68
「こんにちは」
リックは小さな声でそう言って、口を閉ざした。
嫌われているわけじゃなさそう。本当に人見知りなのだろう。
そんなことを考えていると、侍女が食事を運んでくる。最初にジョルジの席に置いて、次はナタリー、ジョルジ、リック、私。
「ようやく仕事が終わった」
渋い声が聞こえた。丁度、ジョルジが部屋に入って来る。
背が高く、端正な顔立ちだ。まさに魅力的な大人の男性。当時、ナタリーが一目惚れした理由がなんとなく分かる。
……にしても、大工に見えない。
「客人か?」
ジョルジは私に気付く。私はすぐさま立ち上がり、自己紹介をした。
「ルナ・グレイディと申します」
「あの事件は誠に残念だった。……ゆっくりしていってくれ」
意外と普通……!?
一気に緊張が緩む。優しい対応だ。もっと、厳しいことを言われるのかと思った。……そっか、まだ「ここに住ませてください!」なんてことを言ってないからだ。
私たちは特に緊迫な空気になることもなく食事を始めた。
ああ、どうしよう。このままだと絶対に言うタイミングを逃す。…………けど、どうやって切り出す?
そればかり考えていて、全く料理の味が分からない。
「リチャード、ちゃんと勉強は進んでいるか?」
「はい。父さんの言われた範囲はもう終わらせました」
「そうか。お前は俺の跡を継ぐのだからな、その自覚をしっかりと心に刻んでおけ」
身を固めろと言っているように聞こえた。私なんかと遊んでいる暇はないぞ、と。
「あの」
私はここで切り出した。全員の視線は私へと注がれた。
思いのほか、緊張する。心臓の音が早くなるのが分かる。私は精神統一のために深呼吸をした。
…………ダメだ。効果ない。
なるようになれ、という勢いで口を開いた。
「私をここに少しの間だけ泊めていただけませんか?」
私がそう言った後、一気に食卓は静まり返った。
こんな緊迫した晩御飯、嫌すぎる。みんな、ごめんね。
私は心の中で謝りながら、ジョルジの返答を待った。彼は微動だに表情を変えないせいで、何を考えているのか分からない。
この時間、本当に身がもたない。忍耐力が培われそうだ。
自力で王子の隣までの道はかなり険しく、気が遠くなるほど長いだろうな、と改めて実感した。
ただの平民が王子の隣など夢を見過ぎているのかも知れない。それも女だし……。
でも、ここで引けない。後戻りはできないのよ。




