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042 白と黒

銀色に光る髪。黒の膝丈ドレス。

キメラ少女の肌は、薄く透けるように白い。それを、痛めつけるように夏の強い日光が照らしていた。

だが、彼女は平然としている。薄い水色の瞳に入る光にも、目を細めることはしない。

最初に、彼女を人形のように思ったのは、もしかしたら、そんな現実感の無さが原因かもしれなかった。


「フォックススティールをダシなさい」


歩いて近づいた俺に少女は言った。


「フォックススティールは、まだ来ていないんだ」

「ウソだ。ドコにカクした? オマエがツレていたオンナたちだ」

「は? ちょっと待て。俺が連れていた?」

「そう。オマエがシキカンだ」


噛み合わない会話で、俺はようやく気づいたのだった。


「お前、ファックススティールを狙っていたのか?」

「しらばっくれるな! どうせ、お前を殺せば出てくるはずだ!」


少女は変容していく右手をかまえている。


「待て。待ってくれ。俺は、津神涼。涼って言うんだ。この名前、木野から聞いていないか?」


「リョウ、リョウ? ウソだ!」

「嘘じゃない。俺と一緒にいた女の子たちも、フォックススティールじゃない!」


「そうか。それでお前も一緒にタイムリープを。フォックススティールの強さの秘密は、私と同じ力があるからなんて思ってしまった」


少女は、突然、倒れるように両膝をついた。白い顔が青ざめていく。


「お、おい。大丈夫か?」

「リョウ、ツガミリョウ。カオルのトモダチ。カオルと同じ力」

「なんでフォックススティールを狙うんだ?」

「世界最強だから。倒せばカオルが魔王になれる。私には無理でも、弱点を掴むまでタイムリープを繰り返す」

「そんなこと。木野が望んでいるのかよ!?」


少女は肩で息をはじめる。人形のようだった皮膚から、色の濃い汗が噴き出していた。

俺は、彼女の脇に腕を回して持ち上げ運んだ。木陰のベンチに座らせる。


「お前、どこか悪いのか?」


俺はスマホを取り出して回復魔法の準備を始めた。画面に彼女のHPや健康状態が表示される。


「無駄だ。私に回復魔法は効かない。これは、タイムリープの力にかけられた呪い」

「呪い? なんだよ、それ!? そんな身体で世界最強に挑むつもりかよ!」

「お前が一緒に付いてくるから、2人分の呪いを受けている。カオルの時と同じ。お前、邪魔すぎるよ」

「さっきまで、いや、前回は、まだあんなに元気だっただろ?」

「気合だな。それが切れただけ」

「マジメに答えろ。精神論かよ!」


それでも、人形のように顔に張り付いた無表情の理由が、少しわかったような気がしていた。

俺は回復魔法を少女にかけてやる。


「ほら、少しマシになってないか? お前、名前は?」

「私はエル。ふふ。一時的すぎるんだよ。私にだって、これくらいの回復なら自分でできる」

「待ってろ。絶対に動くなよ!」


ベンチに座るエルを置いて、俺はコーヒーショップに向かって走った。

途中、三雲に向かって叫ぶ。


「あの娘に、絶対に手を出すな! 出すんじゃねーぞ!」


『助けるのか? あの調子じゃ、あと何度か殺して一緒に時間を巻き戻せば、勝手に消えそうだぜ』

「また俺に首を斬り落とせってのか?!」

『気まぐれに助けたってさ。その先、どうするつもりだよ?』

そんなの、わかんねーよ。お前なら、エルをあの状態で殺せるのか? これから何度も!

あの娘は、木野の名を出しただけで俺に敵意を向けてこなくなった。なのに、俺が殺す必要あるのかよ!

『それに、木野のことを聞かなきゃいけない。そうだろ?』

そ、そうだよ。それだろ! 大事なのは!




俺はコーヒーショプの店内に戻った。テーブルに置いたままの自分の空カップをカウンターへと運んで水を入れる。

そして、桃花の肩を叩いて起こした。


「涼さん?」

「頼む。一緒に来てくれ。桃花の魔法を試してもらいたいんだ」

「で、でも」


桃花は、眠っている埜乃と亜美を見ていた。


「2人は? どういうこと?」

「急いでるんだ。後で、ちゃんと説明はする。だから」

「涼さんでも、こんなの許せないよ」


桃花が怒りを顔に浮かべている。こんな顔、彼女もするんだな。

桃花はひつじさんハンマーで叩いた直後、少しの間だが俺を見ていた。今になって、JKZのこの状況の原因が俺にあると気づいたのだろう。


「頼むよ」

「わかった。けど、説明しだいでは絶対に許さないから。2人は?」

「眠っているだけだ。このままにしてくれないか。時間がないんだ」


桃花は少し迷ってから立ち上がって、俺の後をついて来てくれた。

俺に、桃花の回復魔法がエルの症状に効く確信などはない。だけど、俺がやるよりずっとマシなはずだと信じていた。

2人で店外へと出た時、三雲のそばに1人の男が立っていることに俺は気づいた。


「あ、小噺さんだ」


桃花の言葉に俺は驚愕する。細い目のキツネ顔の男、小噺がここにいるのなら。

談笑する小噺と三雲の間から、歩き去ろうとする1人の女の姿があった。

女が向かっているのはエルの方向だった。


『すげーな。なんていい女だよ。こんな美人は異世界でもお目にかかれねーぜ。惚れそうだ』


監視のためにエルの側に残っていた生涼が、女を見ながら感想を伝えてくる。

お前、なんでこの状況を伝えてくれないんだよ!

『言ってどうするんだ? お前に殺せないなら、誰かが殺るしかないだろ』

くそっ! 生涼の馬鹿野郎!

俺は、桃花を置いてエルの元に走り出した。


「涼さん?!」


女は長い黒髪で白い膝丈のドレスを身につけている。まるで、計算したようにエルと対照的だった。

そして、右手に剣を出現させていた。細身の直剣。それを剣先をぶら下げるように横にかまえている。

スマホの操作をしていた様子はない。突然に空間から出現させたようにしか思えなかった。

女の姿に焦り、急ぎ走り去る俺を三雲と小噺が笑っていた。


『あれ? おかしいな? この女、俺の方に向かってくるんだけど。なんで? おい! うわっ!』


女の剣が消える。女の動きそのものは緩慢に思えるほど、のんびりとしているように思えていた。

俺は、ようやく女の元までたどり着く。女は、生涼めがけて放った突きの姿勢で静止している。

生涼の右頬には小さな傷があり、そこから血が流れている。干渉しあえないはずの亜空間にいる生涼が、傷を受けていた。


「うーん。手応えなし」

『いや、かすってるから!』


「こいつが見えているのか? なんで、こいつに攻撃を!?」


小首を傾げて手応えを確認する女。その姿勢のまま、声をかけてしまった俺を見ている。


「見えてないわ。なんかぁ、ここに恐いのがいるなぁって感じるの」

『恐いってショック! ほとんど動きが読めなかったよ! 恐いのはそっちでしょ!』


俺は女と目を合わせたまま固まってしまう。生涼の言う通り、壮絶な美人だった。

彼女は微笑を浮かべているだけだが、周囲の空気ごと魅了してしまうような迫力を感じていた。

これに比べれば、三雲の魅了など小手先の児戯に等しい。


「静香さん!」

「あっ、桃花ちゃん!」


追いついた桃花が女の名を呼ぶ。女の名は静香。Sランク冒険者・ファックススティールの中本静香。

三雲のそばにいる男が小噺だと聞いた時に、俺はこの女がフォックススティールのメンバーであることに気づいていた。

中本静香は、日本人そのものの容姿を持っている。だが、日本人女性の理想を全て叶えたような美しさがそこにはあった。


「がははは」


静香は、桃花の両手を掴んで2人で踊るように回り出した。大きく口を開いて下品にも思える笑い声をあげている。不思議なほど、その表情も似合っている。

桃花は静香に合わせながら、俺をチラリチラリと見て、状況の理解が追いつかない混乱を目で伝えてくる。

いつのまにか、静香の剣は消えていた。

『剣の出し入れ。あれはギルドのスキルじゃないぞ。俺と同じマジもんのアイテムボックスだ』


息を飲んで生涼に答えるしかできない。俺は完全に静香にのまれていた。

そのとき、風を切る音とともに、斬り落とされたエルの触手が俺の足元に落ちる。俺は、それさえもすぐには気づかなかった。

ようやく、足元の触手が何を意味するか気づいた俺は、混乱したまま顔を上げる。

顔を上げた先には、俺に見せるためかのように静香の剣が突き出されていた。彼女は再び小首を傾げて俺を見ている。


そして、横に倒した剣の上に、切断されたエルの頭部が乗っていた。





翌日、正午。

俺は橋の上に立ち、隅田川に浮かぶ屋形船を眺めていた。桟橋に並べて建てらた屋形船用のヤグラが目に楽しい。

橋の上を行く人々は、日差しから逃げるように早足だった。

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