エピローグ
「いやはや、見事だったな青年」
少し、場所は移る。あの後、体育館を出た私は、凛さんが必死になって場所を探り当てた教授のもとへと来ていた。
「それに、御剣の青年も」
場所は研究棟。
三階のこれでもかというほど長いアクリルの廊下を進んで突き当たった場所に空教授の研究室はあった。
そこにいるのは、3人の人物だ。
空教授、私、御剣さん。
「んな世辞はいらねぇよ」
「私も労われるようなことはなにも」
その言葉を聞いて、教授はクツクツと嗤い出す。
「いや、そうだな。確かに、なにも、だ。君たちがやったことは、なにも意味を持たない」
教授は何が面白いのか、饒舌に語る。
「もう直ぐ学部連合議会が始まる。そこで私が、彼女を指名する。その流れは変わらない。あのゲーム一つで何が変わるというのか。やってきたことは、正しく無意味だ」
そこで、彼は悠然と珈琲を飲む。その仕草がまた様になってて、ムカついた。
だから、私はため息をつきながら、ゆっくりと言葉を吐く。正直、話すのも億劫だった。
「教授、もう実験は終わりです。無意味なものになってるんです」
「ふむ。随分な負け惜しみの仕方だな青年」
「負け惜しみじゃないんです。あのゲームで私がやりたかった事、なんだと思いますか?」
「サークルと
「その単語が出てくる時点で間違ってる」
随分粗雑に返したからか、教授は形のいい眉根を少し動かした。この教授は、根本的なところから履き違えている。だから、私のようなやつにしてやられるのだ。
「人間なんて、平凡だろうが天才だろうが、完璧じゃないってことをあの場で示しただけなんです」
人間は酷く脆い、儚い。
私が会って来た天才たちも、決して正解ばかりではなかった。堂島さんも間違え、白銀さん間違え、御剣さんも万城目さんだって間違えた。
「だからこそ、人は完璧を望む、望んで手に入れられないから他者に預けるんです。それが、貴方のやろうとしたことの大元だ。その他者が失敗すれば、人なんて簡単にそれに見切りをつけますよ」
「何を言っている青年。なれば、私は大衆の意識に深く根付かせた、それこそが真実であり、絶対の信頼関係だと、間違っている、間違っていないは差異でしかない」
「これを」
手元にあったのは、名前のリストだ。100名にも及ぶそれは、あのゲームが終わってから作成されたものだ。
「サークル辞めるって言った人達のリストです」
その言葉を聞いた瞬間、教授は私の手元からその書類を引っ手繰った。凝視し、そして、低い声で絞り出す。
「偽造だ」
「そう思っていただいても別にいいです」
本題はむしろそこにないのだから。
「もう止まらないのだよ、青年。この箱庭はもう完成してる。学部連合議会で全てが終結する。君はあとは華々しく散るだけだ」
「終結しねぇよ、させねぇよ」
御剣さんは、そう言って身を乗り出す。
「なぁ教授、人間関係ってのは変化していくもんだ。それは理解してるよな」
「何を」
「俺がアンタに良い感情を抱いてねぇってだけの話だ。風見鶏のごとく、俺には親父のことを嫌ってるフリをしておきながら、親父には随分今回の教授推薦の件でラブコールしてたらしいじゃねぇか」
「現実を分かっていないな、御剣の。人間関係とはとどのつまり武器だ。それなら、より強い武器に靡くのは人間として正しい」
「あぁ、だからアンタに言ってなかったな」
彼が言っていた午後の仕込みとは、つまりこの一言のためのものだった。
「親父なら学部連合議会に来ねぇよ」
それは、写真を使った搦め手だった。
教授は知ることなど出来なかっただろう。御剣財閥はそれをひた隠しにしようとする、なぜなら醜聞だ。聞かれていい話ではない。
「名代として俺が出る」
ここに至って、事件は完結を迎える。教授のことを嫌いと明言した彼に、取り付く島もないことは教授も認識は出来ているだろうから。
「教授、実験は不確かなものになっているかもしれない、ラフィーさんは教授になれないかもしれないです。納得できませんか?」
「納得できるわけがない!!」
今まで聞いた教授の中で一番大きな声だった。いつも余裕ぶってる教授が見せた初めての人間らしさだと私は思った。
「それほどラッフィシェルト・ドットハークを押すんだ。肩入れと俺は思って糾弾するぜ、教授」
「そうなると、教授人生まで危うくなるかもしれません。不確かなものに全部賭けて、学部連合議会に出ますか? それこそ、人生を賭けて」
調子を崩したことのない教授が、大量の冷や汗で顔面を濡らすのをみて私は思う。
やはり、人間関係の本質は彼が求めるようなものではないのだと。
それは、きっと簡単に答えが出るものなのではない。
答えなんて出ないのが、人間関係だ。
「私はいつでも受けて立ちます」
その言葉は、一向に顔を上げない教授に聞こえたかは定かではなかった。




