聖女
檻の中の二人。一人は金髪の上品な白い服を着た少女。一人は白銀の鎧を着た茶髪の騎士然とした女。少女の方は警戒しながらも状況を理解しようと辺りの様子をチラチラと確認しているが、騎士っぽい女の人は僕達を睨みつけて視線を逸らそうともしない。
そういえば、少女の方はどこかで見たことがあるような気がする。
「……貴様ら、何者だ」
騎士が言った。
「何者……まぁ、普通の冒険者かな? 適当に樹海を歩いてたら巣を見つけたからさ。ちょっと潰そうかなって思っただけだよ」
僕はそう言いながら、主従伝心で巣の中にいる樹海でアンデッド化した仲間達に、巣の外に適当に散っておくように命令した。
流石に、ロアだけならまだしも二十体以上のアンデッドを引き連れていたら怪しすぎるからね。まぁ、現時点でもかなり怪しいとは思うけど。
「貴様、ふざけているのか? 普通の冒険者がオーガの……それも、ゾンビを連れている訳が無いだろうが」
あ、一目で分かっちゃうんだ。見て分かるほどの腐敗はしてないし、何故か強くなるにつれて匂いも消えてるんだけど……喉の部分が謎の黒いドロドロしたやつで覆われてるからかな? 野良のゾンビでこんな状態になってるやつは見たことないんだけどね。
「あはは、ロアは僕がテイムしたゾンビだよ。まぁ、もし僕が死霊術で蘇らせたんだとしてもこの国では別に違法じゃないよ。ここで禁止されているのは人間のアンデッド化だけだからね」
さらっと嘘をついたが、別にバレたところで合法ゾンビなので問題は無い。キケンなおクスリみたいなもので、死霊術は合法とされている国とされていない国がある。
「しかしだな……」
難しい顔で僕を睨みつける女騎士は、僕の完璧すぎる正論に何も言えなくなっているようだ。
「レイリア」
少女は騎士の名を咎めるように呼んだ。
「……レイリア、この方々は私たちを助けてくれたのです。だと言うのに、感謝もせずに詰問するというのは、神の御心に沿う行いだとは思えません」
少女は、決意のこもった目でこちらを見ている。
「ニース様……すみません」
レイリアは少女をニースと呼び、どこか納得のいっていない表情でニースに頭を下げた。
「レイリア、頭を下げる方向が違いますよ」
「……申し訳ない」
レイリアは渋々と言った様子で頭を下げた。
「えっと、お名前は……」
謝罪を見届けたニースは、僕に恐る恐ると言った様子で名前を聞いてきた。
「僕はネクロで、こっちはロアだよ。君は?」
「ニース・ルグティアラ……ティグヌス聖国の第三聖女です」
第三聖女……?
「えっと、ごめん。第三聖女って、何かな?」
「なッ、貴様ニース様を知らないのかッ!?」
レイリアは怒っているのか驚いているのか、どちらか分からないが、とにかく叫んで僕を睨みつけた。というか、ずっと睨まれている。
「いやぁ……どっかで見たことあるような気がするんだけどね」
僕の言葉に、レイリアは更に眉間に皺を寄せた。
「レイリア、構いません。知らなければ罪という訳では無いのですから。それに、この方はナルリア王国の所属でしょうから……知らなくても、無理はないかも知れません」
「……ナルリア王国民だとしても有り得ませんが、ニース様がそう言うなら許します」
僕ってナルリア王国民なのかな? まぁ、なんでも良いけどさ。
「それで、結局その第三聖女ってのは何なの?」
僕が疑問をもう一度口に出すと、レイリアは僕に詰め寄って鬼の形相で睨んだ。
「……貴様、今まで黙っていたがな。もう我慢の限界だッ! 貴様は敬語を使えッ、敬語をッ! この話の流れでニース様が偉いお方であるのは大体分かるだろうがッ!」
まぁね。
「うん、そうだね。でも、冒険者っていうのは権力に縛られちゃいけない存在だって思うんだ」
「権力で縛るとか縛られるとかッ、そういうのじゃないだろうがッ! いいか? 偉い人に敬語を使うのは常識なんだッ! もう一回言うぞ?! 常識だッ! それをしないのは自由じゃなくて野蛮だろうがッ!」
レイリアはハァハァと息を荒くしながら言った。
まぁ、助けられてありがとうも言えない人に常識を語られたくないけどね。
「……うん。それで、第三聖女って何?」
レイリアは信じられないものを見るような目で僕を見た。
「き、貴様……貴様ァアアアアアアッ!!」
レイリアは僕の襟首を掴んで叫んだ。
♢
あれから約十五分、色々と話をした。今はゴブリン達に奪われていたらしい装備とかを奥にあった宝物庫的な場所から取り戻し、外に出たところだ。ロアは従魔空間に入ってもらっている。
取り敢えず、話の結果分かったことを纏めようと思う。
先ず、聖女っていうのはティグヌス教徒の国であるティグヌス聖国の中でも凄く偉い人で、大昔の聖女の血と特殊スキルを引く人のことを言うらしい。なんか、ルグティアラ家の血が流れている女はその特殊スキルを持って生まれるらしい。一応、男も別の特殊スキルを得るらしいけど。
そして、第三聖女であるニースは今代で三番目に生まれた聖女であるということらしい。三代目という訳ではない。ただ、三番目なせいで権力も第二聖女と第一聖女には劣る微妙な位置の権力者だと。
あと、どこかで見た、というのは掲示板だった。掲示板に蔓延るロリコン達によって『ニース様を崇めるスレ』とかいう邪悪なスレが立っていた。一瞬だけ開いてそっと閉じたのを覚えている。
それと女騎士の人はレイリア・エネルーフって言うらしいよ。
「まぁ、簡単に言ったら凄い回復魔法を使えるスキルを代々受け継いでる家系……の女の人ってこと?」
「はい、そういうことです」
レイリアは雑な表現をした僕を睨みつけているが、もう叫び疲れたのか黙っている。
「それで、あの……助けていただいたお礼です。ほんの気持ちですが、受け取ってください」
そう言ってニースが差し出したのは、パンパンの布袋だった。受け取ると、ズッシリと重く、中を開いて見ると『ほんの気持ち』とは程遠い量の金貨が入っていた。
「うーん、受け取らないでおくよ。別に、ついでで助けただけだし……明らかに手持ちのお金全部でしょ?」
「で、でも、助けられたことは事実ですし……それに、お金も聖国に帰れば幾らでも用意できますから」
焦ったように言うニースに、僕は苦い笑みを浮かべた。
「あはは、帰るための路銀も無かったら困るでしょ? それに、僕はお金にはあんまり困ってないからね。君の大事なお金なんだから、ちゃんと取っときなよ。それに、それが無くなったらこの人も困っちゃうよ?」
僕はさっきから何か言いたげなレイリアを指差した。
「そ、そうだな! 珍しく貴様と意見があったが……ニース様。流石に路銀が無ければ聖国には帰れませんよ」
「……じゃあ、路銀だけ残して後はあげるとか……」
どうしてもお礼がしたいのかな。良い子ではあるんだろうね、この娘は。
「いやいや、僕は別に大丈夫だから。お礼は……そうだね。またいつか会った時に、困ってたら助けて欲しいな」
「……分かりました」
なんか、変なベクトルでわがままだね。
「あ、今更だけど……なんで聖国の聖女様がこんなところにいるの?」
「それは……」
ニースは答えを言い渋り、俯いた。
「……家出だ。ニース様は聖国に居るのが嫌になって逃げ出したのだ」
家出。……え、聖女の家出とか許されるの?
「だ、だって、あの国の上層部の人たちは……あんなの、アンデッドよりも腐ってます」
「に、ニース様ッ! もし誰かに聞かれたらどうするんですかッ!」
「別に、この国で誰かに聞かれてもどうもなりませんよ。ちょっと白い目で見られるだけです。多分」
ニースは下を向いたまま言った。
「んー、てことはレイリアはニースを連れ戻しに来た人ってこと?」
多分、全然話題になっていないということは聖国はこの第三聖女失踪事件を隠蔽しているのだろう。そうだとすれば、大規模な捜索隊は出しづらいはずだ。
「いえ、私はニース様の近衛なので一緒にここまで来ただけです」
「ん? だったら止めれば良かったんじゃないの?」
僕の言葉に、レイリアは首を振った。
「……勿論、最初は私も止めようとしたが、止めるならいつか貴方が目を離した隙に一人で逃げると言われたからな。ニース様を一人で外国に放るよりは、流石に私が付いて行った方がマシだと思ったのだ。勿論、上に連絡してから国を出たが」
「なッ、勝手に連絡したんですか!」
「当たり前じゃないですか、ニース様ッ! もしニース様に何かあったらどうすればいいんですかッ!」
いやいや、ゴブリンに捕まえられるってもう十分何かあった後だけどね。
「……ていうか、それだったら追手が直ぐに来て捕まえられるんじゃないの?」
それに、ゴブリンに捕らえられるのを見逃すとは思えない。
「いえ、何度も脱走されては意味が無いので、一先ずニース様を満足させる為に聖国の監視の下でナルリアを観光させる予定だったんです」
「……そもそも、何で脱走したの?」
聖国が嫌で逃げたかったのなら、ただ逃げ出したところで意味はないはずだ。どうせ捕まえられるだろうしね。
「……ナルリアを、見ておきたかったんです。聖国以外の国を、この目に焼き付けなきゃダメだと思ったからです。いつか、聖国を変えるために」
あー、なるほど。良い子ちゃんか。
「話は戻るけど……監視がいるなら、何でゴブリンなんかに捕まったの?」
「……そこまでは分からんな。私は二週間以内に帰るように命令されていたのと、常に監視の目があると知らされていただけだ。一応、連絡する為の魔道具は持たされていたんだが……ゴブリンに捕まえられる際に無くしたらしい」
じゃあ、今聞くことも出来ないってことね。
「ていうか、君って結構強いんだよね?」
「ん? あぁ、私か? まぁ、そこそこな」
レイリア、自慢するでもなくそう言った。
「だったら、何でゴブリンなんかに負けたの?」
「あぁ……最初、私たちもこの巣を潰そうと中に攻め込んだんだが……数十匹殺したところで黒い服を纏ったゴブリンが来て、ギリギリで負けてしまった」
あ、黒ゴブね。あいつそんなに強かったんだ。
「じゃ、今日はこんなところで。取り敢えず僕はゴブリンの耳でも採取してくるよ。まだ冒険者ランクが最低だからね」
「そうなのですか? こんなにお強いのに、意外です」
まぁ、始めたばっかりだし。
「あはは、強いのは僕じゃなくてロアだよ。……じゃあ、またね」
「はい、またいつか会いましょう!」
そう言ってニースはレイリアに視線を向ける。
「…………また会いましょう」
物凄く嫌そうに、レイリアは顔を逸らして言った。
二人が去り、近くにいなくなったことを確認すると、僕は巣穴中に転がっているゴブリン達に意識を向けた。
「……さて、そろそろ始めようか」
さぁ、ここからが本番。ゾンビパーティーの時間だ。





