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翌日から囚人達の空気が変わる。今までは誰が頭になるかや、死ぬまで働く生き地獄のせいで絶望などの空気が一変していく。目標が出来るという事で彼らは希望を見出す。


労働の時間は淡々と作業を続け、運動時間にテツから指導を受け少しづつだが脱獄に近づけるという事実が身に染みて嬉しい……成功の確率なんて低いのにわずかな希望で囚人達は生まれ変わっていく。



「いいか、先に手を出すな。武器を持つ相手には絶対後手で勝負だ、一対一の時はこれだけを考えろ」



「うす」



足運びや体重移動と丁寧に教えてくれるテツに囚人達は最初は半信半疑だったが、人懐っこいテツの性格もあり次第に結束の輪が広がっていく。教えられる事は基礎しかないがそれでも十分戦力になる。



「看守の奴らはこっちが武器なしだと油断している。しかし人数は多い、どうだいけるか?」



「厳しいですね。でも賭けみたいなもんだしやるしかないですよギンジさん」



「牢獄の構造は大体わかってる、ここは地下だ。もたもたしてると援軍がくる、俺が先導して出口に」



胡坐をかきテツとギンジが作戦を練っていると声が上がり二人の男を囲んで囚人達が騒いでいる。何事かと駆けつけるとマックスとライアンが素手同士で殴り合っていた。それは練習ではなく真剣だと表情が伝えてきた。



「だぁああああ!! 何してんだお前ら!!」



「うるせぇほっとけ!!」

「今このハゲを沈めてやるから見てな!!」



温厚なテツだが二人の言葉が勘に触り割って入っていく。そこからは閃光のような拳を突き出し瞬く間に二人は嗚咽をはきながら地面に膝をつく。



「覚えたての技術を練習だけではなく実戦で使いたかった、そんな所か」



「おぉ……」

「うえぇ」



回りで騒いでた囚人達もテツが二人を倒すと黙る。倒れた二人の前に座り大きな溜息を吐き語りかけていく。



「まぁ気持ちはわかないでもない。でもな今は勘弁してくれ、黙って練習に付き合ってくれ、お前らだって重大さがわかるだろ」



倒された二人は数秒何かを考えた後に黙って頷くとテツは囚人全てを呼び集め、再び円を囲むように座らせていく。



「まぁずっと同じ事の繰り返しでも飽きるしな、どうだ!! 今日はお前達が勇者を目指したきっかけを告白しようじゃないか!!」



両手を広げ声高らかに宣言すると皆の表情は曇る。「何を言い出すんだこいつは」と顔に書いてあるようで言いだしっぺのテツがだんだん気恥ずかしくなってしまう。



「いいいいだろう別に!! なんだよ!! マックスお前からだ!! ほら言え」



「あぁ!! なんで言わなきゃ駄目なんだよ!!」



「こーゆのは先に言っといた方が楽だぞ~それとも言えないのかぁ~あぁそうか言えないのか!!」



テツの煽りについつい熱くなりマックスは膝を大きくはたき、深呼吸して吐き出すように言ってしまう。



「俺は見た目もこんなんだから村ではただの悪ガキでな。その……惚れた女がいたんだ、でもよぉ……俺には金も地位もねぇし……その勇者になって村の連中を見返して女も……とか思ったんだ」



静寂。皆マックスの言葉の後には何も言わず黙ってしまう、マックスのごつい見た目から想像を絶するメルヘンのうような告白が静寂を作り出す。




「ぷ」



一人が吹き出すと連鎖のように広がり皆腹を抱え笑い転げていた。張本人のマックスは身を丸くしスキンヘッドの頭まで赤くし、その仕草が笑いを加速させていく。



「ぶっ殺すぞてめぇら!! テツてめぇまで笑ってんじゃねぇ!!」



「あははは!! だってよ~そのナリで惚れただの……ぶははは!! ひぃ~笑ったわ、はい次ライアンね」



笑い転げていたライアンを指名すると自慢げな顔で立ち上がり演技をするように片手を胸の前で振る。



「俺は世界中の女を抱くためにだ!!」



次の瞬間には場はしらけ「あぁはいはい」「ケッ」と野次まで飛ばされたライアンは不機嫌なまま座り、次々と皆の告白を聞いていく。


ほとんどが金。名誉など答える者はいなく自分の利益しか考えてないような答えにテツは唖然としてしまう。仮にも正義の勇者を目指す者が想像とは真逆のクズだらけ。



「諸君。ここまでクズだと清清しいな~いいだろう!! その夢ここを生き残って出られたならば全て叶えてみせようぜ!!」



最初は馬鹿にしていた囚人達だが自分の夢を素直に語る内に、忘れていた野望という心に火がつきテツに賛同し叫ぶ。もう真っ当な人生を歩めないと諦めていたが、逆にそれを生きる力にしようと現れたテツに皆は惹かれていく。



「まったくてめぇも極悪人だなテツ」



「なんすかギンジさん」



「ようはここを出て殺しまくって悪の大魔王じみた事をしたいんだろ」



ギンジの言葉が胸を貫きテツはこれから実行していく事に結末を思い描いて笑う。手で目元を隠し肩を揺らし笑い続け、ギンジの肩を掴み悪意の塊のような笑みを作る。



「だからなんすかギンジさん。俺達がいた世界も皆自分勝手にしてたじゃないですか、政治家は金を求め、ヤクザは弱い者を食い物に……いい加減気付きましょうよ。弱い方が悪いんですよ」



それはこれから勇者を目指す男の台詞でも顔でもなかった。突然異世界につれてこられ殺人を繰り返し人格まで変わり、仲間を失い地獄に落とされたテツは極悪人という言葉が似合う男になっていた。

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