038 東洋の美熟女
「えっと、どうしたもんだろ?」
『やみくもに急いだってなぁ』
俺は事件の起こる現場へと走る。
走りながら、ライダーズジャケットを召喚装着。その中に、自衛隊から借りっぱなしになっているプレートキャリアも念のために着用した。
同じく借りっぱなしのヘルメットを頭にかぶろうとする。が、走りながらは無理だと気づいて脇に抱えた。
武器はトンファー2本を装着具で背中に、ククリナイフをプレキャリに鞘ごと装着、ひつじさんハンマーを腰にぶら下げる。
装備は、走りながら用意するのは難しく、なんかモタモタしてしまう。いったん、立ち止まって装着具のベルトを締める。
すれ違う人々の視線が痛い。
「コスプレって、走りにくいなぁ!」
俺は、言い逃れの言葉を叫びながら走る。視線の方向へと、ひつじさんハンマーを手にとって笑ってみせる。
玩具で遊ぶイタイコスプレ青年を演じながら、俺は自分の中で大切なモノが失われていく悲しさを感じていた。
途中、トンファーを一本路上に落とし、あわてて拾ったりする。
「そこの君! 待ちなさい!」
通りすがりの警察官が俺を呼び止めたが、すぐに公安が駆けつけて釈放された。
公安の人は小太りの中年男性で、俺を追って走っていたようだ。汗だくである。息を切らして警察官に説明してくれた。
「こ、この、この青年は、だ、大丈夫だから」
「はぁ」
「公安さん、ありがとう!」
『あんまり時間短縮になってなくね?』
「それは言うなよ」
「津神! なんで走るんだ!? その装備は?!」
公安とは初対面である。挨拶もしていないのに声をかけないでほしい。忙しいんだからさ。
警察官とのやりとりをする公安を放置して、俺は事件の起こる公園へと急いだ。
公園に到着したのは、前回より、わずかだが早かった。
JKZを発見して、こちらから声をかける。
「み、水を。飲み物ない?」
「涼さん、どうしたの? 汗だく」
「うっわ! なにそのカッコ?!」
「お兄ちゃん、あっちで買えるよ」
亜美が指した方向には例のコーヒーショップがあった。
しっぽをふるようについてくるJKZに、なんたらラテ?とかいう意味不明の飲物を俺は3人分おごらされた。
俺も買ったアイスコーヒーを飲む。
「あぁ。生き返ったぜ」
『アホか! そんな場合か!』
「そう言うなって。この暑さで走った俺の身になってくれ」
「なまりょう? どこどこ?」
生涼への返事に埜乃が反応する。
「えーと、君たちに話があります。生涼からの伝言だから、よく聞いてくれ。あ、それと桃花は夏期講習を休んでくれ」
「え? は、はい」
桃花は、一瞬戸惑った表情を見せるが、すぐに理解を示してくれる。
「お兄ちゃん、言ってる意味わかってる? 桃花は受験生だよ」
「桃花がいないと、誰かが死ぬかもしれない」
問い詰めてくる亜美。俺は、生涼から受け継いだ未来の記憶を思い出す。それは、敵の変形した足が胸に深々と刺さった亜美の姿だった。
「悪い。頼む」
「うん。はい。任せて」
俺は、桃花の華奢な肩を掴んで、もう一度真剣に頼む。一瞬、照れるような、戸惑った表情をしてから桃花は笑顔で返事を返してくれた。
「今日のお兄ちゃんてさぁ。冒険者ギルドみたいだよね。ちゃんと説明してくれるのかなぁ?」
「全部、片付いたらな」
「で、私は何をすればいいわけ? ツガミン」
俺は『ギルドには未来が見えているかもしれない』と亜美と話したことを思い出した。
そして、埜乃は『俺の命の危機』だと聞いて、簡単に覚悟を決めてくれたように思えていた。
「あのお婆さんを救う。そうだったよな? 今から、あの人を殺しにバケモノがやってくる。見た目は綺麗な女の子だが、動きの速さだけならオーガ並の魔物だと思ってくれ」
「そんな!? オーガって、本当なら撤退だよ!」
「えー、面白いじゃん!」
「涼さんも手伝ってくれるのね?」
「あぁ、俺はそのために来たんだ。全員、すぐに装備を用意してくれ。埜乃もアレ。あのヒーローごっこみたいな」
「はぁ!? なんて? ツガミン!」
あ、余計なことを言ってしまった。。。
「みんな、私の周りに集まって、防御強化魔法と自動回復魔法をかけるよ」
防御強化魔法は、単純に防御力を上げる魔法と、物理耐久力を上げる魔法がある。その両方を桃花は全員に施してくれる。
そして、自動回復魔法は3秒ごとにHPを5%回復してくれる魔法だ。時間は60秒。実際の発動は戦闘開始時に桃花が手動で行ってくれる。
それらすべてには、5分程度の時間が必要だった。俺は、桃花の魔法を受けながら、亜美と作戦を話し合った。
JKZはその間に装備の召喚を始める。
「敵を知ってる俺が、まずは盾になって時間を稼ぐ」
「その間に、埜乃がお婆さんを避難させるんだね?」
「そう。それが終わったら、全員でタコ殴りだ! でも可能な限り殺さないように。簡単に死なないから手加減は必要ない」
「えー、殺さないんだ? なんでー?」
「うーん。簡単に言うとだな。殺すと何回もやり直さないといけないんだ」
「お兄ちゃん。その話、あとでじっくり聞かせてくれるよね?」
「わ、わかった。それと、敵は近距離も遠距離でも戦える。俺と埜乃以外は近づくな。絶対だ」
『敵は人間だぞ。魔物が混ざったな』
「え?」
「どうしたの?」
「いや、亜美は準備を進めてくれ。ちょっと生涼と話がある」
俺はJKZに背を向けて生涼に脳内で話しかける。
前に、魔物だって言ってたじゃねーか? JKZに、殺人犯と戦わせるのかよ? 人と殺しあいをさせろってのか?
『異世界で足を失った仲間がいてな。そいつの足に魔物を合体させて治したのを見たことがある』
木野の合体魔法か?
『そうだ』
あの少女も、そうだと? 足だけじゃなく手足全部をか?
『たぶんな。合体の副作用で魔物化してしまっている。だが、意識は人間のままだろう。お前だけは殺すつもりで戦え。敵は当然のように殺しにくる。覚悟なしで渡り合える相手じゃない』
まじで言ってんのか?
俺は血の気が引いて行くのを感じた。握りしめたひつじさんハンマーを見る。少し震えていた。
『そいつを使って殺さずに捕まえる。それから木野の情報を引き出す。それが理想だが。そんな都合よく行くと思うなよ』
お前は、人を殺したことがあるんだな?
『ある。それで仲間を救ったこともある。亜美を殺されたくないなら、埜乃に人間を殺させたくないなら、お前が殺すしかない。そのせいで、何度もやり直す事になるとしてもな』
もし、前回と同じように誰かが死ぬほどの怪我を負ったら、少女をこの手で殺してやり直すしかないかもしれない。
『やり直せるってのは悪い事ばかりじゃねぇ。その方がいいと思った時は、きっちり殺していくんだ』
人を殺せる自信ねえよ。
『できなきゃ、お前が死ぬ。そして取り返しのできない死を誰かが負う事になるんだ』
JKZを参加させない方がいいかな?
『お前が一人で勝てる相手かよ』
遊び感覚で始めた冒険者だった。
いつか人を殺すかもしれない。なぜか、そんなことは今まで考えもしなかった。
爺ちゃんは、暗殺者ギルドの人間を殺しているだろうか? 殺してるだろうな。おそらく何人も。
冒険者が暗殺者ギルドに殺されたこともあったはずだ。
警察の取り調べ室で、暗殺者ギルド残党に向けられた殺意を俺は思い出していた。
「涼さん」「お兄ちゃん?」「ツガミン、大丈夫?」
「え? あ、うん。大丈夫。俺がなんとかするよ。埜乃も婆さんを確保したら、そのまま一度離れてくれよな」
背中越しに、俺の動揺が伝わったのだろう。3人は俺を気遣ってくれる。不安もあるだろう。
3人は召喚した装備を身につけていた。
埜乃は、前回と同じ黒い全身プロテクターとトンファー。
亜美と桃花は、胸部と背中のみの白いバイク用プロテクターだ。
亜美の武器はティザーガン。桃花はバトントワリング用のバトンにそっくりの杖を持っている。
その後、敵の情報を俺が知る限りで彼女たちに説明する。触手、爪、射出される槍のような脚。
もう一本の足にも何かあると思った方が良さそうだ。
戦わないで済む方法はないのかな?
『相手しだいだな』
生涼は、オフィスビルの出入り口に陣取り、敵が現れるのを見張ってくれている。
さらに、俺はカラス型魔物マルファスを召喚。上空を旋回させ警戒をさせている。
マルファスは、事前に敵の特徴をスマホに入力しておけば、接近を知らしてくれる。
前回とまったく同じ手段を敵が取るとも思えない。事前に準備できるのは敵も同じだ。
JKZと俺の姿は異様で目立っていた。公園にいる人々の視線が俺たちに集まっている。
護衛対象の老女までがこちらを見ていた。
老女と目が合う。彼女は立ち上がり日傘をさして、こちらへと歩き出した。
俺は埜乃を連れて、こちらに近づく老女に向かって歩き出した。
「あなたたちが、冒険者ギルドの担当者? ずいぶんと若いのね」
「はい? えっと、貴女の護衛を任された者です」
「護衛? 最近の冒険者も変わったのね。ひるひなかの人前で、そんな重武装なんて。昔じゃ考えられないわ」
「貴女を狙う者がいます。非常に危険な敵です」
「そう。刺客は木野様の手の者なのでしょうか? それとも木野様ご本人?」
「木野を知ってるんですか?」
老女は事務的に語ってくる。そのおかげで俺にも対話がしやすかった。
着崩れのないグレーに白のラインが入った着物。額のあたりに滲み出たわずかな汗の名残。派手さのない化粧とバランスのとれた赤い口紅。後頭部でまとめられた黒髪とシワのない首筋。
彼女には、言葉を交わす距離で感じ取れる、年齢を超えた妖艶な美しさがあった。
埜乃は少しの間、息を飲んで見とれた後、老女から距離をとって警戒体制に戻る。その時に、どこからか取り出したペットボトルの水を一気に半分ほど飲み込んでいた。
「ここで、冒険者ギルドの人間と待ち合わせですか? それとも木野と?」
「あなたに話す意味があるのかしら? ん? あなた、誰かに似ているって言われたことはない?」
「津神翔一のことなら、俺の祖父です」
俺は、少し考えて返答した。老女は、祖父や祖母と同世代に感じたのだ。そして冒険者についても詳しい人物に思えた。
老女は、驚いて小さく開いた口元を手先で隠している。目は大きく開いてから、シワを寄せて笑った。
「そう。あなたが勇者の。冒険者ギルドも粋な真似をするじゃない」
「祖父を、翔一をやはり知っているんですね?」
「私は、盗賊ギルドの三雲沙希子。よろしくね。勇者のお孫さん」
「と、盗賊?! 盗賊ギルドって」
「あら、知らなかったの? 闇系ギルドのひとつだけど、冒険者ギルドと協力することもあるのよ」
はぁ。ため息しか出ねえわ。
『盗賊ギルド。こっちにもあるんじゃないかと思ってたよ』
俺は想像もしてなかったわ。
「あなたのお爺さんとはよく一緒に仕事をしたわ。敵だったこともある。ふふふ。恋人だったこともね」
「じ、爺ちゃんがお世話になりまして、そのぉ。なんか、すみません」
「お名前は?」
「涼です。津神涼と言います。名乗るのが遅れてすみません」
「ふふ。いい子ね。あの人と雰囲気も似てるけど、少しお上品にした感じね。翔一さんより、ずっといいわ」
三雲は俺の手を自然な振る舞いで握った。それから妖しく微笑む。
俺は息を飲む。なぜか過剰に胸が高鳴った。
目を泳がせて周囲を見ると、埜乃が俺に殺意のこもった目を一瞬向けてから、目をそらした。なんでやねん。
『バカ。ばあさんが魅了の能力を使ってるんだ。取り込まれるぞ』
生涼の言葉で、俺は自分を取り戻す。三雲の手を乱暴にならないよう注意して振りはらった。
「あら? 年はとりたくないわねぇ」
「いえいえ、そんな意味じゃなくて、その。十分素敵です。今でも」
『負けてる。完全に負けてる』
うるせえ。
埜乃さんも、そんな目で見るのやめて。。。
「嬉しいわ。でも、さすが勇者の孫ってところね。あの人は、こういうのイチコロだったけど」
若い頃の三雲に会ってみたかった。俺は素直にそう思えた。爺ちゃんが羨ましい。
『お前もイチコロじゃねーか。さすがチョロいん』
俺は気を取り直す。軽く深呼吸をした。
三雲に聞くことは他にもあるのだ。
「木野とは、どういう関係なんですか?」
「あなただから、特別に教えてあげる。耳を貸して」
高齢の女性の割には背の高い三雲。俺は少しだけ前傾して耳を彼女に近づけた。
「木野様は、魔王候補よ」
三雲は離れぎわ、俺の耳に息を吹きかけた。




