最強ゴブリン vs 殺戮系シスター
名乗りを上げたペトラは一瞬でネロに距離を詰めると、刀身が一メートルほどの黄金の剣を斜めに振り下ろした。
それを見たネロは一歩だけ後ろに下がりながら前に手を突き出す。
「クキャ(空間拡張)」
黄金の刃が閃き、ネロに触れる瞬間、ネロとペトラとの距離が一瞬で広がった。その距離はおよそ三メートルと言ったところだろうか。ネロの空間魔術によってネロとペトラの間の空間が拡張されたのだ。
「なッ、今何をッ?!」
思わず叫んだペトラだったが、距離を離しただけで終わりではない。
「クキャッ! (隙だらけだぜッ!)」
瞬間、拡張されていたネロとペトラの間の空間が一瞬で縮まり、二人の距離は一瞬で狭まった。更に、ネロは空間拡張を解除して間合いを詰めると同時に拳をペトラに叩き込んだ。
「ぐぁッ!? ……一瞬で間合いが詰められたんですか? いや、ゴブリンは動いてすらいなかったはずですから……」
吹き飛ばされたペトラは木に叩き付けられ、腹を抑えて立ち上がりながらもネロの力を考察しているようだった。
「どうにかして……能力を暴いて、倒さなければ、なりません……ッ!」
「クキャキャ? クキャキャ! クキャッ!(考えたってしょうがないぜ? 分かったところで勝てねえんだからな! 空間転移ッ!)」
立ち上がったペトラがネロに黄金の剣を向けると、ネロは一瞬で姿を消した。
「消えたッ!? くッ、一体どこに……なッ」
ペトラが辺りをぐるりと見回す。
「────クキャッ!(後ろだよッ!)」
ペトラがネロの姿を認めた時にはもう遅く、ネロの拳が再度ペトラの体にめり込んでいた。
「ぐッ!! くッ、中々やるようですが……救済執行官として、負ける訳にはいきません」
すると、ペトラから神々しい黄金のオーラが溢れ出し始めた。どうやらアンデッドには害のあるものらしく、ネロは気持ち悪そうにしている。
「『それは栄光の象徴。回帰する絢爛の石』」
黄金のオーラが段々と強くなっていき、黄金の剣が輝いていく。ネロが慌ててペトラの前に転移し、拳を打ち込もうとする。
「『黄金よ、来たれ』」
瞬間、ペトラから迸る黄金のオーラが爆発するかのように溢れた。近くにいたネロはその黄金の波動を受けて吹き飛んだ。
「キッ、クキャッ!? (くッ、なんだッ!?)」
倒れたネロの体は黄金の波動を間近で受けた影響か、切り傷のようなものが無数にできている。アンデッドの体であの聖属性とか光属性とかっぽい奴に触れたらそうなってしまうのだろう。
「『黄金解放』」
黄金色に輝き出したペトラと剣は明らかにアンデッドが触れてはいけない雰囲気を醸し出している。まぁ、教会の人らしいからアンデッドに強い属性を得意にしてても不思議じゃないんだけどね。
「クキャキャ。クキャクキャ? (どうする主さん。俺はちょっと相性が悪いみたいだぜ?)」
「うん、そうみたいだね……無理そう?」
僕が聞くと、ネロは首を縦に振った。
「クキャ。クキャ、クキャキャ(あぁ。だが、まだやめると決めた訳じゃねえ)」
そういうとネロは剣を構えた。
「クキャキャ……クキャ、クキャ? (殺しはしねぇが……腕の一本くらいは、良いよなぁ?)」
「まぁ、そうだね……向こうは殺す気っぽいし、そのくらいならいいんじゃない?」
その言葉を聞いた瞬間、ネロは剣を腰に付けた布袋から取り出し、ペトラの後ろに転移した。
「クキャッ! (空間切断ッ! 闇棘ッ!)」
ネロから無色透明な刃が放たれ、空間を削りながらペトラの腕を狙う。更に、ネロの影から闇の棘が生え、地面を伝ってペトラの足元までザクザクと近付いていく。
「見えにくいですが、見えない訳では無いですね」
透明な刃による空間の揺らぎを発見したペトラが横に飛び退くと、後ろにあった木の幹が真っ二つに切断された。
しかし、まだ足元からは闇棘が迫っている。
「そして……神の僕であるこの私に、闇の力が効くとでも思いましたか?」
地面を辿り、漸く辿り着いた闇の棘はペトラの腹部を貫かんと伸びた。
「……へぇ」
が、ペトラに届きかけた鋭利な先端部は黄金のオーラに触れた瞬間にパラパラと崩れた。
「ね、ネクロさん。あれ、私の天敵ですよ……」
「うん、確かにそんな感じだね。でも、エトナは闇属性っぽい力を使わなくても十分強いからね。走ってナイフを刺せばいいんじゃないかな?」
僕が言うと、エトナは不安な表情を消し去った。
「確かに、真っ直ぐ行って刺して殺せば勝ちですね!」
殺すとか言わないの。
「ていうか、どうします? 私、助けに行った方が良いですか?」
「いや、まだ大丈夫だよ。一応、ネロが死にそうになったら君の俊敏さで助けに行って欲しいな」
エトナが軽い調子で聞いてきたが、取り敢えず危なそうになるまでは放っておいてもらうことにした。
恐らくだが、ネロは自分と同等以上の相手との戦闘経験が少ない。ここでそういうのを養っておきたい。きっと、それはネロも同じ考えだ。
「さて……ネロも、中々食らいついてるみたいだね」
ペトラが黄金の剣を振るうと、それに合わせて衝撃波のような黄金色の斬撃が発射され、三メートル程のそれは大地を大きく削りながらネロを襲う。
「クキャ(空間転移、空間切断)」
が、ネロは難なく攻撃を転移で回避しつつ裏に回り、空間切断を剣に付与して斬りかかる。
「中々速いですがッ、無駄ですッ!」
しかし、後ろから斬りかかったにも関わらず、ペトラは見事な身のこなしでスルリと紙一重で回避した。
「残念ながら、私の知覚範囲に入った時点でどこに居ても丸分かりですよ。そしてどうやら……貴方は、ただ早く動ける訳では無いようですね?」
私の知覚範囲って何だろうか。僕が顎に手を当てて考えていると、メトが口を開いた。
「知覚範囲とは、恐らくあのオーラのある範囲ではないでしょうか。あの金色のオーラに触れると、ペトラに情報が伝わるのだと思います」
なるほどね。流石はメト、頭が良いね。
「あー、確かに。言われてみればそうかも。あのオーラのある範囲に転移した時だけ直ぐに反応できてるね。でも、オーラが無い範囲だとどっちみち剣を振っても届かないから空間切断で斬撃を飛ばすしか無いんだけど……」
「それだと、結局避けられてしまいますね。空間切断がオーラの範囲内に入りますから、どっちみち分かっちゃいますね……」
エトナが残念そうに言った。と、今のうちに主従伝心でネロに知覚範囲のことを伝えておく。ネロは忙しそうにしながらもコクリと一度頷いた。
「しかも、空間魔術は魔力消費が結構厳しいからね……この調子で戦ってたらあと五分もしないうちに負けちゃうね」
空間魔術は時魔術と同じで、他の魔術よりも圧倒的に魔力消費が激しい。そんな魔術を結構頻繁に使っているネロは、あと数分で限界が来るだろう。
「そういえば、ネロさんって相手の後ろにばっかり転移しますよね。もっと色んなところに……相手の真上にでも飛べばいいのに、とか思っちゃいますけどね」
確かに、ネロはペトラの真後ろにばかり転移している。そして、毎回攻撃を回避され、直後に出来た隙を狙われて斬りかかられている。
「…………クキャ(空間転移)」
そして今、正に黄金の斬撃を回避しようとネロがペトラの後ろに転移した。
「その動きは読ッ?!」
が、ペトラが後ろに下がりながら振り返ると……そこにネロの姿は無かった。
「クキャッ! (空間切断ッ!)」
ネロの声が聞こえたのはペトラの後ろだった。ブォン、と空気が唸るような音が鳴り、ネロの剣がペトラの腕を空間ごと抉り取った。
ボトリとペトラの腕が落ち、辺りを静寂が包み込む。
なるほどね。ネロはペトラの後ろに転移した瞬間にもう一回転移して、ペトラが振り向くと同時にまた後ろに回り込んだんだ。
「…………痛いです、ね」
ぼとりと腕が落ちたペトラは半分しかない片腕をダラリと垂らしながら片手に握った黄金の剣をネロに向けた。ネロは警戒したように剣を構え直す。
「あら? まさか、これで私が終わるとでも思っていらっしゃるのですか?」
ペトラがそう言うと、ペトラを包み込む黄金のオーラが再度溢れ出した。
「言ったでしょう。私は忠実なる神の僕……聖職者である私が、腕の一つ治せないとでも?」
黄金のオーラがペトラの無くなった片腕に集まると、袖が半分で切り取られた黒い修道服から肌色の何かが生えてくる。三秒程度で生えきったそれは、勿論ペトラの腕だ。
「言われてみれば、確かにそうだね」
職業は何か知らないけど、神官系のジョブが揃う教会の人材が、回復の一つや二つ使えない訳が無かった。彼らに取って、癒しというのは特に重要な力なのだ。
「はぁ……まぁ、ネロの修練にはなったよね」
ペトラの腕が戻り、状況が振り出しに戻った。だが、こっちのネロはもう魔力が枯渇して何も出来ない状況だ。
「となれば……しょうがないよね」
ここにはかなりの戦力が揃ってるからね。別に、今更一対一で戦う理由は無い。さて、レミックの基地を潰す前に……
「────君を潰してあげるよ」
僕は全力を行使するという宣言を込めてもう一度戦いのゴングを鳴らした。





