袋を投げた、受け取っただけで即成立する代物ではない。原告と被告が双方とも譲らず、法廷で判定できず、和解も受け入れず、正しい者に神の加護があるのだからと行われる一種の神判。きちんと審議を経なければならず、お互い神に誓って戦うので、負けたら有罪で、決闘で生き残ったとしても死刑になる。

 アメリカ映画の『最後の決闘裁判』が公開されている。基になったのは十四世紀フランスで実際に起きた事件。詳しい史実については早川書房から『決闘裁判 世界を変えた法廷スキャンダル』(エリック・ジェイガー著 栗木さつき訳)が刊行されている。

『決闘裁判 世界を変えた法廷スキャンダル』は歴史の考証の本で、小説ではない。時代背景や舞台となった地域、当事者たちジャン・ド・カルージュとジャック・ル・グリがどんなふうにあるじに仕え、交友を持ってきたかが綴られている。もう一人の当事者のジャン・ド・カルージュの妻マルグリットについての叙述は少ない。多くの歴史上の女性と同じく、娘、妻の立場からの記録であり、彼の女自身のことはよく解らない。読み書きはできなかったようだ。

 十二世紀のフランスのルイ7世王妃、のちのイギリスのヘンリー2世王妃のアリエノール・ダキテーヌが唱えたらしい優雅な騎士道恋愛、宮廷風恋愛は映画の中にはかけらもない。そもそもアリエノールの「愛の宮廷」で恋愛と結婚は相容れないものだったらしい。恋愛の情熱や相手を魅了する立ち居振る舞いは、義務や契約とで縛られ、子孫を育む目的の結婚とは別物とするようだから。

 ジャン・ド・カルージュがマルグリットを妻にしたのは、最初の結婚で子を得たものの、妻もその子も失い、跡継ぎを得る必要があったし、マルグリットには多くの持参金を期待できたから。ジャン・ド・カルージュは頑張って戦奉公しているが、大した戦果を得ていない。対して、ジャック・ル・グリは初めは聖職者を目指していたが、従騎士として働くようになる。アランソン伯ピエールに二人とも仕え、一方は覚えは悪く、もう一方は信頼を得て順調な生活。

 映画は国王臨席で決闘が行われようとする場面から始まる。その後、「ジャン・ド・カルージュの真実」、「ジャック・ル・グリの真実」、「マルグリット夫人の真実」が描かれ、結末の決闘へと再び戻る。黒澤明の『羅生門』がこの映画の宣伝文句の中にあった。視点が違えば見方感じ方が違うし、記憶のされ方も違う。『羅生門』と違って、夫の目の前で妻が凌辱されたのではないので、ジャン・ド・カルージュは様子のおかしい妻から事情を告白され、「あなたを守れなかった私が悪い」と優しくもカッコいい台詞を口にする。「あの男に報いを」と言う妻に「勿論だ」と同意する。

 ジャック・ル・グリは同僚の出産祝いの席で初めてジャンの二番目の妻の姿を見る。若く美しく、映画の設定では読み書きが出来て、本も読める。粗野なジャンには不釣り合いに見えた。マルグリットに読書の話題を出すと、朗らかに答えてくれた。ジャンが出掛け、マルグリットが一人で留守番しているときに口説きに行った。彼の女は口では断り、逃げ出すが、靴が脱げたのは受け入れてくれた合図のようだし、まるで部屋に案内するかのようだ。追い掛けて、捕まえて、マルグリットは激しく抵抗するが、押し倒してモノにした。「お互い激情に溺れた。秘密にしておこう。もしジャンに話したらあなたは夫に殺される」と言ってその場を去った。しかし、マルグリットは夫に話し、ジャンはジャックを訴えた。あれは(ジャックからすれば)情事だったはずじゃないか。人妻である貴婦人が積極的な態度をできないだけじゃないか。(ああ、書いていて胸糞悪い)

 マルグリットは父の決めた相手と結婚した。年齢が離れていて、相手は父と持参金でもめるし、早く跡継ぎが欲しいとはっきり言ってくる。夫婦の行為は義務にしか見えない。姑とは仲良くするのが難しいが、夫が戦で留守にしている間の領内経営はしっかりやっている。むしろ夫より自分の方がしっかり領民の面倒を見ている。夫の友人の出産のお祝いについていって、夫がライバル視しているらしいジャック・ル・グリに会った。本の話をしてきたので返事をした。宴の席でのガールズトークで、ジャックは女性問題の噂が絶えない、でも夫がいなかったら相手にいいかも、なんて言い出す人たちがいる。話の流れの中でジャックは美男だけど、信用できないと言っておいた。夫がパリに出張し、姑が嫌がらせのように使用人全員を連れて出掛けてしまった。一人で留守番をしていると、訪問者が来た。ジャックは愛していると言い、迫ってきた。マルグリットは全力で逃げ出す。階段で靴が脱げ、もう大慌てで逃げ、部屋の扉を必死に閉めようとしたが、追いついたジャックが扉を抑えて入ってくる。ぐるぐる回るように追いかけっこになるが、遂に担ぎ上げられ、寝台に放り出され、押さえつけられる。必死に抵抗し、悲鳴を上げ続けたが、男の暴力に屈するしかなかった。

 夫が帰ってきて起きた出来事を伝えると、夫から首を絞められかけた。嘘ではない、と必死に訴えると、「奴をお前の最後の男にはしない。来い」と言うのだった。夫ジャンは親族にジャックを訴える、ピエール伯はジャックの味方だから、国王に直接裁可を願うと伝える。

 裁判で原告になるのはマルグリットではない。妻は夫の保護下にあるもので、ジャンがジャックに名誉を損なわれたと訴え出ることになる。

 マルグリットは証人として証言を求められるのだが、酷いとしか言いようがない。マルグリットは更なる屈辱に耐える。マルグリットはジャンもジャックも自分の名誉を守ることしか頭にないと悟りながら、既に引き返せない場所まで来てしまったと事件を訴え続ける。こんな大事になるのなら、ほか女性たちと同じく黙っていればよかったと夫に後悔を伝えずにいられない。もし決闘裁判にジャンが敗北すれば、ジャックが無罪、ジャンが命を落とすだけでなく、マルグリットも偽証の罪で火あぶりになるのだ。やっと子どもが、それも男児が生まれたばかりなのに。

 フランス国王シャルル6世は決闘裁判を許可する。

 鎖帷子やら甲冑やら、重装備に身を固め、馬に乗り、男たちは戦いに臨む。マルグリットは黒衣に身を包み、決闘場で鎖に繋がれる。決闘場も、場外も人が押し掛け、緊張感が漂う。神はどちらに力を与えるのか。

 歴史上の出来事としても、人それぞれの真実は違うものだと考えてみるのも、中世の戦闘の荒々しさを鑑賞するのもありの映画だった。

 男性、特に二人のあるじであるアランソン伯ピエールからすると、ジャン・ド・カルージュは猪突猛進のくせに禄に戦果はない、地代の払いは悪いのに頑固者で自己主張だけは一人前で顔を合わせるとうんざりする、それに比べてジャック・ル・グリは一時期聖職者を目指していただけあって読み書きは達者で滞っていた地代の徴収をしっかりやってくれた、話も合う、女好きは玉に瑕だが、これは俺も同じだからな、といった感じになる。これもまた対比の一つだろう。

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