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モチーフとしての『ギリシア神話』

 二十年近く前だったでしょうかNHKの衛星放送で舞台の録画を放送していました。演目は蜷川幸雄演出の『グリークス』、「第一部戦争」、「第二部殺人」、「第三部神々」と三部構成、トロイア戦争をモチーフにしたギリシア悲劇や叙事詩を組み合わせて、イギリスの演劇人が構成した戯曲を舞台化、上演したものでした。

 毎晩一部ずつ放送、全三部をぶっ通しで見ると約九時間。演じる方も観る方も根性が必要そうです。

 この戯曲を構成したイギリス人、シェイクスピアの薔薇戦争を題材にした史劇を組み合わせて上演したこともあり、こちらはそれを観た英文学者さんによると十三時間くらいあるそうな……。

『グリークス』の内容は「プロローグとアウリケのイピネゲイア」、「アキレウス」、「トロイアの女たち」、ここまでが第一部、次が「ヘカベ」、「アガメムノン」、「エレクトラ」の第二部で、戦場以外での殺人が演じられます。第三部が「ヘレネ」、「オレステス」、「アンドロマケ」、「タウリケのイピネゲイア」とデウス・エクス・マキナの神様たちが出てきます。つーか、もっと早く出てきて愚かな人間の所業をなんとかしてやってくれれば、こんな悲劇はなかったのにと思います。「アキレウス」の部分がホメロス原作で、後はエウリピデス、アイスキュロス、ソフォクレスとギリシア悲劇でお馴染みの作者の名前が並びます。

 神々から見ればちょっとした自慢や判断の過ちは人間の傲慢であるからと、厳しく罰せられるべきものなのか、それは必然で逃れられないのか、人は知恵があるのにどうして感情的に、そして欲望にとらわれて愚かな行動をするのか、太陽の下、新しきは無しの物語です。

 拙作の連載物では十九世紀のヨーロッパを舞台としていますが、その頃のパリで流行りの作曲家がオッフェンバックです。作中ではオッフェンバックの作曲の喜歌劇『ジェロルスタン女大公』の観劇をしています。その前にも主人公は別の劇場で喜歌劇を観劇しています。発表自体はもう少し前なのですが、同じオッフェンバック作曲で大人気だったという『地獄のオルフェウス』をイメージしていました。

 ぢつは、オッフェンバックの音楽って最初はよく知らなくって、色々調べていました。1867年のパリでの万国博覧会では、各国の貴賓が『ジェロルスタン女大公』を観ていて、タイトルロールの女性歌手が大人気だったとか。

 しかし、日本で現在オッフェンバックの音楽で知られているのは、『地獄のオルフェウス』、日本では『天国と地獄』のタイトルで知られています。『天国と地獄』とタイトルを出せば、あああれか、と思い出す方もいらっしゃるかと思います。フレンチ・カンカンのカンカン踊りに使われる曲と申しましょうか、「文明堂のカステラ」のCMに使われる曲です。

 オルフェウスが出てくるのに何で喜歌劇かいうと、十九世紀の世相を写しているとでも申しましょうか、オルフェウスとエウリデケのご夫婦、それぞれ愛人がいて、妻が死んでもオルフェウスはちっとも悲しくない、しかし、世間の声に押されて、愛する妻を生き返らせてください、冥府に赴く破目になるのです。エウリデケはエウリデケ、現世に顔を出して愛人になっていたハデスの本拠地の冥府に来たのはいいものの、すっかり退屈しています。オルフェウスの訴えを聞いたゼウスが蠅(!)に化けてエウリデケを見に来ます。ゼウスはエウリデケを気に入ります。そんでもってのドタバタです。

 夫婦ったって、それぞれ愛人がいる、上流階級を皮肉りながらのお笑い劇、明るく軽快な音楽で展開していきます。

 オルフェウスと聞いて連想するモチーフを転化しちゃった面白い例でしょう。

 ジャン・コクトーの映画『オルフェ』はまた別の味わいがあります。死の王女と王女の運転手と、新しい登場人物が出てきます。妻を見てはならないと条件を付けられて、妻は現世に一旦戻りますが、オルフェが妻を見ないようにと運転手が生活に密着してここに妻がいると注意してくれます。

 果たしてこれでいいのか、夫は死の王女に心惹かれているのではないのか、妻のユリディスの心は揺れます。

 美男美女と自己犠牲を描く、現代から見ると特殊撮影がちゃちいと言われそうですが、詩人のイマジネーション溢れる作品です。

 先日ラジオを聞いていましたらば、「クイーン」の曲『ボヘミアン・ラプソディ』の話をしていました。『ボヘミアン・ラプソディ』はお聞きになった方はお解りかと思いますが、六分くらいの演奏時間、アカペラ、バラードやオペラ、ロックと呼ばれるパートに分かれています。で、ラジオのMCが、「オペラパート、オペラパートと言いますが、本職のオペラ歌手の方はどう思われているのか、訊いてみました」と、錦織健へのインタビュー。

 錦織健が「クイーン」の曲をカバーしている歌声をバックに、こんな話をしてくれました。

「『ボヘミアン・ラプソディ』の元ネタだと思う作品があります。シュトラウス作曲の『ナクソス島のアリアドネ』です。この曲を練習していて、練習なのでオーケストラではなくピアノ伴奏で、メロディが流れて、あっこれは! と気が付きました。

 アリアドネがテセウスにナクソス島に置き去りにされて、嘆いている所に道化師たちが現れて、慰めようとしている場面なんです。道化師の一人の名前がスカラムッチョで、英語ではスカラムーシュです。

 ヨーロッパの都市では三年に一回くらい上演される演目ですから、フレディ・マーキュリーも観ていたでしょう」

 などなど、熱く語っていました。錦織健、『機動戦士ガンダム』の特集番組でも熱く語っていましたので、好きな作品が沢山あるのでしょう。

『ナクソス島のアリアドネ』って、これもギリシア神話がモチーフですね。今は便利なことに、検索してみて粗筋や曲をyoutubeで視聴できます。わたしは道化師たちがアリアドネに歌い掛ける場面を観てみました。

 う~ん、そう言われて観ればそうかも知れないけれど、といった感じで、(伴奏がオーケストラの所為か)ピンと来ませんでした。ごめんなさい、フレディ。

『ボヘミアン・ラプソディ』の作曲に、ギリシア神話モチーフの歌劇がヒントにあったかも知れないと想像すると、またいとをかし。

 参考

 『グリークス 10本のギリシャ劇によるひとつの物語』 ジョン・バートン/ケネス・カヴァンダー編・英訳 吉田美枝訳 劇書房

 『シェイクスピア・オン・スクリーン シェイクスピア映画への招待』 狩野良規 三修社

 『絶景、パリ万国博覧会』 鹿島茂 小学館文庫

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