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『フランケンシュタイン』が誕生した陰で その一

 映画『メアリーの総て』、『ゴシック』、『幻の城』の内容に触れます。

 中野京子の『怖い絵3』(朝日出版社)に、メアリ・ウルストンクラフトが想いを寄せたと言われるフュースリの絵、『夢魔』が紹介されています。寝台に仰向けになった女性が寝台から半ば落ちるようにのけぞり、女性の上に不気味な夢魔の姿が描かれています。

 フュースリのこの絵は、『ディオダディ館の幽霊会議』の狂乱の一夜を描いたケン・ラッセル監督の映画『ゴシック』に出てきます。滞在する屋敷に絵があるのです。ヒロインのメアリが眠っていると、寝相の悪い義姉妹のクレアが体に頭を乗っけてきて、同じような構図になり、メアリは夢の中でうなされます。

 最近観た映画『メアリーの総て』でもフュースリの『夢魔』がバイロン卿の、ディオダディ荘にあります。『夢魔』をじっと観るメアリとバイロンの会話。

「この絵に興味がある?」

「母の初恋の人の絵だわ」

「あなたのお母さんは有名な作家だ」

「母の行状ばかり有名だわ」

 娘の将来の為に結婚しても、両親のそれに至るまでの話題に事欠かないので、娘は母の話題に複雑な思いがあるでしょう。

 キリスト教の道徳観が強い中で内縁関係を続けて子を産んだり、無政府主義者と結婚したりと、自由な思想に基づいて良識に挑戦し続け、女子にもきちんとした教育が必要だと声を上げてきた存在の大きな母。偉大な母の存在は死後もずっと娘に付いて回ります。

 何よりも母の死は、自分の誕生が原因なのです。メアリは母への尊敬と罪悪感を抱きながら生きています。

 ハイファ・アル゠マンスール監督の『メアリーの総て』は墓地でノートに何か懸命に綴っている少女の姿から始まります。

 雨に降られて慌てて家に戻ると、継母から見付かります。

「店番もしないでまた墓地に行っていたのね。わたしは帳簿付け、妹は家事をしているのに、あなたは何をしてるのかしら」

 ゴドウィン家は街の小さな本屋です。本屋を営みながら、文学や思想を語り合い会を催している、そんな場所。メアリは与えられた環境から読書をし、自分で怪奇小説を書くのが趣味なのです。継母は先妻の子が女の子なのに、著述を試みようとするのが気に入らず、自分の娘ばかりが家事の負担をしていると気に入らない様子。父のゴドウィンは娘に母の面影を見、読書や作文に反対しませんが、作品に対してはっきりと言います。

「物真似に過ぎない。自分の言葉で書くんだ」

 父はメアリが継母と衝突して息苦しい生活をしていると、スコットランドに住む友人に預けることにします。父の友人の家で、同年代の娘と仲良くなります。ある夜の宴会で、若い詩人のパーシー・B・シェリーが招待されて、やって来ます。二人は惹かれ合います。その夜は作ってきた詩を朗読する予定だったのですが、シェリーは即興で美女の詩を読みあげます。

 恋の予感。

 しかし、実家からクレアが病気だと報せが来て、メアリは大急ぎで帰ります。ところが、クレアの病気は仮病、メアリのいない寂しさと退屈から布団を被っていたのでした。

「次はわたしを置いていかないで」

「ええ、一緒に行きましょう」

 シェリーはロンドンに来て、ゴドウィンに弟子入りしたいと申し出てきました。事情を知らないゴドウィンは知識を授けられる、継母は収入源と喜びます。合間を見ながらメアリとシェリーは親交を深めていきます。

 メアリとクレアが家の近くを歩いていると幼い女児の手を引く若い女性が現れます。

「あなたがメアリ・ゴドウィン? わたしはシェリーの妻です。夫に近付かないで」

 落ち着かない様子から家人に悟られ、クレアが母に問い詰められて白状してしまいます。

「もうシェリーさんは出入り禁止よ。母が母なら、娘も娘」

 シェリーはメアリに妻がいるのを話さなかったのを謝り、もう愛が無い、愛しているのはメアリだけだと言います。メアリはシェリーに夢中なのですから、そう言われれば、十六歳、その気になっちゃいます。父のゴドウィンにもシェリーは訴え、あなただってかつては自由恋愛を訴えていたじゃないですかと、痛い所を突いてきます。ゴドウィンは二人の仲を許さないと、聞き入れません。

 メアリは家を出ていく決意です。クレアも連れていってくれと、一緒に出てきます。シェリーと待ち合わせて、三人、おんぼろの貸間みたいな所に転がりこみます。

 愛があれば何も要らない、とはいえ雲か霞を食べて生きていけません。メアリは生活に追われます。シェリーは今回の駆け落ちで父から勘当されて、仕送りが無くなったと、文無し。詩作で売れて、それで食べていけるほどじゃなかったのです。たまには気晴らしに行こうよ、と研究され始めた電気で死んだ蛙を動かしてみるショーに連れていってもらいます。クレアはその場に居合わせた詩人のバイロン卿に近付きます。

 シェリーは臨時に収入があった、家政婦付きのマシな所で暮らせるよと言って、引越しします。メアリは妊娠していました。シェリーの友人に紹介され、その友人がシェリーの留守中に訪問し、メアリに言い寄ります。メアリは怒り、追い返します。それをシェリーに訴えるのですが、シェリーは不思議そうにしています。

「恋愛は自由だ。君だって好きにしたらいいんだよ」

「わたしにはあなたしかいないわ!」

 もうその友人を家に来させないと約束しました。その後メアリは女の子を出産しました。生後一ヶ月くらいの頃、突然シェリーが慌てて、この家を出ると言い出しました。

「債権者がやって来る。逃げるんだ」

「この子熱があるのよ」

 夜だというのにどんどんと激しく扉を叩く音。雨の降る中、前のおんぼろな貸間に逃げ込みます。

 空っぽの揺りかご。

 赤ちゃんは亡くなりました。大きな喪失と絶望。慰められてもメアリの心は石のようです。クレアとシェリーは、メアリを一人にして自由恋愛を実践している模様。でもクレアが提案します。

「スイスのレマン湖の近くにバイロン卿が滞在しているから、そこに行きましょう。わたし、バイロン卿とお付き合いしているの」

 と、言うことで、三人はスイスのバイロン卿の所に行きます。

「スイスの別荘にいると伝えたが、来てくれとは言っていない」

 とバイロン卿は言いました。

「義妹の勘違いでしたらお詫びします」

「いえ、歓迎しますよ」

 バイロン卿はシェリーに軽く唇を合わせるキスをし、シェリーも驚きつつ、受けます。バイロン卿はクレアではなく、メアリに手を差し伸べます。ケン・ラッセル監督の『ゴシック』ではガブリエル・バーン、ゴンザロ・スアレス監督の『幻の城』ではヒュー・グラントがバイロン卿を演じていましたが、『メアリーの総て』のバイロン卿、(やに)っこい感じ。ガブリエル・バーンとヒュー・グラント、タイプは違いますが、二人とも端正な美男。(『ゴシック』も『幻の城』も三十年くらい前の映画です)肖像画からして脂っこい方があっているのかも。バイロン卿の側にいる男性が、主治医のポリドリと紹介されます。

 さて、このポリドリ医師、『ゴシック』ではバイロン卿に心寄せる同性愛者に描かれ、『幻の城』では監督がスペイン人の所為か、スペイン人(或いはスペイン系)、恋愛のカップルからも、文学談義からも仲間外されにされているように描かれています。『幻の城』ではメアリから、「あなたはわたしの弟のよう」と言われて、「私はあなたより歳上です」と必死になって言い返していました。

『メアリーの総て』のポリドリ医師はベン・ハーディが演じています。純情そうで可愛いような、やっぱりバイロンの侍医というより恋人なのだろうか。微妙な感じ。

 この面々では「幽霊会議」が行われるのか、不思議な気がしてきました。

 ごめんなさい。まだ続きます。

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