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紫色の髪をした少女が目に留まった。前髪が眉にかかるぐらいで綺麗に揃っており、肩にかからないほどの短い髪はおろしたままだ。
その子の言葉で騒いでいた女の子たちは気まずそうに口を閉ざした。
彼女はそれだけ言うと、試験会場へと足を進めていった。
カッコいい子……。誰だか知らないけれど、ありがとう。
私は心の中でお礼を呟き、試験会場へと軽い足取りで向かった。
筆記試験は楽勝だった。
……多分、満点なんじゃないかしら。すぐに解き終えちゃったし。
答案用紙が回収された一時間後ぐらいに結果が出る。これで半分以上落ちるらしい。……あのテストに落ちる人なんているのか? って思うけど、いるようなのだ。
このために王宮から人が集められる。他の仕事を一時中断して、この試験の丸つけに入る。もちろん、不正がないように王宮で働いている者たちだけで行われる。
王宮で働いているということは、多くの厳しい審査を通った人たちばかりだから、その点は安心できるのだろう。正誤を正確につけて、一時間後に通過発表!
そう、三次試験まであるというのに、丸一日で終わらしてしまうというのが、入団試験の凄いところだ。これだけの志願者がいても、この短い時間で全て終わらせることができるのは、王宮で働く多くの人たちが一丸となっているからだ。
……今頃、答案用紙を見ている人達は全神経を丸つけに注いでいるんでしょうね。なんだか滑稽ね。年に一度の大イベントだわ。
そして、私たちはこの試験会場で一時間待っているだけ。
何していてもいい。喋っていても、寝ていても、家から持ってきたご飯を食べていても……、基本的には自由だ。
「ルナさん、ですよね?」
私がぼーっとしていると、急に声をかけられた。
天然パーマなのか、髪がクルクルしている赤毛の青年だ。初めて見る顔だ。そばかすがどこか幼さを感じさせる。
私は彼を訝し気に見つめながら「そうだけど……」と頷く。
声をかけるなオーラをめちゃくちゃ放出していたつもりだったけれど、効果がなかったみたい。
「あの……、家族の件、すごく残念です。……お悔み申し上げます」
「……ありがとう。……それだけ言いに来てくれたの?」
「いえ。あの……自分は……、えっと、初めましてですよね。すみません、いきなり声なんてかけてしまって」
モジャは少し慌てた様子でブツブツとそう言っている。
ちなみに、モジャ、というのは今私が勝手に名付けた。髪がもじゃもじゃしているからモジャ。
「会ったこと……ないわよね?」
確認するように、私はそう聞いた。
もしかしたら、忘れているだけかもしれない。
「いえ、一度だけお会いしたことが……」
私が忘れているだけだったわ。
会ったことがあったみたい。…………気まずいわね。
ここは素直に覚えていない雰囲気をしっかりと醸し出しておこう。変に「あ!」とか思い出したふりなんかしてしまえば、後に自分の首を絞めることになる。
「覚えていませんよね」
「ごめんなさい。いつお会いしたかしら?」
「数年前、噴水広場で」
…………本当に思い出せない。
「自分がハンカチを落として、それをルナさんが拾ってくださったんです」
これは思い出せるわけがない。
「そうだったかしら」
とりあえず、思い出そうとしている感じは出しておこう。




