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それでも平凡は天才を愛せるか?  作者: 由比ヶ浜 在人
六章 過去より今を(下)
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「泣くなよ、笑っちまうだろ」


 彼は、朗らかに笑っていた。悪戯が成功した子供のように笑っていた。



「やっぱり、俺だけが覚えてたわけじゃないんだな」

「忘れるもんですか! 貴方との会話は、ぜんぶ・・ぜんぶっ!」

「正直な話をするとな、お前が覚えていないなら、全部有耶無耶にして終わらせるつもりだった。多分、その方が幸せだと思ったからなぁ」


 一旦の間があって、彼は小さく口を開く。



「平凡なままのほうが、幸せだと思ったんだよ」


 虚空を見つめる彼は、一体、どこに想いを馳せているのだろう。それが知りたくて、届かなくて。



「大体、ミヤ。背負いすぎなんだよ。あれはやっぱり、俺の罪で、お前が背負うべきものじゃないと思う。結局は、あの時お前に助けを求められなかった罪を、転校っていう罰でくらっただけ」

「違いまず!! それだげば違いまず!」

「いいや、背負いすぎだ。さっきだって、方法のこと鵜呑みにしやがって」

「事実でず!! わたじば!!」

「お前が俺になんか分かる方法とるかよ」


 涙で前が見えない。たださえ、寒い空が、どうしようもなく、滲んで見えた。


 貴方はどうして、私を、こんなどうでもいいような私を、そこまで認めてくれるんですか。



「ずっと後悔してた。なんで凡人の俺がお前と対等でいたいなんて考えを持ったのかって」

「わだしば! だいどうでいでぐれる貴方がいたがら!!」

「なぁ、もういいだろ? 俺なんて忘れて前に行けよ」

「いやでず!! わずれでだまりまずか!! だっで!! 貴方はわだじの!!」


 限界だった。なんで私はこうも、言葉を上手く喋れないのか。言葉を話すということは何故、こうももどかしいのか。


 それでも言葉にするしか、方法を知らなくて。



「だいぜつなともだぢなんだっ!!」


 だから、考えが纏まらなくても言葉に乗せる。


 それはきっと、彼も同じで。



「我儘いってんじゃねぇ!!」


 慟哭が響き渡る。雪すら吹き飛ばす勢いで、響き渡る。



「・・・なぁ、俺がその紙にどんな気持ちで数字を刻んだのか分かってんのか?」


 知っている、分かっている。だって、それは彼がどうしようもなくなった時、助けて欲しいという意思表示だったから。



「助けてやって欲しいんだよ。自分自身を認められない、馬鹿を助けてやって欲しいんだよ。あの日、ありがとうって、そう言ってあげることが出来なかった人を助けてやって欲しいんだよ」


 もっと、もっと罵詈雑言を喰らってもいい人物だ、私は。この人からなら、死んでくれといわれたら、私は死ぬことだって構わない。



「だから、さよならだ。一般人である俺が出来る、最後の償いがこれだ。今までお前を苦しませ続けた、俺の贖罪。俺はもうとっくにお前に救われていたからさ。その事実を飲み込むのに、時間がかかっちまった。なんてことはないんだ。俺はお前にひたすら憧れていたんだ」


 3年越しの答え合わせは、ここで終了する。


 嘘つきの私は、ここで完璧に彼に負けた。




()()のお前に」




 私が私自身に吐いた嘘。吐きすぎて、憑きまわってとれなくなった嘘。自分が平凡だという大嘘は、彼に完膚なきまでに砕かれた。


 平凡でありたかった、平凡だと偽っていたかった。そうでなければ、一体、自分自身が何者か分からくなりそうで。



「認めてやれよ。それはお前自身だ。平凡であろうとしたお前が認めてやらなきゃダメなものなんだ」

「でもっ!! でもっ!!」

「そうじゃなきゃ、お前はもうあの小学生は救えない。救ってやろうと思えない。どこまでも傲慢で、自信に溢れていたお前じゃなきゃな。事実、お前は俺が相手じゃなきゃ、探すことすらなかったはずだ」


 仕方がないじゃないか。どっちも肯定することも出来なくて、否定することも出来ないんだ。世界はそんなに優しくない。



「だから、俺はお前に聞かなきゃならない。助ける意思があるか。そして、平凡であろうとしたお前が、天才であったお前を認められるか」


 声が木霊する。それは一つの鐘のように響いた。



平凡(おまえ)天才(おまえ)を認められるか」


 ここに来るまで、色々な事を考えていた。凛さんのこと。弓弦さんのこと。どうしようもない天秤のようなそれを結局、私は認めることが出来なくて。



「・・・出来ません」


 だから、そう呟くのは必然だ。それ以外に解答がない。私自身の答え合わせが済んでしまっている。



「いや、出来るさ」


 それを否定するのは、私が肯定したい人物で。何をどうやったらこんなややこしい事態になるのだろう。


 ややこしくしているのは自分なのに、その思考の輪から抜け出せない。



「ミヤ、本当はこの一言が、ずっと言いたかったんだよ」


 だが、過去は、それよりも今を見ろと、私の背中を必死に押してくれている。


 私よりも、ずっと言葉を上手く使うことが出来るようになった彼は、私を初めて正面から見据えた。


 その時、私は確かに聞いた。言葉を。力がある言葉を。人に伝える、優しい言葉を。



「僕と友達でいてくれて、ありがとう」


 ズルいだろう。


 ここでそれはどうしようもなくズルいだろう!


 

 もう衝動だった。頭で考えた言葉ではない。きっと、ずっと、3年前から喉に溜め込んでいた言葉。





「俺と友達でいてくれて、ありがとう。弓弦」





 その一言で、この関係は終わった。3年越しの答え合わせは、私の完敗で幕を閉じる。



 その後、彼は一人の名前を残し、去っていった。


 これで全部わかるだろ? と嗤う彼は、やっぱりどこか昔の面影を残していて。だけど、その顔をみることは出来ないと思うとまた泣いてしまいそうで。



 でも、もう決めたのだ。私は決めたんだ。


 前を向くと、決めたんだ。



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