043 再会
『桃花と踊る静香の背後をエルは狙ったんだ。エルにとっちゃ、これ以上のないチャンスに見えただろう』
静香に気圧され状況を把握できなかった俺に、生涼がエルの最後を教えてくれた。
静香が見せた技は、エルやオーガのように速いわけではないらしい。ただ、最適なタイミングで、必要な場所に剣を置いただけ、そんなふうに見えたとのことだ。
まるで、そうなるのが自然だと言うように、触手が落ち、エルの首が斬り取られた。
「お前なら、勝てるか?」
『誰に言ってやがる。ふん、タイマンなら負けねーよ。面白いじゃねーか。でも、たしか、あと2人いるんだろ?』
「ああ。フォックススティールは3人のパーティーだ」
『残りの2人も、あれと同じレベルなんだろうな。3人まとめてってのは、ちとキツイかもなぁ』
「ふーん」
『なんだよ。フォックスなんちゃらに喧嘩を売りたいのか?』
そうかもしれない。俺にも意味はわからないが、ただ納得がいかなかった。
エルは、危険なテロリストだ。おそらく、世界中から狙われている。
今までも、数え切れないほどの死を経験しているだろう。そして、タイムリープの呪いに身体を蝕まれながら、何度も蘇ってきたはずだ。
彼女の送ってきた人生を、俺に計り知ることなどできるはずがない。
たが、今回は、戦わずに、殺させずに、死なさずに済んだんじゃないか? と思ってしまう。
今でも、首を斬り落とす感触が手に残っている。たぶん、エルのことを一生忘れることはできないだろう。
本来なら、絶対に取り戻せない奪ってしまった命を、取り戻せてしまった。エルの呪いが、俺の罪を帳消しにしてくれたのだ。
自分自身に対しても説明できない虚しさ、寂しさ、無力感が、俺の胸の中で寒々しく漂っていた。
『何回やり直したって、エルに勝ち目はないだろう。もう、間違ってJKZが狙われることもないさ。お前が関わる必要は、もうない』
エルは、まだ続けるかな?
『知ったことじゃねーな。お前さ、背負い切れないってことくらいわかるだろ。今のお前には、力が足りなかった。それだけだ』
お前は、そんなふうに割り切って生きてきたのかよ?
『こっちの世界も、一歩日本を出れば異世界と変わらないのかもな。エルには覚悟がある。お前にはない。弱いままの自分を許せば、何ひとつ自分を通せない。そんな生き方しか出来ない場所もあるんだ』
強くなれってことか。
爺ちゃんなら、エルをどうしただろう。俺は、やさしかった祖父を思わずにいられなかった。
美杉は津神翔一より強い人間はいくらでもいたと言う。だが、棒空は津神翔一が世界最強だと言い切った。
結局、あの公園にエルが現れることはなかった。
俺は、JKZや三雲たちと会うことのないよう、遠回りして公園に近づき、距離をとって状況を眺めている。
三雲と小噺が会話をしている。離れた場所で、JKZ3人とフォックスティール3人が集まってはしゃいでいた。
中本静香だけではなく、菊地絵夢と御園由宇も遅れて到着している。遠目では彼女らの顔を確認することはできなかった。
桃花に抱きついて頰にキスをしている背の低い女が菊地絵夢なのだろう。
しばらくすると、それぞれが解散していく。絵夢はJKZと一緒にどこかへ向かうようだった。
静香に見つかる危険を考えて、俺は生涼の召喚をOFFにしていた。
そして、三雲が冒険者ギルドの人間と会う目的がなんだったのか? 俺には最後まで分からなかった。
絵夢を連れたJKZの元にエルが現れるかもしれない。そう思った俺は、4人について行こうか迷っていた。
『エルはフォックスティールを、もう狙わない。安心していいよ』
聞き覚えのある声が、俺の頭の中に響く。
振り返ると、歩道の先にある道路の上に生霊が立っている。一台の自動車が生霊を通り抜けて走って行った。
『加穂留が君を待っているんだ。着いて来て欲しい』
「お前、木野か? 異世界から帰ってきた方の?」
『え、あ、うん。久しぶりだね。涼。嬉しいよ、会えて。あの、その、異世界の涼はどうしたの?』
木野は伸びておかっぱになった黒髪を慌てて手櫛で整えた後、ローブに付いたフードをかぶって下を向いた。
生霊となった木野は、俺が記憶する中学生の木野そのままだった。いや、なんか違うな。
「お前、少し小さくなった? 昔から背は低めだったけど、もう少し高かったような。着てるのは魔道士用のマントか?」
『あ、えーと。こっちに転移する時に、ちょっと何かが足りなくなったみたいで。そ、そんなことはいいから、早く行くよ』
「わかった。生涼、異世界の涼を呼び出すよ。ちょっと待ってくれ」
『あ、や、やっぱり今はいいよ。たぶん、生霊の涼の方がびっくりすると思うから。あとでゆっくり』
生霊の木野は少し浮き上がって、足を揃えて滑るように進んでいく。
黒いローブは、今の木野のサイズに合っていない。身体を覆い隠すように大きく、その体躯のありようを悟らせなかった。
俺たちは、タイムリープの周回の度に戻っていた橋を渡る。橋を渡った先で曲がり、川沿いを少し進んだ。
川沿いの桟橋には、屋形船に乗り込むために櫓が組まれている。その1つに、木野は階段を使って入っていく。
「おい、いいのか? 勝手に入って」
『大丈夫。ここの船の船長は、昔からよく知ってる人なんだ。今日は借り切ってある』
生霊木野の移動範囲はかなり広い。生涼の数倍はあると思う。木野の生霊スキルのレベルはかなり高いのだろう。
俺たちが屋形船の船尾に乗り込むと、待っていたように静かに動き出した。
屋形船の船尾に立ち周囲を見渡すと、橋の上に小太りの公安が見えた。こちらを見ながら、どこかに電話をしていた。どうやら、公安も、この展開を予想していなかったようだ。
俺は靴を脱いで船の中の座敷へと上がった。操舵席は2階にあるらしく、操舵手の姿は見えない。
畳が敷かれた座敷を見ると、黒いドレスを着た少女が寝かされていた。
「エル!」
俺は小走りで少女に駆け寄る。敷かれた座布団の上で仰向けで寝ているのは、タイムリープ使いのキメラ少女・エルだった。
背筋が伸びているからか、スカートから大きく出た白い脚が艶かしい。タイトなドレスが細身の身体のラインを浮き立たせていた。
大人になりきっていない少女の無防備な肢体に思わず息を飲む。俺は、近づくのをためらってしまう。
『今は、魔法でスリープをかけてある。簡単には起きないよ。安心して』
「あ、ああ」
エルを見ると、青白くなった顔に汗が滲んでいる。乱れのある呼吸に合わせて、胸が上下に揺れている。
『綺麗な子だろ。ひどい欲望のはけ口になってた。こんな女の子がさ。許せなかったよ』
俺は、エルから少し離れた場所にあぐらをかいて座った。
それから、生霊の木野がエルの過去を話してくれた。
政変の影響が色濃く残る東欧の小国でストリートチルドレンとして育ったエルは、不思議な力を持っていた。タイムリープ。それが生まれつきの能力なのか、誰にもわからない。
危険な場所で、平然と生きる美しい少女。
武器商人ギルドが、彼女に興味を持つのは自然なことだった。甘言でそそのかされ、ついに手中に落ちてしまう。
エルは、30〜60分程度しか時間を巻き戻せない。何度も逃げ出すエルから、その限界を武器商人ギルドに把握されてしまった。
闇系ギルドにも、冒険者ギルドと同様にスキルや魔法を扱えるシステムがある。
そう言った力は、異能力者の力が元になっている。それをシステム上でコピーして各種ギルドが利用しているらしい。
結果的に、エルの能力を解析してシステムに組み込むのは失敗する。
エルを持て余した武器商人ギルドは、人身売買ギルドに転売。そこでさらに厳しい環境に置かれることになった。
イスラム系移民を通して真イスラム国に転売された頃には、すでにエルの手足はなかったという。
テロリストはレイプした後、殺す前に「今は何回めか?」とエルに聞いてくる。その日の気まぐれで変わる、テロリストの好きな数字を答えられれば、エルは解放された。
時間が巻き戻れば、テロリストは自分の行為を覚えていない。ただ、エルに絶望感を与えることを楽しんでいたのだ。
当時、真イスラム帝国に加入したばかりの木野は、偶然にエルのタイムリープに巻き込まれることになった。
生霊の活動範囲内で、タイムリープが起これば、生霊スキルの持ち主は一緒に過去に戻ってしまう。生霊スキルにはそういう特性があるらしい。
巻き込まれた木野は、なぜ同じ時間を繰り返すのか? 最初はわからなかった。
木野は、繰り返すうちにエルの虐待を知り、それを止めようとする。何度も戦いを繰り返して、ようやくテロリストたちからエルを解放した。
その後、エルには生霊の木野の魔法で作った手足が贈られている。
木野たちは、真イスラム帝国から狙われる日々を送ることになる。
敵には、魔物やモンスターを操る者もいて、繰り返す戦闘の中で、木野のレベルは自然に上がっていった。
その過程で、木野自身も死を数回経験しているらしい。木野が死ねば、エルが自害で時間を巻き戻して生き返らせたのだ。
そして、ついに真イスラム帝国の本拠地を壊滅させ、魔王候補殺害に至った。エルの協力がなければ実現しえないことだった、と生霊・木野は語った。
真イスラム帝国を壊滅させたことで、木野は真イスラム帝国が運営していたギルドのシステムから切り離されてしまう。
だが、魔王候補となることで独立したシステムを手に入れていた。
その後、木野はヨーロッパに渡り、エルの復讐を手伝った。欧州各地に仕掛けられた爆弾は、その時に仕掛けたモノだったらしい。
それをフォックススティールは、無力化してしまった。
『エルの首元を見てみてよ』
俺は、生霊・木野の指し示したエルの首を見る。そこには、首を廻るようにうっすらと赤い筋が走っていた。
それを見た俺は、ククリナイフでこの首を斬った感触を思い出した。
『中本静香の斬撃の痕さ。彼女の力は、時空を超える。タイムリープでも無傷では逃げられない』
「な?」
静香の斬撃は生涼に傷を負わせていた。外部から干渉できない亜空間の中に、攻撃を通したことになる。
「この力で、中本静香は爆弾も無力化したのか?」
『おそらくね。欧州に仕掛けた爆弾は、爆発しても闇系ギルドの関係者しか殺さないように設定してあった。向こうは複雑でね。様々な勢力が絡み合ってる。冒険者ギルドが闇系ギルドに利用されてしまうこともあるんだ。まぁ、中には闇系ギルドと手を組んでいる冒険者もいるみたいだよ』
日本の冒険者ギルドが、欧州の冒険者の一部にしか、俺の情報を伝えなかった理由が理解できた気がしていた。
「日本の、羽田空港の爆弾はどういう目的だったんだ? 羽田だけじゃない」
『あれはね。君を誘導するためにやったんだよ。爆弾も魔物も、本来作動しないように設定されていた。手違いはあった見たいだけど。それは済まなかったと思っている』
「え? ちょっと待てよ。なんでそんな面倒なことを?」
そういえば、オーガもゴブリンも生涼が起動させていたよな。あいつのアホさが、原因だったのか。。。
こ、これは、さらにみんなに言えない。早田や北条にあわす顔がない。
『君が能力に、ちゃんと目覚めているのかわからなかった。なんとか君の現状を把握する方法、連絡を取る方法を探っていたんだよ』
「そんな、もっと別のやり方があっただろ」
『君への、冒険者ギルドや日本政府の監視は厳しかった。今回も、エルの暴走がなければ、公安の監視がつく君の前に現れたりしなかったよ』
「待て。エルは今回、1人で動いていたのか? 復讐の邪魔をしたフォックススティールを狙ったのか?」
「カオル。ここからは変わろう。俺が説明する」
2階の操舵席から降りてきた男が後ろから声をかけてきた。
船は川から出て、すでに東京湾の沖にいるようだ。声をかけてきた男を、もう一度みる。
「えと、誰?」
俺は生霊・木野に問いかける。
男は、グレーのブランドスーツを身につけている。顔を隠すようにアフガンストールを首に巻いていた。
短く刈り込まれた髪。傷のある日焼けした肌にサングラス。身長は俺と変わらないが、筋肉の厚みが衣服を持ち上げている。
「悲しいな、涼。俺だよ」
男は、ストールを外す。そこにはアラブ人のような濃い髭が蓄えられていた。
「誰?」
『あはは。加穂留だよ』
「冗談でしょ。お前と全然違うじゃん」
「はぁ」
ため息をついてから、男はサングラスを外した。
男の瞳は、まるで少女漫画のキャラクターのように大きくキラキラ輝いている。
それは生霊・木野と瓜二つであり、俺の知る美少年・木野の瞳だった。
「やっと会えたな、涼。お前とは話したいことがたくさんある。だが、その前にお前の生霊に会わせろ」
「お、おう久しぶり。ずいぶん変わったね、お前。俺の生霊? いいけど、なんか用があんの?」
「あぁ、ある。そいつには責任をとらせなくてはならない。カオルがこうなった責任をな!」
木野は語尾を怒りに震わせていたが、その可愛らしい瞳は変わりなくキラめいていた。




