ウカ山と遭遇
一瞬で僕らの視界は緑一色に染まった。
「な、なんですか、これは……ッ!」
「馬鹿なッ……大きすぎる。こんなものを使役したというのか?」
さっきまでは僅かに余裕のあった二人だったが、流石にグラの50mを超える巨体を見せられては動揺せざるを得なかったのだろう。
「まぁ、そんな訳で……大丈夫そうでしょ?」
僕が軽い調子で言うと、二人はシラっとした目を僕に向けた。
「……大丈夫そうではありますが」
「……問題は、無いだろうな。いや、無いわけではないんだが」
取り敢えず二人が了承の意を示してくれたので、僕は強引に頷いてグラを戻した。
「じゃあ、僕は早速行ってくるから。……あ、アーテルには案内して貰わないといけないか」
僕がアーテルだけはひょいひょいと呼び寄せたが、アライはアーテルの後ろからついてきた。
「私も行きます。依頼者の私にも、責任はあるはずですから。それに、結界を使える私なら何かあった時に役立てるかもしれません」
アライの表情を見るに、どうやら決意は固いようだった。きっと、僕が何か言ったところで変わりはしないだろう。
「しょうがないね。分かったよ……結局みんなで行くことになるんだね」
僕はため息を吐いたが、釘を刺しておくべきことを思い出した。
「一応言っとくけど、レミックの基地の中に入るのは僕の従魔だけだからね。僕も、君たちも、基地から少し離れたところで見ているだけだよ」
「勿論、分かっています」
アライは深く頷くと、杖を手に取り、ニーツを呼び寄せた。何かあっても良いようにということだろう。
「……良し、行こうか」
僕は気合を入れ直し、レミックの基地が構えられているウカ山に向かうことにした。
♢
約一時間後、ウカ山に辿り着いた僕たちは、この山の中腹にある洞窟を目指して歩いていた。場所は当然アーテルが知っているので、彼についていく形になっている。
「そういえば、レミックってどんな戦力を持ってるの?」
「詳しくは分からない。俺も、良くは知らないが……一度だけ、見たことがある」
アーテルが前を向いて言った。
「洞窟に入って直ぐのところに扉があるんだが、基本的に俺は時間が来たらその扉をノックしてレミックを呼ぶことになっている。だが……あれは、レミックの返事が無いので俺が扉を開けた時だった。あの時、あいつの横には明らかに死体が立っていた。しかも、ただの死体じゃない」
ただの死体じゃない……? まぁ、死体が立ってるってことはアンデッドかな?
「……あれの片腕は何本にも枝分かれした触手に、もう片方の腕は一メートル以上はある鉛色の刃に置き換わっていた。髪の毛は青い蛇に変化して、額にはガラス玉のような無機質な瞳が埋まってるんだ。表情は無い。あの死体は、感情の無い目で俺を見つめていた」
アーテルと同じ改造人間みたいなことかな。だけど、アーテルが完全に人の形をしているのに対してこっちの変化はかなり直接的っぽい。
魔物の能力だけを引き継いでいるというより、魔物の部品を引き継いでいるように感じる。アーテルとは、似て非なる存在だ。
「へぇ……まぁ、何とかなりそうかな」
僕は楽観的に呟きながら、アーテルの後ろを歩いた。
それは、山に入ってから十分は経った頃だった。
「……誰かいるぞ」
先頭のアーテルが止まり、先を指差すと、そこには黒一色の修道服を着た女が立っていた。不自然なことに、僕はアーテルに言われてからその女の存在に気付いた。本来なら、言われるまでも無く気付いていたはずだ。
「あら、気配は消していたはずなんですが」
黒い服の修道女は、振り返ると意外そうに僕たちを見た。首からは金色の十字架を下げている。ネックレス型のロザリオのようだ。
それと、気配を消していたってことは気配遮断とかそういうスキルを持っているのかもしれない。
「……と、失礼しました。私はティグヌス聖国のペトラです」
自己紹介したペトラは僕らに視線を向けた。僕らも名乗れということだろう。
「僕はネクロ。こっちはエトナで、こっちがメト」
「……アーテルだ」
「アライです。この子はニーツ、私の相棒です」
僕らが名乗ると、ペトラは驚いたような顔で僕を見た。
「……貴方がニース様を助けてくださった方ですか。私からも深く感謝致します」
「いや、偶然出会っただけだからね。そんな手間でも無かったし、気にしなくて良いよ」
実際、巣の制圧のついでに助けただけだ。
「ところで、皆様は何をしにこの山にいらっしゃったのでしょうか?」
「何をしに……まぁ、ちょっと野暮用でね」
僕が言うと、ペトラは怪訝そうな顔で僕を見た。
「この山には現在危険な人物が居ます。ここら辺は危ないので、直ぐに去ることをお勧めしますが」
危険な人物……間違いなくレミックのことだろう。
「あはは、大丈夫だよ。僕らは結構強いし、何より今更帰るわけにもいかない用事があるからね」
「……その用事とは?」
ペトラは最早僕を睨みつけていた。
「……しょうがないね」
ペトラはレミックの存在を知っていてこの山に居る。そしてティグヌス聖国の、と態々名乗ったということは……大方、レミックを処理しにきたのだろう。となると、どうせレミックの住む洞窟で出会うことになる。
「僕は、その危険人物に用事があるんだ」
だったら、ここで話しても結局変わらない。
「やはりそうですか……では、どんな用事が?」
ペトラの視線は未だに険しい。
「アーテルの妹が人質に取られてるんだ。だから、今から助けに行くんだよ」
「なるほど。そういうことですか……ですが、心配は要りません。私がその人質も救出するので、貴方方はお帰り下さい」
うーん、嫌な流れになってきた……いや、どうせこうなってたかな。
「断るよ。残念だけど、僕らも今あったばかりの君を信用できないんだ」
僕が言うと、ペトラはため息を吐いた。
「……しょうがありませんね。任務の遂行を邪魔されるのであれば……」
ペトラは首から下げている十字架をプチっとネックレスから外した。
「────排除する他、ありません」
瞬間、ペトラの握る小さな金色の十字架が膨れ上がった。
「……結局こうなっちゃうんだね」
膨れ上がった十字架は金色の剣に変化した。
「みんな、下がってて良いよ。ちょっと実戦練習に使わせて貰うから」
何にしても、ペトラをこのままレミックの洞窟に通せばアーテルの妹の安全が確保されるかは分からない。どちらにしろ、この修道女っぽい人は倒さなければならなかったのだ。
「従魔空間」
瞬間、僕の目の前に黒いローブに身を包んだ男が現れた。身長は二メートルほどだが、肌は緑色で鼻と耳は少し長い。……そう、ハイゴブリンのネロだ。
「ネロ、殺さない程度にやっちゃって」
「クキャ、クキャキャキャ(はいはい、殺さない程度だったら空間切断は使えねぇな)」
確かに、空間切断は殺傷力が高すぎる。
「貴方は……貴方の、それは、ゴブリンですよね? しかも、腐っている……ゾンビでしょう」
「うん、そうだよ。ハイゴブリンのゾンビだよ。僕がテイムしたんだ」
なんかもう色々と今更だが、流石にティグヌス聖国の人を相手に僕が死霊術でゾンビ化したと言うのはマズイだろう。ティグヌス教は死霊術を毛嫌いしているからだ。
「テイムですか……まぁ、今更何を言われようと関係ありません」
ペトラは黄金の剣を構えると、僕の前に立ったネロを睨んだ。
「ティグヌス教会、救済執行官『金閃』のペトラ・アウラディウス。救済を開始します」
ペトラの綺麗な声が予期せぬ戦いの始まりを告げた。
やっと救済執行官を出せました。実はメトより先に考えられてた存在です。





