076 さらば友よ
俺は、海面に叩きつけられる。
どうやったのかよく分からないが、生涼は海面との接触時も俺をかばってくれたようだ。
だが、そんな程度で衝撃が、すべてなくなるわけじゃない。
意識を失いかけるも、なんとか持ち直した。
水中でもがく間に、右腕は自分の物に戻る。
自由になった右手で水をかいで、水面へと顔を出した。
「よう。今のすごかったな。さすがだよ」
強烈な日差しの下、グラサンヒゲモジャ男の手が伸びてくる。
「木野か?」
「ああ、俺だけじゃないぜ。俺には、あんな波の中で船を操るなんてできない」
「おーい、津神〜!」
屋形船に引き上げられた俺に、聞き覚えのありすぎる声がかけられた。
2階の操舵室から顔だけを出したのは、いつもの変態だった。
「御室! なんで、お前が?!」
「涼、話は後だ。御室、すぐに離脱してくれ。ゴジモンにゴジモンブレスを使わせる!」
「ラジャー! キャプテン!」
「え? キャプテン?」
御室は、知覚強化(中)の力で、波、風、操舵輪の振動を読み、屋形船を操っていた。
こいつ、変態じゃなければ、すごい冒険者になれたはずなのに!
屋形船は、ゴジモンの射線から逃れるために沖へと向かう。
「御室、停船してくれ。お前ら、見ておけよ。これがゴジモンの本当の力だ!」
タカアシガニは、岩崖の壁に打ち付けられていた。
まだ動けるらしく、痙攣しながら上体を起こそうとする。
動きの鈍さは、カナメの消滅が影響しているのかもしれない。
あれ、俺がやったのか? 信じられん。
『お前が、じゃねーだろ!』
空自F2の対艦ミサイルでも、わずかな傷を付けるだけだった巨大タカアシガニ。
今や、5本あった左側の脚は2本しか残っていない。
大きく損傷した甲殻から、滝のように体液が流れていた。
銀狼革に包まれた自分の右手を見る。
俺は、手の震えを、拳を握り込んで抑えた。
『いや、だから、アレは俺の腕がやったんだって』
「ギャアゴオオオオンーン!」
ゴジモンの咆哮が響き渡る。
屋形船を気遣うように、静かに向きを変えていた。
木野が叫ぶ。
「ゴジモンブレスだ!!」
ゴジモンが木野を振り返る。その瞳は、やはりキラキラ輝いていた。
さらに、背ビレまでが点滅を始める。
ゴジモンは背筋を伸ばして上体を反らした。そして、勢いよく前傾になった。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ!!
突然、白熱した熱線が、大きく開いたゴジモンの口から吐き出された。
太い熱線が、タカアシガニを焼いていく。
甲殻を破壊され、剥き出しの内臓に熱が蓄積されていった。
熱線を浴びた甲殻がドロリと溶け崩れる。
ゴジモンブレスが終わった。
ゴジモンは、静かにタカアシガニを見つめている。
タカアシガニが光りを放つと、止まっていた時間が突然動き出す。
爆発が始まった。連鎖するように、残っていた甲殻が爆砕していく。
無事だった脚までも、導火線に火が付いたように爆砕していった。
岩崖に崩れ落ちるタカアシガニ。
最後に、巨大な爆炎が起こる。
超巨大狂人中は跡形ひとつ残すことなく、新島の風に吹かれる灰となって消滅したのだった。
「すげー」
崖の形状が変わってしまうほどの破壊力。
「俺のパンチも、まだまだだな」
『いや、だから、俺のパンチだって! 俺のパンチだろ?!』
うるせえな。分かってるっての。
ちょっとくらい気分出してもいいじゃん!
御室は、いつものようにあんぐりと口を開いている。
木野は、満足そうに笑っていた。
「ゴジモン! ボールに戻るんだ! 傷を癒そう!」
木野が投げた魔物ボールがゴジモンに命中する。
ボールが光ると、みるみる縮小するゴジモンを収納した。
魔物ボールは、空中を飛んで木野の手に戻ってくる。
「ゴジモン、ゲットだぜ!」
「そのセリフ、ホントに好きだよね」
木野は、ひとりニカッと笑っていた。
『お前がグズグズしてるから、現実世界でオッパイを触る時間が無くなっただろ!』
「いや、無理だろ。冒険者ギルドの規制が解除されてないんだから」
「ふ、津神も、冒険者ギルドなんて辞めて、俺と一緒に航海に出ようぜ!」
屋形船は、俺を降ろすためにペンションへと向かっている。
まだ、ビーチまで1km程度の距離はありそうだった。
生涼は、海上をプカプカと移動して、屋形船に乗り込んでいた。
「俺は、キャプテンと一緒に自由の旗の下で戦うんだ! このアルカディナ号でな!」
『海賊かぁ。それも楽しそうだなぁ』
「いやいや。現代で海賊なんて、ただの犯罪者だから」
レインボーブリッジに吊り下げられた御室は、木野に救出されていた。
ゴジモンを東京湾内で遊ばせていたら、知らない間に牙に引っかかっていたらしい。
カオルに『変な物食べたらお腹壊すでしょ!』と、ゴジモンは怒られている。
「海賊王に、俺はなるぜ!」
御室の叫びは無視する。
俺は、サングラスの下に付けた眼帯のことを木野に問うてみる。
「お前、その眼帯どうしたの?」
「いやぁ。ものもらいでさぁ」
「ふーん」
「キャプテン! もっとカッコいい眼帯にしやしょう! なんか、黒い感じの!」
「御室さぁ。冒険者はともかく、警察はどうすんだよ?」
御室の表情が曇った。下を向き「ちっ」と舌打ちする。
「俺をワカちゃん、いや、ゴジモンの餌にするような奴らの場所に戻るつもりはねぇ!」
御室が吊るされたのは一晩だけだったらしい。
おそらく朝には解放されていたのではないだろうか。たぶん。
まさか、本気でゴジモンに食い殺させようなんて、北条たちが考えるとは思えない。
その、たった一晩で、御室はゴジモンに食われかけたのだ。
「おい。これ見てみろ」
御室は小声で俺に声をかける。
木野の目線から隠すようにフォトフレームに入った写真を見せてきた。
写真には、戦闘服の外国人女性が多数写っている。
「キャプテンの恋人と、その仲間だ。クルドの女性兵士だってさ。美人ばっかり。すごくね?」
「おぉぉ。って、お前、まさか?」
「日本の冒険者ギルドじゃ、俺は夢を見れない。分かるだろ?」
『よし、涼、俺たちも行くぞ!』
「行かねーよ!」
『リョウにはボクがいるでしょ!』
魔法少女カオルが、いつのまにか屋形船の2階デッキに立っていた。
リオにローブを奪われたのか、極小のビキニを身にまとっている。
ウィンナーソーセージ的な何かがハミ出していた。
木野が、カオルを見て呟く。
「娘が息子になって帰ってくるなんて。親の気持ちがわかったよ」
「なんじゃそら」
『カオル、出てる出てる!』
『キャ! やだ、リョウったら』
カオルは生涼に抱きついた。
『当たってる! 当たってる!』
『いやーん』
メコメコ、メコン!
な、なんだ、今の効果音は?
『おお! 引っ込んだ! 引っ込んだぞ!』
『引っ込んだ、ですって?!』
突然現れたリオが、カオルを羽交い締めにして生涼から奪う。
リオの痴女ビキニが、カオルの顔に絡まっている。
ポコポコ、チーン!
また、謎の効果音が?!
海中に沈んだせいで、スマホがオカシクなったのかもしれない。買い換えよう。
「涼、もしかして、彼女が愛理の生霊なのか?」
「木野、よくわかったな?」
『あら、まさか木野くんなの? ずいぶん変わったのね。生霊は、こんなに可愛いのに』
『可愛いなんて、リオおねーさま、嬉しい!』
「昔の面影がないのはリオさんもだろ」
「リオ?」
「えっと、なんていうか、愛理の生霊には違いないんだ。でも、別人だと思ってくれ」
「ふ、複雑なんだな」
木野の言葉に、俺は目頭が熱くなった。
メコメコ、メコン!
ポコポコ、チーン!
謎の効果音は続く。俺の目頭から、ついに雫がこぼれ落ちた。
こいつらが、一部の人間にしか見えない生霊で良かった。
JKZに、こんなもの見せられんからな。
これがキッカケで、埜乃の初潮が始まってしまうかもしれない。今夜はお赤飯である。
『御室、埜乃ってまだ生理始まってないのか?』
「そんなわけないじゃん」
「やっぱりゴジモンの餌になるべきだったな、お前」
屋形船の船首が浅瀬に乗り上げる。
美しいプライベートビートが、カニの残骸だらけになっていた。
「お前、本当に木野に着いて行くのか?」
「あぁ。すまんが、童貞警視(北条)たちには、津神から上手く説明してくれ。多少は心配してるだろうからな」
「心配どころか、パニックになってるだろ」
御室に家族はいない。
それは、高卒で警察学校に入った理由にもなっているとのことだった。
御室が俺に、そんな話を聞かせてくれる日が、いつかくるかもしれない。
「木野、御室を頼むよ」
「いいのか? お前の友人なんだろ?」
「津神、お前は俺の母親か? 余計なことを言わなくていーから!」
「悪かったよ。じゃあな。元気で。木野も、カオルも」
『カオル!』『リョウ! オネーサマ!』『カオルちゃん!』
生霊たちの結束は謎な感じで深まっている。
「へっ。いつでも会えるさ。じゃ!」
「涼、エルを頼む。お前に任せて良かったよ。じゃ、またな」
「加穂留!」
駆け寄ったエルに、木野は手を振って応えた。
腰近くまで海水に浸かった俺は、全身に込めた力で屋形船の船首を押し返す。
少し進むと、屋形船は舵を取り戻し、自走で後退を始めた。
2階デッキでいつまでも手を振っているカオル。手すりを握ってエルを見つめている木野。
屋形船は、御室の操船でターンを行う。
そして、沖へと去って行った。
「御室さんは、どこかに行ったの?」
「え? あぁ。でも、どこに行くんだろうな」
海水に浸かったままの俺に、桃花が声をかけてくれた。
小さめのTシャツが裾まで海水に浸かっている。
エルに遅れるように、俺に駆け寄ったJKZ。
今でも砂浜で俺を待っている元・退魔師の冒険者たち。そしてたくさんの自衛官。
「埜乃、行こ」
「え? なんで? ツガミンのパンチのことを聞きたいのに!」
「いーの。そんなの後で聞けるよ」
「また、亜美のお姉さんブリッコが始まったよ。はいはい」
埜乃と亜美は、エルの手を引いて砂浜へと戻って行った。
三人の距離が離れたことを確認する桃花。
「涼さん」
「え? あ、はい」
「エルに聞いたの。涼さんには好きな人がいるって」
「あ、うん。えっと」
エルぅぅぅぅぅ。
「好きな人がいるくせに、私にあんな。。。」
桃花の胸が波に乗って大きく揺れる。
あんなかぁ。あんなって。まぁ、あんなだよなぁ。
俺は、左手に残った柔らかい感触を思い出していた。無意識に指が動いてしまう。
バチン!
俺の頰を、桃花の強烈なビンタが襲った。
張り倒され、溺れかけながら海面から顔を出す俺。
赤面して俺を睨む桃花。胸を両腕で隠している。
「私は、何があっても、絶対に浮気しない男の人が好きなの! 涼さんなんか、失格!!」
桃花は叫びながら走り去った。じゃぶじゃぶと波をかき分けながら。
『けけけ。ざまぁ』
「うるせえ」
「津神!! 聞こえてるぞ! テメェ! 網走に送って、いやゴジモンの餌にしてやる!!」
すでに遠く小さい屋形船から、御室の声が響き渡った。
ニューナンブの発砲音と共に。
どこに行くのか知らないけど、銃は警察に返したほうがいいと思うぞ、御室。




