人魔の狂宴
めでたいことに五十話目です。最初はここまでやっていける自信はありませんでしたが、読んで下さっている皆様のお陰です。感謝しかありません。
♦︎……レミック視点
何が起きているのか全く分からない。故に、やるべきことは調査だ。先ずは相手の情報を集めなければならない。幸い、奴らは侵入したばかりで私の場所まで辿り着くには時間がある。
「そうと決まれば……C-3に視界を接続」
私は洞窟内に仕掛けておいた『擬眼』という足と翼の生えた眼球に視界を接続した。私の視界が研究室から洞窟の入り口に移る。
「……なんだ、これは」
蹂躙、という言葉が一番正しいだろうか。私が丹精込めて作った人魔混合体達を、主にゴブリンで構成されているアンデッド達が蹂躙している。
信じられないことに、岩亀と火吹鳥とグールの爪を素材とした耐久面にも攻撃面にも優れた人魔混合体が殺されかけている。
B-13の番号が振られたそれは、あっさりとアンデッド共に包囲され、岩の皮膚を剥がされていく。火を吹けるはずの口は死んだゴブリンが詰め込まれて無効化され、鋭い爪も身動きが取れないので効果を発揮していない。
他にも、戦闘面では優秀な人魔混合体達が次々と数の暴力に押しつぶされ、アンデッド共の奔流に呑まれている。
極め付けはあの大蛇だ。宝石のような緑色の鱗を持った巨大な蛇……暴食の緑蛇。奴は洞窟内を這い回るだけで重大な損害を与えるが、当然それだけでは無い。我が人魔混合体達が奴に襲いかかろうとすると、足元から生えた木の枝が生えて串刺しにされ、グチャグチャにされて殺されるのだ。
更に、奴の周りには十体の木の化け物がいる。一応は人型をしたそれは、三本ずつの鋭い指で次々と人魔混合体達に襲いかかっていく。しかも、タチの悪いことにそいつらは倒しても倒してもあの蛇が一鳴きするだけで復活するのだ。
他にも、あの蛇を守るように木の実に羽を模した葉っぱが生えた虫のような何かや、根を触手のように動かして様々な武器を振り回す切り株など、よく分からない謎の生物があの蛇の周りに集まっている。
なんだ、これは。一体、何なんだ。ただのアンデッドが数を揃えただけの癖に、何故こんなに強い? ゴブリンのゾンビ程度が幾ら集まっても突破できるはずは無いというのに。
「……いや、これは」
違う。ただのアンデッドでは、無い。断じて違う。彼らの動きを注視すると分かるが、驚くべきことに全てのアンデッドがスキルを所持している。異常な跳躍力……跳躍だ。一瞬で距離を詰め、離す……瞬歩だ。そして、ある者は異常に剣が上手く、ある者は何故か魔術を行使している。明らかにゴブリンメイジでは無いのに、だ。
「敵は間違いなく死霊術士だろうが、並みの死霊術士では無いな。確実に、何か普通とは違う能力を有している。アンデッドでは無い魔物も紛れていることから見ると……敵は複数人か? しかし、目的は何だ?」
私の脅威に気付いた王国が私を潰しに来た……有り得ない。だとすれば、こんなアンデッド共を行使するよりも騎士を送り込んだ方が早いし健全で、名声も高まる。
だとすれば、これは何者かの復讐か、或いは……
「────同業者か」
私は知っている。死体を扱い、自分の力のために使う者にマトモな奴などいない。当然、私も含めてのことだ。完全に帝国に魂を捧げている私は己がために行動するのが基本である常人とはかけ離れた価値観を持っているというのは理解している。
だが、相手は恐らく違うだろう。これ程の実力がある帝国の者ならば私を知っているはずだ。だとすれば、これは帝国の手の者では無い。
「所属は知れぬが、私の研究成果を奪おうというところだろうな。……させん。これは、我が帝国の為に捧げられるのだ。それを帝国以外の者が奪おうなど……断じて許さん」
殺す。この首謀者は確実に殺す。……いや、殺さずに素材にしてやろう。このアンデッド共と一緒になれるのだ。クククッ、幸せだろうなぁ?
「……となれば、ここでただ見ている訳にもいかんな」
アンデッド達の数は減っているが、一番大暴れしているあの蛇には一切のダメージが与えられていない。このままでは私の研究室まで辿り着いて私を殺害し、研究成果を奪い去っていくのは目に見えている。
「S-2、A-Animusを解放し、防衛に向かわせろ。A-1からA-8まで、全てだ。B-8はS-2を補助しろ。それと、S-2。お前が無事ならば他は犠牲になってもいい。寧ろ、他の味方は誘導の為の囮に使え」
先ず、普段はその凶暴性と危険性から封印しているA-AnimusをS-2とB-8に解放させる。扱いづらいが、その反面に高い戦闘力を持つ彼らなら、あの蛇を殺すことは出来ずとも、暫くは耐えられるはずだ。
そして、私の策はそれだけでは無い。私は研究室から少し戻ったところにある巨大な鋼鉄の扉を監視の人魔混合体に開けさせた。そこには、青いカプセルの中で眠る三体の巨人がいた。
彼らは人型でありながらも、その皮膚や瞳、そして髪など、それぞれのパーツが明らかに人間とは違っていた。言ってしまえば、人型をしているだけでほぼ全てのパーツが魔物で構成されているのだ。
彼らは生身の人間を使いながらもS-2のように成功はせず、魔物の部分が強くなってしまった個体だ。
原因は分かっている。魔物の素材を使いすぎてしまったのだ。幾ら生身で魂のある人間と言えど、限界を超える量の魔物を融合されれば人間を維持できなくなるのだ。
苦肉の策として、私は更に複数の人間を混ぜることで人としての姿を維持しようとしたが……現れたのは、醜い巨人の姿だった。
そして、そんな彼らに残された人間の部分はただ一つ……魂と脳だ。混ざり合った魂は複数の意思を持ち、幾つもの脳は同時に複数の処理を可能にした。
「K-1、K-2、K-3。起きろ、K-King」
私が装置を起動すると、青い液体に漬けられた三体の巨人はゆっくりと目を開いた。そして、彼らは私を見つけると、凄まじい怒りの形相で私を睨みだした。私を殺したいとでも思っているのだろうが、特殊な液体の効果で彼らは殆ど体を動かすことが出来ない。
「賢いお前ならば私の言葉も理解できているだろうから説明してやろう。今、この洞窟内にはゴブリン・ゾンビをはじめとした無数のアンデッド達が侵入している」
「そして、今から三十秒後……お前達のカプセルの中に理性を失い凶暴化する薬が投与される。しかし、その五秒後にこのカプセルは自動で破壊され、お前はその液体の牢獄の中から解放される。……安心しろ、凶暴化は数時間も経てば治る。つまり、侵入者を殺して生き残れば私に復讐する機会を得られるということだ。……クククッ、良い目つきになったなぁ?」
私は言いながらも、装置を起動してこの部屋を去った。
「通路、封鎖」
そして、研究室に戻った私はあの巨人達が真っ先に私に矛先を向けることがないように研究室の入り口を封鎖した。簡単な金属の壁だが、理性のない状態でこの壁を破ろうとはしないだろう。もっと目先の生物を殺し続けるはずだ。
「……さて」
ここからが本当の最後の手段だ。あの巨人達は強いが、それでも勝てるという確証は無い。敵の大きな戦力が蛇だけとは限らないからだ。
「開け、理を超えしアンスロポスの扉よ」
私が研究室の奥にある壁に手を当てて合言葉を言うと、壁がゴゴゴと動きやや広めの部屋が現れた。そこには、私の研究成果を纏めた書類や、禁術を纏めた書に危険性の極めて高い素材など、様々なものが置いてあった。
「……これだ」
それは、机の上に無造作に置いてある銀色の箱だ。いや、正確にはその箱の中身だ。
私は箱を開けると、その中にある青白い液体の入った注射器を取り出した。
「さて、もしこれで理性を失えば……そのままサーディアを滅ぼすようにしておくか」
私は注射器を刺す前に、腕輪を自分に嵌めて命令を唱える。今は効力が無いが、もし私が理性を失った際にはこの腕輪に込めた命令が効力を発揮し、私はサーディアを滅ぼしにいくことだろう。
「さぁ……破滅の始まりだ」
それは私にとってでもあり、この王国にとってでもある。全てを破壊し、滅ぼすのだ。その結果、もし自分が犠牲になろうと構わない。……それが、帝国の為になるのならば。
青白い液体の入った注射器が、私の首筋に突き刺さった。
♦︎……ネクロ視点
今のところ、特に問題は無さそうだ。思ったよりも洞窟内の敵は多く、強かったが、多少の数と強さでどうにかなるほど僕の配下達は甘くない。
「ネクロ……どうだ?」
アーテルが少し不安げに尋ねた。
「うん、余裕だよ。ロアとかネロとかなんて出番も無いくらいだし」
殆どゴブリン達とグラが倒してくれてるので、ネロ達も暇そうにしている。
「そうか。だったら心配する必要は無いな」
「うん。メトが椅子も作ってくれたし、ゆっくりここで待って……ん?」
グラから主従伝心で「強敵出現」との連絡が来たので視界を借りて見てみると、そこには八体の真っ赤な体を持ったギリギリ人型の化け物が居た。
更に、他の配下の視界を転々と見ていくと、三体の醜悪な巨人を発見した。巨人と言っても五メートルほどでグランには遠く及ばないが、尋常ではない雰囲気が漂っており、次々とゴブリン達を叩き潰しながら洞窟の入り口の方へと進んでいく。
「あー……ごめん、アーテル。やっぱり余裕じゃないかも」
「なッ」
短く悲鳴を上げたアーテルを無視し、僕は顎に手を当てた。
「お、おいッ、妹は大丈夫なんだろうな?!」
……ちょっと、思ってた以上かもなぁ。帝国の犬さん。思ってたより、ずっと狂ってて、ずっと異常で、ずっと手強い。
「────大丈夫だよ。相手は確かに強いけど……僕の仲間の方が、もっと強い」
下手に手出しをするのは悪手でしかない。今僕にできるのは、彼らを信じることだけだ。
タイトル、50のままにしてた……





